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50. 手紙

 王城の一室。


 絢爛豪華、贅沢を敷き詰めたような部屋……ではない。


 質素というほどではないが、神の一族とされる王族が暮らすにはかなりシンプルな部屋がある。


 そこでマギサはルインからの届いた手紙を見ていた。


 今度、ヴェニス公爵領で宴が開かれるらしい。


 ルインとはそれなりに仲が良い。


 他の者達と違い、ルインからは度を超えて敬われ方はされず、それをマギサは心地よいと感じていた。


 そのおかげで、マギサにとってルインはちょうど良い距離感で接することができる貴重な相手だった。


 つまりそれは、友人と呼ばれる存在だった。


 かつてのマギサは、そういった関係性の相手を欲していた。


 しかし、彼女はもっと欲しいものができてしまった。


 それは人間らしい、欲張りな感情である。


「アーク様も来ますよね……」


 マギサはアークの姿を思い浮かべる。


 入学してから、何度もアークに助けられてきた。


 マギサにとってアークは友人以上の存在であった。


 その気持ちがなんであるのか、マギサにはわからない。


 しかし、アークがかけがえのない存在であることには間違いなかった。


「パーティーに行けば会えますよね? お会いしたいです」


 こうしてマギサはアークに会うためにヴェニスに行くことを決めたのだった。


◇ ◇ ◇


 学園の中庭で剣を振る男がいる。


 長期休暇であり、ほとんどの生徒は帰省している。


 帰省していないのは、帰省する先がないスルトのような者である。


 故郷は焼かれた。


 その憎しみはいまでも心のなかで轟々と燃えている。


 スルトが剣を振る。


 レーヴァテインに炎が灯る。


「――――」


 空気が燃える。


 レーヴァテインは強力だ。


 レーヴァテインの炎の前では、あらゆるものが燃える。


 しかし、常時発動するにはスルトの魔力が足りない。


 ならば、と。


 魔力がなくても戦える状況にならなくてはいけない。


 魔力が尽きた後も、スルトは剣を振る。


 根性論と言われればそれまでであるが、命を分ける瞬間はどれだけ生にしがみつけるかが大事だとスルトは考えていた。


 もちろん、そんな根性ではどうしようもないときもある。


 スルトが故郷を焼かれたときがそれだ。


 思い出す。


 蘇る。


 轟々と燃える故郷の炎が。


 過去を断ち斬る(・・・)ように剣を振る。


「いやいや~、こんな休みの日に精が出ますね~」


 スルトは振り返る。


「学園長」


「どうも」


 学園長がスルトに向かって軽く手を挙げる。


「熱いですねぇ。スルトくんはがんばりやさんですね」


「いえ」


 スルトは手を止めて、汗を拭った。


「まだまだです。俺はアークのようになりたいので」


「アーク君みたいに、ですか?」


「今まで復讐だのなんだの言ってきたくせに、結局一人では何も解決できない小僧でした」


 学園長は続きを促すように頷く。


「俺はアークのような力もないし、頭もない。

アークはきっと今、何か大きいものと戦っている。でも、俺はその敵すらわからない」


 スルトは大会の日に学園で起きた事件の一端を聞かされた。


 アークがほとんどを一人で解決してしまったことを知った。


 それに対し、スルトは無知な判断で学園の者たちを危険に晒しかけてしまっていた。


 もしもアークがいなければどうなっていたかわからない。


 その前の慰問や演習でもそうだ。


 アークがいなければ、あの場での被害は計り知れないものになっていただろう。


「何がやれるかわからないけれど、何かやっていないと気がすまないんだ」


「だから剣を振るうのですか?」


「はい。剣を振るうことならどこでもできるから」


「復讐はもう諦めたのですか?」


「すみません。それは……それだけは諦めそうにありません」


「そうですか」


 学園長が一瞬だけ悲しい目をする。


 しかし、ほんの一瞬のことであり、スルトはそれに気づかない。


 スルトからしても同情など欲していない。


「君に手紙が届いています」


「俺に手紙? そんな相手いないはずだが」


「ルイン君からです」


「ルインから?」


