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40. バレット・フロム・アロー

 バレットは魔銃を片手で持つ。


 とうとうここまで来た。


 相手はアーク。


 勝てないことはわかっている。


 魔銃を扱えるようになったとはいえ、所詮付け焼き刃だ。


 到底アークには勝てない。


 ここまで来られたのも運が良かったからだ。


 フィールドに恵まれ、敵に恵まれた。


 もしも、アークやメデューサ、スルトのような強敵と当たっていれば早々に敗退していただろう。


 しかし、準決勝まで来られたこは誇ってもいい。


 アークのおかげである。


 だからバレットはアークに感謝をしていた。


 そして感謝を示す方法は一つ。


 本気で戦い成長を示すことだ、とバレットは考えていた。


 今回用意されたフォールドは山地である。


 これもまたバレットの得意とするフィールドだ。


 一番苦手なのは、隠れる場所がない起伏のないフィールドである。


 得意であろうがそうでなかろうと、アークに勝つ可能性はゼロに等しい。


 しかし、負けるにしても健闘はしたかった。


 そして試合は始まった。


 アークはすぐさま魔法を展開し、バレットに向けて氷塊を放ってきた。


 それにバレットは応戦することはせず、逃げた。


 一目散に逃げるバレットを、アークは追いかけることはしなかった。


 まるでバレットが何をしようが何を企んでいようが、関係ないと言わんばかりの態度だった。


 事実、アークはバレットがどんな作戦を立てようが、すべてねじ伏せるつもりであった。


 それはアークらしい傲慢さである。 


 しかし、傲慢なその考えもアークほどの実力者が持つ当然の権利である。


 バレットもアークが油断していることを知っていた。


 だから彼女はそれを利用させてもらうことにした。


 魔法で拡張されたフィールドは、一対一の戦いとは思えないほど広い。


 ただし、逃げ続けるとペナルティを取られ失格となる。


 バレットはもちろん、逃げ続けることは考えていなかった。


 勝つために距離を取っていた。


 そして山地であることを考え、なるべく全体が見渡せる場所へと逃げた。


 つまり、なるべく高い位置を目指していた。


 バレットの目は特殊である。


 フロムアロー家は代々特殊な目――鳥の目を有していた。


 鳥の目の利点は2つある。


 1つ目は遠くを見渡せること。


 2つ目は瞬間的に高い集中力を発揮できること。


 彼らが弓の一族として成り上がれたのも鳥の目のおかげである。


 そして、その鳥の目の利点は魔銃にも応用することができる。


 バレットは山の上からアークを探した。


 そしてすぐに見つけることができた。


 アークは悠々自適と、まるで散歩をするようにフィールドをうろついていた。


 狙撃手(バレット)相手に、あまりにも無防備な行動だ。


「随分と余裕そうですね。まあ仕方ないですけど」


 バレットは予選がはじまってから、一貫してこの戦い方、つまり遠距離戦法を取ってきた。


 普通なら警戒するはずだ。


 事実、彼女の前の対戦相手はバレットの遠距離攻撃を警戒していた。


 しかし、バレットは一瞬の隙をついて前回の相手を倒した。


 そういう経緯もあり、警戒を全くしていないアークはバレットを舐めているとしか言えない。


 それに対し、多少の悔しさはある。


 だが逆に本気で挑まれたら、戦いにすらならないことも理解している。


「私のこと、ちゃんと見てください。私はあなたを視ていますので」


 バレットはアークに狙いを定める。


 距離にして約3キロメートル。


 この距離を当てるのは至難の業だ。


 それも彼女の持つ魔銃は拳銃型の魔銃だ。


 本当は狙撃用の魔銃を用意したかったが、予算的な理由と大会では接近戦になる可能性を考慮して、拳銃型の魔銃を購入した。


 だが当然、拳銃型の魔銃は狙撃には向いていない。


 3キロが拳銃型魔銃の最大有効射程だ。


 この距離を当てるのは、もはや芸術の領域と言ってもいい。


 しかし、


「私は弓の一族。バレット・フロムアローです」


 バレットは弓を捨てたとはいえ、その信念までは捨てていなかった。


 神経を尖らせて、アークの動きを注視する。


 あまりにも無防備で、いつでも撃てるような錯覚に陥る。


 しかし、そう見えるものの、いざ撃とうとすると手が震える。


 隙があるように見えて、実はほとんど隙がない。


「さすがアーク様です」


 バレットは感覚を研ぎ澄ました。


 時間が圧縮される。


 この瞬間、彼女は全神経、全魔力回路を用いてアークの動きを追っていた。


 時間の経過がゆっくりと感じられる。


 息を吐く。


 じとりと汗がにじむ。


 バレットは驚くほど冷静だった。


 まだ気づかれていない。


「――――」


 好機だ。


 バレットの直感がそう告げた。


 そして気がつけば、魔銃の引き金を引いていた。


――ドォンッ。


 低い音とともに放たれる魔弾。


 それがアークに吸い込まれるように進んでいく。


 と、そのとき。


――ゾクリッ。


 バレットの背中に悪寒が走った。


「まずい……ッ」


 直後、アークと目があった。


 だが魔弾はすでに放たれている。


 いくらアークといえど、今から魔法を展開しても間に合わないだろう。


 否、間に合わないでくれというのがバレットの願望だ。


 一瞬の思考。


 魔弾がアークのもとに届くまでのほんのわずかな時間。


 それがあまりにも長く感じられた。


 届け。


 届け。


 届けッ!


 バレットは強く祈る。


 だがしかし、


「ザザザッ」


 アークの手前に突如、氷の障壁が展開された。


――ドンッ。


 魔弾はアークのもとに届かなかった。


 ダメだ。


 やはり届かない。


 魔弾も、バレットの力も、アークには届かなかった。


 その距離はあまりにも遠かった。


 バレットは挫けそうになる。


 すでにバレットの居場所はバレている。


 そもそも、バレットの得意な形で不意打ちした攻撃が効かないのだ。


 これ以上、バレットにできることはない。


 しかし、


――ここで諦めたら何も得られない。


 バレットは歯を食いしばった。


 そして再び、引き金に力を込める。


 意識を集中させる。


「はあ……はあ……」


 ジトリ。


 汗がにじむ。


 バレットの意識がとある一点に向かう。


――ドンッ


 魔弾が放たれ、氷の障壁に向かって飛んでいく。


 しかし、魔弾に障壁を貫くほどの力はない。


 だが、


「――――」


 バレットは一度目と全く同じ場所に、寸分違わず、魔弾を撃ち込んだのだ。


 それはまさに針を通すような芸当だ。


 ただでさえ距離が遠い中で、全く同じ場所に当てるなど神業にも等しい。


 バレットももう一度やれと言われても不可能な芸当だ。


 そして――


「……!?」


 魔弾がアークの肩を貫いた。


 この大会で初めてアークが傷を負った瞬間だった。


「やった……」


 バレットは思わずガッツポーズをした。


 しかし、それは大きな油断だ。


 直後、


「――――」


 障壁が氷塊へと形を変え、バレットに向かって放たれた。


 まるでお返しと言わんばかりの一撃だ。


「……ッ」


 避ける暇もなく、氷塊がバレットの体に直撃した。


 そして、そのままバレットは意識を失った。

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