39. 地下
大会が始まった。
予選はサバイバル形式だった。
巨大なステージのもとでオレは魔法をぶっ放しまくった。
全員が徒党を組んでオレに立ち向かってきやがった。
だが、そのおかげもあって一瞬でケリが着いた。
全員まとめて氷漬けだぜ!
ふはははは!
これが伯爵の力というやつだ!
モブ共が、オレに敵うわけがなかろう!
当たり前のように本戦に進んだぜ。
初戦も二回戦も余裕だった。
歯ごたえはないが、まあ相手がオレならしょうがない。
この調子なら優勝は余裕だな。
まあオレが負けるなんてありえないことだ。
称賛と称賛と称賛が会場を埋め尽くした。
優越感最高だぜ!
が、さすがに敵が弱すぎると、オレの活躍の場が少なくてつまらん。
もう少し歯ごたえのあるやつが欲しい。
次の対戦相手は貧乏男爵だっけか?
あいつ、なにを血迷ったから魔銃を使い始めた。
弓を捨てるとは、プライドがないのか?
まあいい。
弓だろうが銃だろうが関係ない。
ぶっ潰すだけだ!
伯爵の偉大さを見せてやろう!
◇ ◇ ◇
スルトはロストとともに、魔法大会の裏で暗躍する教師――エムブラを追いかけていた。
彼は魔法大会に出場し、本戦まで勝ち進んだのだが、そこで生徒会長であるメデューサに負けてしまう。
そして暇を弄ばせている際、偶然、エムブラが怪しい人物と交信しているのを見つけた。
そこで、同様にエムブラを追っていたカミュラとロストと合流したのだ。
余談だが、原作でも、主人公であるスルトは仲間たちとともにエムブラの後追う。
そのときのメンバーはスルト、ロストに加え、ルインとマギサがいる。
しかし、この世界では、ルインとマギサはアークの応援をしており、スルトたちとは行動を共にしていない。
と、それはさておき。
スルト、ロスト、そしてカミュラはエムブラを追いかけていた。
スルトはもちろんだが、ロストも当然カミュラのことは知っている。
”異常なまでに戦闘能力が高い使用人”というのが二人からみたカミュラの評価だ。
実際、慰問の際に共闘をしたスルトは、カミュラが自分よりも強いことを理解していた。
アークどころか、その使用人にすら劣ることに、スルトが若干落ち込んでいたのはまた別の話である。
スルト、カミュラ、ロストの三人はエムブラが地下に入っていくのを確認し、その後を追いかけるように学園の地下に足を踏み入れた。
そこで地下室を守るようにしてゴーレムが佇んでいた。
「チッ。またゴーレムか」
サバイバルで生徒たちを襲った黒ゴーレムである。
体の大きさは人間と同じくらい。
しかし、以前スルトが見た黒ゴーレムよりも威圧感がある。
まるで自らを騎士と言わんばかりに、剣を天井に向けて突き立てている。
「大変な演習だったらしいね」
ロストは上級生であり、黒ゴーレムが襲ってきた地獄のような演習には参加していない。
「……俺は何もできなかったがな」
スルトは苦虫を噛み潰したように頷く。
スルトにとっては、自分の不甲斐なさを痛感する演習だった。
結局、すべてアークが解決したようなものだ。
スルトは何もできなかった。
「力不足を感じたなら強くなればいいだけです」
カミュラが言い放つ。
カミュラもスルトの気持ちがわかる。
彼女もまた、アークのもとで何度も自分の力不足を痛感させられてきた。
アークの背中がどんどんと先に行ってしまうようで、カミュラは主人を追い掛けるのに必死だった。
だからスルトの気持ちは多少理解できた。
「わかってる」
スルトは力強く頷く。
スルトは原作の主人公なのである。
彼は簡単に諦めるほど柔な心はしていない。
どんな状況で前に進む勇気を持っている。
慰問のときにも何もできなかった。
せいぜい魔物を一匹倒したくらいだ。
それすらも、アークやカミュラの力を借りている。
自分ひとりでは何も成し得ていない。
それに対し、アークは町を一つ救っている。
