前へ次へ
42/203

42. 干支

 黒い装束を来た男たちが会場を囲んでいる。


 みな一様に死んだ目をしていた。


 闇の手の者たちだ。


 それぞれ精鋭であり、幹部から大虐殺(ジェノサイド)を命じられている。


 原作では、スルトたちが地下にいる間に会場は大騒ぎとなっている。


最初に、闇の手の者によって虐殺が起こる。


 その最初の犠牲者は生徒会長であるメデューサだ。


 決勝戦の舞台で闇の手の者に殺され、魔物へと変貌してしまう。


 メデューサは凶悪な魔物となって生徒たちを襲っていく。


 そうして襲われた生徒は、死んだ後に次々と魔物となっていく。


 負のスパイラルが発生し、会場に大混乱をもたらす。


 ちなみにこの被害は、エムブラの言葉を信じす、クリスタルエーテルを守り切ってしまったスルトの責任でもある。


 クリスタルエーテルは多くの魔力を放出している。


 つまり、魔物が発生しやすい条件の一つである、魔力濃度が高い環境を作り上げてしまっているのだ。


 そこで闇の手の者たちが虐殺を始めれば、どういう結果になるかは言わずもがなである。


 闇の手の者たちは機械のような足取りで会場の中に足を踏み入れ――。


「ここは立入禁止だニャ」 


 ――ようとしたところ、黒ローブを深く被った少女に遮られた。


 男たちは無表情で黒ローブの少女を見る。


 彼らに動揺はない。


 そもそも、そういう感情すらない。


 だが、動けずにいた。


 動いたら殺される。


 そういう殺気(ナニカ)が少女から放たれていた。


 しかし、彼らのような駒にとって死は怖くない。


 全員でかかれば少女を仕留められる。


 何人死ぬかはわからないが、何人死のうが構わない。


 上からの命令を達成すれば良いだけだ。


 つまり、全滅しようが虐殺を行えれば問題ない。


 闇の手の者とはそういうイカれた連中の集団だ。


「―――」


 男たちは一斉に黒ローブの少女に襲いかかった。


「やる気があるのはいいことだニャ。全員まとめて殺して……あっ、殺しちゃダメだっけニャ?」


 黒ローブの少女はニヤリと笑みを浮かべた。


「参の虎――ティガー。殺さない程度に殺戮するニャ!」


 ティガーの目がキラリと光る。


 矛盾を言うティガーからは、先程とは比べ物にならないほどの濃密な殺気が溢れ出していた。


◇ ◇ ◇


 学園のあらゆる場所でひっそりと、しかし激しく行われる戦闘。


 それらの戦いを学園街の路地裏から、黒ローブの少女が(・・)ていた。


 彼女はキメラである。


 アークの救った少女のうちの一人だ。


 彼女らキメラは干支と呼ばれる、アークの作った特殊部隊に所属している。


 諜報部隊”指”やランスロットが率いる軍とは、また別系統の組織。


 干支は暗殺部隊だ。


 アークの敵となる者たちを闇の中で排除している。


 最近では、ノーヤダーマ家の急激な発展に危機感を覚えた領主がいた。


 その領主はガルム領を潰しにかかろうとしていたため、干支が影でこっそりと領主を抹殺した。


 ちなみに干支は本来12いる。


 しかし、彼女らは十一人(・・・・)しかいない。


 (バレット)だけがいないのだ。


「アーク様を邪魔するやつらを全滅よ……といいたいけれど、ここで殺しはまずいわね」


 壱の子(いちのね)――ラトゥ。


 彼女は今日起こるであろうことを把握している。


 ここで殺しをしてしまうと面倒なことになる。


 だから下手に敵を殺さない。


 ラトゥはネズミと感覚を共有することができるため、ネズミを使って仲間たちの状況を把握している。


 ローブによって隠された耳がピクピクと動く。


 ちなみに干支が黒ローブを被っているのは、彼女らが普通の人間ではないからだ。


 ラトゥの耳も普通の人間の耳ではない。


 ネズミの耳である。


 彼女たちは普通に生きることができない。


 今後も普通の人生を歩むことはないだろう。


 だが、そんなことはどうでもいい。


 普通に生きることが幸せとは限らない。


 彼女ら干支にとって、アークのために生きることが何よりもの幸せであり、それこそが人生であるからだ。


 幸せを邪魔するやつらは、誰であっても排除する。


 ネズミを通して干支と闇の手の者たちとの戦闘音が聞こえてくる。


 さらに地下に忍び込ませたネズミからは、カミュラたちの状況が視える。


「早くして頂戴、カミュラ。でなければ不届き者共(やみのてのものたち)を殺してしまうもの」


◇ ◇ ◇


 干支。


 それは原作で登場する十二人のキャラクター。


 闇の手の者の手先となっている少女たちだ。


 彼女らは干支になぞられて、()(うし)(とら)()(たつ)()(うま)(ひつじ)(さる)(とり)(いぬ)()、とそれぞれの動物の特徴を持っている。


 たとえば()のラトゥがネズミと感覚を共有できる、というように。


 原作では、干支は心のない人形として主人公たちに襲いかかり、全員が悲しい最期を迎えることになる。


 しかし、この世界では、バレット以外の十一人はアークの暗殺部隊として活動することになった。


 原作でも、闇の手の者の暗殺部隊として動いていたため、やっていることは大きく変わらない。


 変わっているのは誰に仕えるのか、となんのために仕えるか、である。


 それらは彼女ら干支にとっては、とても大事なことだった。


 干支の忠誠心はみな高い。


 絶望から救い出してくれたアークへの恩義は計り知れないものがある。


 アークに命を差し出すぐらいなんでもないことだと考えている。


 アークに仕え闇の手の者を滅ぼすことが、彼女らの目的である。


 そして今回の魔法大会では、自らの手で闇の手の者を始末できる。


 彼女ら干支はいつも以上に張り切って任務に挑んでいた。


 そのおかげもあってか、闇の手の者の襲撃は、誰にも知られず誰も傷つかずにひっそりと処理されたのであった。


 ちなみに、アークも干支が関わっていることを知らない。


 指揮しているはずのトップが何も知らないという異常事態が発生しているのだが、なぜかこの組織は上手く回っているのだ。


 と、それはさておき。


 この世界では、原作で起きていた悲劇は起こらない。


 またもやアークが鬱展開をぶっ壊していくのであった。

前へ次へ目次