エレベーター・ピッチ
ト書き。劇団「希望の船」の稽古は夕方六時からから始まり夜の八時まで続く。
それぞれがアルバイトや何かの仕事、用事を考慮しての時間帯となっている。
稽古場の後ろで座長の鬼高知が椅子に座り、前方を向く。
座長の前に床へ座り込み、同じく前方を向く劇団員。
一人だけ前に立ち、その視線を一挙に集めている役者の卵
「よ~い、スゥゥウタァアアーーートゥウ!!」
座長の独特なスタートの合図で自己紹介が始まった。
「倉木リアナです。私は日本人と黒人ハーフです。それもあって肌が人よりも黒いですが、断言します。私のような女優は他にいません」
「残り十秒!」
「私は、その……えー……」
「はい、ダメェ! 三十秒越えた。次!」
倉木リアナと入れ替わりで五味秀一が前に立つ。
「五味秀一です。自分はあえて悪役を演じることを心がけています。なぜなら、英雄のような役は誰もがやりたがるし、その気になれば誰でもできる。一方、悪役は本質から滲み出るもので……」
「残り十秒!」
「自分は役者という仕事に惜しみない情熱を注いでいます。以上です。ありがとうございます」
「二十九秒。お前もダメェ!」
「ですが、三十秒以内です」
「二十九秒だろうが三十一秒だろうが、きっかり三十秒で自己紹介を完結させろ! 次!」
五味と入れ替わり、綺羅めくるが自信たっぷりの笑顔で始める。
「綺羅めくるで~す! めくるはアイドルだよー! あは! 見ればわかるか~。でね、めくるはぁ……」
「残り十秒!」
「それで、それで、めくるは~」
「おーい、三十秒越えたぞぉー」
「めくるの好きな物は~」
「三十秒越えてんだろぉお!」
「えー!? でもみんな私の自己PRをもっと聞きたいよね?」
「ここはアイドルの握手会じゃねぇんだよ! 次は……青井・春、行け」
僕の番が来た。
き、緊張するぅーーー!!
名指しされた青井・春は綺羅めくると入れ代わり前へ立つ。
「あ、あおい・ひゅんっ、でちゅ! ぼ、ぼきゅがぁあ。僕が役者を目指したのはぁあ」
「ダメダメダメ! こんな雑居ビルの稽古場でアガってたら、舞台なんて出れねぇぞ! このマスターベーション野郎! どうせやるならマスター・イノベーションを起こしてみろぉ!! たく、どいつもこいつも……」
鬼高知は大きなタメ息を吐くと全員を叱責した。
「いいか? 舞台ってのはなぁ、映像作品みたいに長尺で撮影して、後でカットして編集すればいい訳じゃねぇんだ。始まりから終わりまで、ぶっ通しでステージに立って演技をする。時計を見なくとも、舞台の終わり時間が把握できないとならねぇ。興が乗ってきたから終演しても、三十分演技を続けま~す、てっ訳にはいかねぇんだよ。舞台本番はソープランドじゃねぇんだぞ!」
座長の叱責を真摯に受け止める劇団員へ、彼は更に激を飛ばす。
「だから今、三十秒自己紹介で時間の感覚を叩きこんでんだ。なのにどいつもコイツも、このウジ虫どもが。業界で干すぞ!」
長く続く緊張感からか、疲労が劇団員に見え始めた頃合いに一息入れる。
「まぁ、いい。一通り自己紹介したから休憩だ」
「すみません」
「どうした、フェニックス大?」
「大です。自分はまだ自己紹介をしていません」
「俺、お前に興味無いからいいや」
「そんなぁあー!?」
そこへ遅れてやって来たのは――――。
「みなさーん! すみません、遅れましたー!!」
営業マンの榊・倉蔵だった。
早速、座長のお叱りが飛ぶ。
座長は人差し指で榊を差しながら煽った。
「オイオイオイオイオイオイオイオイ、オイィ!! みんな限られた時間の中で集まって稽古してんだ。舞台本番は全員で出るんだ。一人が合わせられなかったら、全員で本番なんてできねぇだろ?」
「本当に申し訳ありません」
「ん? なんか……ニオうな?」
鬼高知は榊・倉蔵に近寄り鼻を効かせる。
「お前ー……酒飲んでるのか?」
榊はごまかすように目を泳がせるが、すぐに白状した。
「ちょっ、とだけです。今日、会社で飲み会があって、それを抜けて来ました」
「へぇ~、社畜は辛いねぇー? 俺は会社員にならなくて良かったよ」
「アハハハ! こりゃ手厳しい!」
「まぁ、いい。お前も休憩が終わったら稽古に入れ。おーい、如月。ちょっと一緒に来てくれ」
「……はい」
ト書き。青井・春は稽古が再開する前にトイレ休憩を済ませようと、男子トイレへ足を運ぶ。
便器に立ちジャージの前を少しずり下ろし力を抜くと、山の秘境で上流から下流へ流れる、微々たる小川のせせらぎが下半身から聞こえてきた。
ふぅー……これで、しばらく稽古に集中できる。
すると、背後に並ぶトイレの個室から、異様な声が聞こえた。
「あー、あー……うんぁあー」
うわぁ……マジでやめてくれよ。
個室で踏ん張る声を聞くとか気持ち悪いよ。
ドアが開き個室から出てきたのは、ゆるんだベルトを締め直す、鬼高知座長。
座長が出てきたと思いきや、その後ろに、もう一人、人影がついて来ていた。
如月・奏だった。
座長は妙にスッキリした顔でズボンのチャクを上げたのに対し、如月くんはハンカチを口に当てながらうつむいた表情で、シレっと出ていった。
座長がトイレから去ると、如月くんと目が合い、異様な気まずさが漂う。
思わず如月くんに聞いた。
「何……してたの?」
彼は瞬時に明るい笑顔をニコりと見せ、何も語らずトイレを去った。
まさか、個室から聞こえた変な声って……。
気づけば僕は男性用トイレの中心で叫ぶ。
「ナ、ナニがあったぁ!?」