 スルトは首をかしげながら、手紙を開ける。


 今度、公爵家でパーティーが開かれるらしい。


 その招待状だった。


「ルインが俺を招待?」


「良かったじゃない。君に友達ができて嬉しいですよ」


「はあ……」


 スルトは再び首を傾げる。


 ルインと仲が良いかと言われれば、疑問が浮かぶ。


 仲が悪いわけではないが、積極的に話をしているわけではない。


 しかし、スルトもルインも他に話す人がいないため、比較的(・・・・・)には仲の良い間柄になるというのも事実である。


「行くかどうか迷っているのですか?」


「まあ、はい」


 スルトは素直に頷く。


「ルイン君からの招待ならアーク君も行くでしょうね」


「アークが……」


 学園長が微笑む。


「学んできなさい。アークくんのもとで。少なくともここで一人剣を振るうよりは良いでしょう」


「はい」


 スルトはヴェニスに行くことを決めた。


◇ ◇ ◇


「ルインさんからだ」


 バレットはルインからの手紙を開く。


 公爵家からの誘いだ。


 貧乏男爵であるバレットが格上である公爵からの誘いを断ることはできない。


 だが、今回はあくまでも”ルインの友人として”の誘いである。


 そのため、あまりいい印象は持たれないものの断ることはできる。


 しかし、バレットは断るつもりはない。


「ヴェニスかー。楽しみだな」


 水の都ヴェニス。


 貿易の街としても有名だが、観光としての印象のほうが大きい。


 さらに今回は旅費のほとんどを公爵家で受け持ってくれるらしい。


 それもルインからの誘いなら、まず間違いなくアークも来るだろう。


 バレットにとって行かないという選択はない。


 だが、少しだけ懸念もあった。


 天才公爵令嬢とアークならお似合いだと思っている。


 しかし、ルインとアークの仲の良さにバレットは嫉妬しないわけでもない。


「ちょっとくらい、私のことを見てくれてもいいのに……」


 バレットは不満げに髪をいじる。


 だがパーティーなら多少は自分を見てくれるだろう。


 そういうわけで、バレットからしたら行かない理由がない。


 そもそも家にいるのが苦痛である。


 この家にバレットの居場所はない。


 弓を捨て、魔銃に乗り換えたバレットを家族は猛烈に非難していた。


 学園の大会で結果を残したことは一切触れられず、「恥さらしだ!」と罵られた。


「はあ……」


 バレットはため息をつきながら、一応は父であるバード男爵にヴェニスに行くことを伝えた。


 すると、


「ふっ。家が苦しいというのに一人で観光か? 良いご身分だな? それともフロムアロー家のことはもう捨てたから構わんというのか?」


 と皮肉めいたことを言ってきた。


 そして最後には、


「まあ良いだろう。なら俺も行く。ちょうどヴェニスには知り合いがいてね。頼みたいことができた」


 と言ってきた。


 バレットは父親に来てほしくはなかったが「来るな」ということもできない。


 こうしてバレットの嬉しいような嬉しくないようなヴェニス観光が始まるのであった。


◇ ◇ ◇


 ルインから手紙が来たのは、マギサ、スルト、バレット、そしてアークの4人だ。


 本来のストーリーであればアークとバレットはいなく、代わりにここにはロストが加わり、崩壊した学園から逃げるようにルインの実家にいくという流れだ。


 しかし、アークの介入もあってから原作とは流れが大きく大きく変わってしまっている。


 まずロストはヴェニスに向かわない。


 なぜなら、ロストはルインとそこまで仲が良くないからだ。


 さらに本来なら、ルインはマギサやスルトとはもっと仲が良くなっている。


 しかしアークの存在のせいで、彼らの仲はそこまで深まってはいない。


 その代わり、彼らはアークという一人よって繋がっていた。


 原作と概ね一緒の流れであるものの、経緯がまったく異なる。


 この後のシナリオがどう変化していくのは誰にもわからない。


 ただ一つ言えることは、原作通りに進めば今まで以上の絶望が待ち受けているということだ。


 そんな中アークは、


「ふははは! ヴェニス観光楽しまくるぜ! 貴族らしくな!」


 と能天気なことを考えているのであった。

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