3. 奇跡の存在
ファースト・ファンタジーというゲーム作品がある。
日本人だけではなく、全世界を熱狂させているゲームだ。
シリーズは現在15作まで出ており、スピンオフなどを含めるとその倍以上の作品が出ているメガコンテンツだ。
1シリーズで数千万本の売上を誇る化け物級の作品だ。
そのFFのアニメ版というものが存在する。
某有名配信サイトで限定的に放送された。
タイトルはファースト・ストーリー。
これは……爆死したアニメだ。
主人公たちが報われない最期を迎えるため、賛否両論……主に否定の意見が大多数を占める作品となった。
だが問題は終わりというよりも、むしろストーリー展開にある。
爆死の理由は主に鬱展開が多さだ。
毎話鬱要素が盛り込まれており、比較的鬱展開に慣れているFFユーザーですら辟易するほどであった。
あまりに不人気なことから、FFとは全くの別作品と言われてしまうほどだ。
そしてFFとは別作品という意味合も込めて、FSと呼ばれている。
その中で悪役として登場する人物――アーク・ノーヤダーマ。
悪の親玉という仰々しい名前であるが、典型的な噛ませ犬だ。
元貴族であるが15歳のときに家が没落し、そのまま闇の手に落ちた人物だ。
あまりにも凄惨な最期から、視聴者に、スカっとを通り越してトラウマを植え付けさせた男である。
そんなアークの体に別の魂が入ってしまった。
それによって今後、彼のバッドエンドな未来がどう変わっていくのかは誰にもわからない。
◇ ◇ ◇
ランパードは紅茶を飲む主人を見ながら思う。
――この方は奇跡だ。
ノーヤダーマ家は落ちるところまで落ちていた。
落ちぶれていた。
不正、違法な奴隷、過度な税金、人頭税、無茶で無意味な兵役など。
領地は荒れまくっていたが、特に先代の時代は酷かった。
領民を搾取することしか頭になかった。
搾取した金を浪費に使いまくり、金がなくなったらさらに領民から搾取する。
家畜を奪い、土地を奪ってきた。
領地が潰れるのは時間の問題だろう、とランパードは考えていた。
そんなとき先代が死に、アークが爵位を賜りガルム伯爵となった。
当初、ランパードはアークに期待を抱いていていなかった。
あの先代に甘やかして育てられたアークがまともなわけがないと考えていた。
そもそも年齢が年齢だ。
8歳の子供に何もできないだろう。
しかし、その考えが見事に裏切られた。
アークは伯爵になると同時に、今までの不正を一気に洗い出した。
さらにその不正によって被害を受けたものに手厚い補償までした。
それもノーヤダーマ家の財産を投げ売ってまで補償を行ったのだ。
過度な税金や不当な条例、奴隷制度などをすべて撤廃させた。
さらに先代によって仕事を奪われた者たちを使用人として働かせ、雇用さえも生み出した。
家畜・土地も奪われて今日生きるのでさえ精一杯だった者たちは涙を流して喜んだ。
もちろん、アークに対して恨みを抱く者もいた。
というよりも、ほとんどの者はアークに恨みを抱いていた。
しかし、それはアークの問題ではない。
先代、先々代の責任だろう。
8歳の子供に親の罪を、責任を押し付けるのは酷なことだろう。
だが、そのような者たちにもアークは毅然と応えていた。
「オレを許せとは言わん。許されようとも思っていない。
恨みたいなら恨め。貴様らにはその資格があるのだからな。
だがこれだけは言おう! 恨みで飯は食えん!
私に恨みを持つなら持てばいい。
だがそれで生活は楽になるのかね? 現実が変わるのかね?
貴様らが選べる道は2つだ。
1つはオレを恨んだまま野垂れ死ぬこと。
もう1つはオレを恨みながらもオレに服従することだ!
さあ選べ! オレはどちらでも構わん!
だが、ここで働くと言うなら最低限の生活は保証してやろう」
ランパードはアークを『恨まれることを受け止めながらも、領民のためを想って行動する心優しい主人』と評していた。
それもアークは使用人にかなりの額の給料を払っていた。
アークは”最低限の給料”と言っていたが、それはアーク基準である。
平民からしたら十分すぎるほどの給料であった。
さらに今まで薄給で働いていた者たちにも、それ相応の給料を提示したのだ。
これもランパードがアークを”心優しい”と勘違いする要因であった。
だが、軍縮にはさすがのランパードも驚き反対した。
現に今、山賊は暴れ放題だ。
これ以上軍の規模を小さくすれば、被害はさらに大きくなるだろう。
魔物だって昨今大量に発生している。
数年前、魔物の大量発生によって滅んだ国もあるほどだ
アークの両親の死も魔物が原因だ。
しかし、
「今のこの軍で山賊や魔物から領地を守れているのか? いないだろ。
見栄だけの軍隊なら、ないほうがマシだ。
無能に金を使う余裕はないからな」
ランパードはアークの言葉に一理あると考え、命令に従った。
その上でランパードはアークの言葉を深読みしはじめた。
不要な軍ならいないほうがマシ。
それはつまり、価値のある軍を作れということである。
ランパードはそう考えた。
アークの命令を「軍縮を図りながら兵士の質を充実させよ」と捉えた。
結果的、軍の規模は小さくなった。
もちろんアークにそんな意図はなかったが、ランパードはアークのことを勝手に勘違いしている。
こんな状況下でただ軍の規模を減らすなんて愚行を、アークがするはずがないとランパードは考えていた。
ランパードはアークのことを根本的に勘違いしていたのだ。
「紅茶が美味いな」
ランパードはアークを見る。
いまもアークは使用人の働きをじっと見ている。
心優しい主人のことだ。
きっと今も使用人のことを想っているのだろう。
ランパードは神に感謝した。
こうしてアークの欲望にまみれの行動はランパードに勘違いされ続けるのであった。