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66. 飢餓

 マギサにとってグレーテルは守る対象であった。


 アークから簡単に話を聞いていた。


 もともと孤児だったらしい。


 しかし、その環境が劣悪で逃げてきたと。


 マギサは同情した。


 なんとかしてあげたいと思った。


 彼女はお人好しであり、グレーテルのような少女を見捨ててはおけない性格なのだ。


 グレーテルの境遇を自分ごとのように考え、そして涙した。


 マギサはグレーテルを本当の妹のように扱った。


 グレーテルはすぐにマギサに懐いてくれた。


 そしてお姉ちゃんと呼んでくれた。


 マギサは嬉しかった。


 マギサの家族はみな、彼女のことが眼中になかった。


 そして他の者たちもマギサとは一定の距離を置いていた。


 本当の意味でマギサをみてくれるものはいなかった。


 グレーテルのように自分を慕ってくれる存在はありがたいと感じていた。


 いつの間にか、マギサとグレーテルは人気のないところに来ていた。


「……」


 嫌な予感がした。


 かすかに魔法の気配を感じられたからだ。


「グレーテルみーつけた。でも王女サマが一緒かー。

アークが釣れると思ったんだけどなー。はーあ。残念」


 木こりの少年がマギサたちの前に姿を表した。


「あなたは……」


「ヘンゼル」


 グレーテルが警戒するように、マギサの服をぎゅっと握る。


「お兄ちゃんが迎えに来たよ、さあグレーテル。帰ろう。

僕たちの家に。マザーが待ってるよ?」


 グレーテルが首を横に振る。


「……なんでここに」


「なんでって。そりゃあお兄ちゃんだからね。迷子になってる妹を探すのは兄の役目でしょ?」


「余計なお世話よ。迷子になんかなってないから」


「そういうわがままはダメなんだよ。ねえ知ってるでしょ? マザーを怒らせたら怖いんだ」


「あそこには戻らない」


 グレーテルがきっぱりと否定する。


「困るなぁ。楽しくないなぁ。じゃあその王女サマ殺したら帰ってくれる?

いや、それも面倒だね。楽しくないね。僕は楽しくないことは嫌いだかね。

楽しいことがしたいんだ、じゃあ殺すね? よし殺そう。殺すしかないね!」


 ヘンゼルと呼ばれた少年。


 子供の見た目をしており、実際子供なのだろう。


 しかし、明らかに異質な存在だった。


 何よりも目が異質だった。


 子供らしく無邪気で残忍な目をしていた。


 マギサはゾッとしながらグレーテルの手を握る。


 そして、直感した。


 相手はマギサよりも格上である。


 人殺しに慣れている相手だ、と。


「逃げます!」


 マギサはグレーテルの手を引く。


 しかし、


「遅いってぇーの!」


 ヘンゼルがマギサの頭上にいた。


 マギサに向けて斧を振り下ろしていた。


――間に合わない。


 そうマギサが感じたときだ。


「――飢餓の口減らし(グレート・ファミン)!」


 グレーテルが叫んだ。


 その瞬間、マギサの視界が暗転した。


◇ ◇ ◇


 飢餓のグレーテル。


 原作でも登場する少女である。


 ちなみに原作では、グレーテルが登場するのはもう少しあとの話である。


 彼女の扱える魔法は、一つだけだ。


 飢餓の口減らし(グレート・ファミン)


 それは原作でも主人公たちをおおいに苦しめた魔法である。


 そも魔法には容量というものがある。


 なんでもかんでも無制限に魔法を覚えられるわけではない。


 そして飢餓の口減らし(グレート・ファミン)の容量を食う魔法であった。


 しかし、その分威力は甚大だ。


 即死級の魔法である。


 そしてグレーテルのこの魔法は、アークを殺す可能性もあった。


 飢餓の口減らし(グレート・ファミン)は固有結界を作り出す魔法である。


 この魔法の原理は非常にシンプルだ。


 自ら作り出した固有結界の中に相手を閉じ込めるというものだ。


 かつてグレーテルが経験した飢餓の世界である疑似空間を作り出し、そこに閉じ込めるのだ。


 現実世界と隔離された空間であり、時間の流れも異なる。


 飢餓の口減らし(グレート・ファミン)は上級魔法である。


 最上級魔法でない理由は欠点が大きいからだ。


 具体的には、3つ欠点がある。


 1つ目、あまりにも魔法容量が大きいことから、グレーテルは他の魔法を使うキャパがないこと。


 2つ目。魔法が強力すぎてグレーテルが制御しきれないことだ。


 3つ目、閉じ込めたモノを外に出せないこと。


 特に最後のデメリットが問題である。


 初見殺しの魔法であり、固有結界に入った者で生きて帰ってきた者はいない。


 そしてグレーテルの意志でも戻すことができない、


 そんな地獄の世界に、マギサは入れられてしまったのだった。

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