58. 運び屋ピエロ
バレットは公爵家のパーティーを楽しみにしていた。
ルインからパーティー用のドレスと靴を贈られてきた。
とてもキレイだった。
フロムアロー家はどうしようもないほどに貧乏だ。
昔のドレスを着ていくことも考えたが、さすがにそれはみっともない。
そう悩んでいたときに届いたドレスだったから、バレットはルインに感謝した。
アークに会えるのが楽しみだった。
パーティーといえば、最初にアークに会ったのもパーティーのときだった。
あの頃からバレットはずっとアークに憧れを抱いていた。
その気持ちは変わることなく、むしろ強まるばかりだった。
憧れはやがて恋へと変わっていた。
貧乏男爵令嬢と、飛ぶ鳥を落とす勢いであるガルム伯爵では釣り合わないのはわかっている。
だからせめてパーティーの間だけは夢を見させてほしかった。
そしてドレスを着ようとしたのだが、
「ない」
ドレスがどこを探しても見当たらなかった。
「まさか……」
「お、おう! 帰ったぞ!」
と、そのタイミングで父親であるバード男爵が帰ってきた。
バレットは父親の仕業と思い、
「お父様。私の服はどこですか?」
と詰め寄った。
すると、バレットの父はすんなりと白状した。
「ああ。売り払ったよ。お前には不要だろう?」
「な……っ」
バレットは驚きを隠せなかった。
まさか父親がそんなことをするとは……。
「なんてことするんですか!?」
「はあ……いい加減気づけよ。お前にドレスなんて不要だ」
「今からパーティーに行くのですよ! それもあれは公爵家からの贈り物。それを売り払うとは無神経にもほどがあります!」
「ぐちぐち、うるせぇな。あれをもらったのは俺だ。俺がどうしようとお前には関係ないことだろ?」
「なぜそういう発想になるのです」
いくら父親と言ってもやっていいことと悪いことがある。
「あのドレスはフロムアロー家に贈られてきたものだ」
「それが何か?」
バード男爵の口から酒の匂いがする。
バレットは嫌な予感を覚えた。
「ははっ、つまりだ。フロムアロー家ではないお前のものではないってことだよ」
「は……?」
「親父が言っていた。お前を勘当するのだと」
「そんな……まさか」
「俺たちは弓の一族だ。魔銃なんぞを頼りやがったお前はもう必要ない」
バレットは絶句する。
家のことは好きではなかった。
出ていきたいと思ったことは何度もある。
しかし、それでもフロムアロー家には愛着があった。
まさか家を追い出されるとは思ってもいなかった。
「親父からはお前を追い出せとしか言われていないが、俺もただで追い出すのは惜しい。
お前を育てた分は回収させてもらわねば割に合わんからな!」
そういってバード男爵はニタリと笑った。
「お前には最後の親孝行をしてもらう」
バレットは背筋がゾワッとするのを感じた。
いますぐ逃げなければ……と直感が働く。
しかし、
「おやおやー? これはキレイな娘さんだねぇ。私の好みな子だよ」
どこから現れたのか、いつの間にかピエロの顔をした男がバレットの目の前に立っていた。
◇ ◇ ◇
ハーメルンの笛吹と呼ばれる運び屋がいる。
ピエロの格好をした男だ。
彼が運ぶ商品は一つだけだ。
人間だ。
ハーメルンは空間魔法を扱うことができる。
正確には黒魔法であり、吸収と放出の両方の性質を活用することで、テレポートを可能にしている。
多少制限はあるものの、恵まれた才能であるのは間違いない。
幼い頃に空間魔法を覚えたハーメルンは、最初小さな盗みを働いた。
街角にある果物を盗むというものだ。
果物が欲しかったわけじゃない。
ただ、何かを奪ってみたかっただけだ。
そもそもハーメルンの家はそれなりに裕福である。
わざわざ小さな盗みなど働かなくとも十分に生活の余裕があった。
幼い頃からある程度のものを与えられてきたため、果物など盗む意味がなかった。
ではなぜ盗むのか?
楽しいからだ。
生活がかなり厳しい果物屋から果物を奪ってやった。
するとどうなるか?
果物屋はすぐに潰れた。
人から奪うのが快感だった。
その歪んだ性癖はエスカレートしていった。
だがモノを盗むのも飽きてきた。
そうして誘拐に手を出し始めた。
大人も子供も女も男も色んな人を攫っていった。
その中でハーメルンが見つけたものがある。
一番快感を得られるのは子供を攫ったときである。
子供が好きだったわけではない。
ではなぜ子供を攫うのか?
それは子供を攫ったときほど、奪われた側の絶望が大きくなるからだ。
大事に育てられた子供を攫うときが一番気持ちが良かった。
奪われた側の焦りと絶望を見ると興奮した。
そして子供の将来を奪うのが何よりも気持ちが良かった。
とくに目を見るのが好きだった。
目ほど絶望を表してくれるものはない。
しかし、あるときハーメルンの悪行が見つかってしまった。
それによって親は没落し、ハーメルンは自力で金を稼ぐ必要が出てきた。
だから攫ったあとの子供を適当に闇市に放り投げた。
闇市に流すのは良い金稼ぎになった。
欲も満たされて、快感も得られる。
ハーメルンにとって運び屋はまさに天職であった。
子供に好かれそうなピエロの格好をし、おどけた口調を作り、そして多くの子供達を攫っていった。
多くの絶望を見た。
他人の不幸は蜜の味がした。
他人の幸せを踏みにじるのが快感だった。
今日もまた少女を一人攫った。
本来なら今頃、パーティーで幸せな未来が待っていたはずの少女だ。
その楽しい未来を奪ったことには快感を覚えていた。
希望から絶望へと変わる少女の顔ほどそそるものはない。
ピエロはニタリと笑って、拘束されている少女――バレットの目をじっと見ていた。