結局、自分は吠えているだけでアークのように何かを変えられる力はない。
それを悔しいと嘆くことはある。
だが、嘆いているばかりでは前に進まない。
「俺は強くなるんだ」
ゴーレムが動き出した。
真っ先に反応したのはカミュラだ。
カミュラは右腕の鎖を開放し、魔力を込めた。
チェーンの先端がゴーレムに迫った。
――カキンッ。
ゴーレムの剣がカミュラのチェーンを防ぐ。
「うおおおおおおおお!」
叫び声を上げながら、スルトがゴーレムに突っ込んでいく。
「ムスペルヘイム!」
炎をまとった剣――レーヴァテインがゴーレムに向かって振り下ろされた。
「――――」
ゴーレムは危険を察知し、バックステップを踏んでスルトの剣を避ける。
「まだまだッ!」
スルトは逃すまいと追撃する。
しかし、レーヴァテインの炎は若干弱くなっており、ゴーレムの持つ剣で弾き返せるほどとなっていた。
――カンカンカン
ゴーレムとスルトの剣が激しくぶつかり、火花を散らす。
2つの影が交差する。
しかし、ゴーレムのほうが一枚上手であった。
ぶほん、と激しい音をたてながら、ゴーレムの剣がスルトの首に向かう。
「しまっ……!?」
スルトが焦りに目を見開く。
だが、
「まったく、油断しすぎですよ」
――カキンッ
カミュラの鎖がゴーレムの剣を防ぐ。
スルトは間一髪のところで助けられた。
「ボクを忘れてもらっては困るな」
後方で待機していたロストがゴーレムに向かって右手を向ける。
ロストは精霊魔法を扱う、精霊使いである。
精霊使いは自身の魔力の代わりに、精霊の力――イドを借りて魔力を行使する。
しかし、イドを扱うのは簡単ではない。
前提として膨大な知識が必要となる。
その上、精霊魔法は口伝でのみしか伝わらない技術であるのに、とある事件によってドルイドがほぼ全滅している。
また魔術を行使するには聖木、いわゆる杖が必要となる。
最も良いのがヤドリギの木とされているが、そもそもドルイドの杖を作る技術も引き継がれていない。
そういった背景もあり、精霊魔法は今では失われた魔術と呼ばれている。
ロストは聖木も知識も不足しているため、通常であればイドを扱うことができない。
しかしそれを補う方法がある。
そもそも精霊使いになる方法は2つある。
一つは前述したように膨大な知識量を持ち、聖木で作られた杖を手に入れることだ。
そしてもう一つが精霊との契約だ。
精霊と契約することで、知識も杖も補うことができる。
しかし、精霊と契約できるものはほんの僅かである。
ロストはその僅かな精霊契約者の一人であった。
精霊とは血で契約を交わしてる。
ロストは指を噛んで、血をしたたらす。
そして、ロストは詠唱を始めた。
「豊穣の女神ブリギットよ、血の盟約に従って我にその力を貸したまえ!」
ポトリ。
床に血が滴る。
それが複雑な紋様を生み出す。
「インボルク――!」
紋様からニョキニョキと木が生えてくる。
「絡み付け!」
ロストがゴーレムに右手を向けると、木が意思を持ったようにくねくねと動き出す。
そして木がゴーレムの体に巻き付いた。
「――――」
黒ゴーレムは木を追い払おうとしたが、全身を拘束され体を動かせない。
「おおおおお!」
スルトがゴーレムを目がかけて走りだす。
そして首を狙い、剣を振る。
「ムスペルヘイム!」
剣に炎が灯る。
――スパンっ。
ゴーレムの首が飛ぶ。
さらにゴーレムにまとわりつく木もろとも、轟々とゴーレムを燃やす。
以前のスルトでは、黒ゴーレムを斬ることはできなかった。
これは成長の証と言えるだろう。
だが、
「ごごごっ……」
首の飛び、全身を炎に包まれ、魔石がむき出しになったゴーレムだが、核である魔石が壊れるまで動き続ける。
ゴーレムはスルトを狙って剣を振り上げた――が、しかし
「トドメはきっちりさしてください」
カミュラの鎖がゴーレムのむき出しになった魔核を貫いた。
その瞬間、ゴーレムの動きは完全に止まった。