コンジュリング✕エクトプラズム
ト書き。仕事終わりに賑わう飲み屋街と裏腹に、劇団【希望の船】の稽古は続いていた。
稽古も始まったばかりというのもあり、夜九時には解散し、劇団員は今日の成長を称え合った。
そして、明日のアルバイトや普段の仕事に備える為に家路へと急ぐ。
本作の主人公、青井・春は財布を稽古場へ忘れ、慌てて劇団が所有する雑居ビルに戻った。
すでに建物内は消灯されホラー映画なら、彼が真っ先に狂気の犠牲になっていただろう……。
財布を忘れるのとかめんどいことしたぁー。
もう電車が混んでるよなぁ……。
早く家に帰って明日に備えたいのに、変なところで時間をくったぁ。
ト書き。消灯された雑居ビルは照らされた時と景色が違い、青井は方向が解らなくなり、稽古場とは反対の廊下を歩く。
てか、消灯したビルって不気味だな。
幽霊が出てきも不思議じゃない雰囲気だから、驚かないかも?
いや、実際でたら驚くんだけど……。
すると、通りすぎた一室に違和感があった。
扉に護符のような札が貼ってあり、少しだけ開いていて、中が覗けるようになっている。
な、何この部屋?
こんな部屋、あったけ?
ここだけ空気感が違う気がする。
よくないとは思うけど、少しだけ開いてると覗きたくなっちゃう。
中を覗き見ると、淡い暖色系の光に囲まれていた。
すぐにロウソクの火だと察しがついた。
しかし、そのロウソクの位置は妙な配置で、六本のロウソクが感覚を大きく開けて、縦二本、横四本の位置に置かれている。
ロウソクは床に引かれた線にそって置かれていたので、青井は目線でその線を追った。
星に似た形をしてる。
六芒星だったかな?
それぞれのロウソクは角に置いてあるけど、なんかの儀式?
これヤバいかな?
幽霊どころか悪魔か妖怪が出そう。
…………ひっ!?
薄暗い光の中心、六芒星の中央には大きな影がたたずんでいた。
ガラスに反射した像のように、ぼんやり浮かぶ人影。
白装束を着て正座で静止する女性だった。
ゆ、ゆゆゆ、幽霊!?
マズイマズイ、早くここから離れないとぉ……ん?
あの人、どこかで見たことある気が――――。
そうだ、蒼月……蒼月しずくだ!
昔、人気のドラマに主演で出てたけど、今はテレビで見なくなったな。
蒼月しずく
扉の隙間から元女優の蒼月しずくを覗く、青井の視線を遮ったのは、大柄な図体の男。
青井は後ろ姿から容易に誰か推察ができた。
鬼高知座長?
何してるの?
座長は蒼月しずくへ気味の悪い囁き声で話かけた。
「憑依できたか?」
それに対し、蒼月しずくは意識がもうろうとしているのか、かすれた声で答えた。
「……はい」
「なら、織田信長をやってみろ?」
《貴様、ワシに指図するとは何様だ? この場で切り捨ててやる》
女性の声にかぶさるように獣の唸り似た声が重なり、言葉を発していた。
座長は彼女へ再び囁く。
「信長はもういい。次は新撰組局長、近藤勇だ」
すると、蒼月しずくはアゴを上げて口を大きく開く。
その口から白い霧の塊が天井へ登っていった。
霧は白さを増して、蒼月しずくが口から綿を吐き出したように見える。
な、なんか怪奇現象が起きてるぅ!?
アレってオカルト動画で観たことあるけど、エクトプラズムとか言うヤツかな?
突然、扉が押し出され青井は思わずのけ反った。
開かれた扉から座長の鬼高知が青井・春を見下ろしていた。
その顔は影が顔面を塗りつぶし、白い目だけが浮き出ている。
「見ーターナァー……」
青井は反射的に謝る。
「すすす、すみません! 何も見なかったので殺さないでぇー!?」
座長は彼に釘を刺す言葉をかける。
「いいか? 舞台に立ちたかったら、ここで見たことは黙ってろ? でないと業界で干す」
「は、はい……」
「まぁ、いずれお披露目する機会は来るが、今じゃない」
座長は狂気の表情から、穏やかな表情へ移り変わり、青井を気遣った。
「明日もあるだろ? 電車が混む前に帰れ」
「さ、財布を忘れたので取ってきます……」
そして青井はこの夜出来事を忘れるように努めた。
ト書き。暗がりの部屋で扇上に広げた三枚の写真を眺めている、座長の鬼高知。
上半身裸でベッドに座る座長は、何か考えがまとめるとライターに火を灯し、写真を一枚づつ抜き取って角から燃やして灰皿に置く。
「倉木リアナはホラーがNG」
倉木リアナの写真は灰となって消える。
「五味秀一は善人がNG」
五味の写真は灰となったリアナの写真と混じる。
「綺羅めくるはアイドルだから濡れ場がNGか……」
綺羅めくるの写真と合わせて三人の写真は跡形もなく燃え尽きる。
座長はベッドの横に静かに眠る、金髪の少年の頭を優しくなでた。
座長の夜の相手に疲れ、すやすやと眠る如月・奏。
そして灰皿の中で燃えカスとなった三人を睨みながら呟く。
「お前ら――――覚悟しろよ?」