演劇を見る価値は?
ト書き。話はさかのぼり、座長が来る三十分前。
ビルとビルの間と影に挟まれた四階建ての雑居ビルの二階へ、合格した役者達がぞくぞと集まる。
皆、これから始まる役者人生に期待を膨らませていた。
ただ集まったはいいものの、何をするのか解らない。
彼ら彼女らは面接を担当した座長が来ることを、待ち焦がれていた。
そこへ扉が勢いよく開き、やって来たのは――――。
「みなさん、どうも初めまして! ここにいる皆さんは合格者の方々ですよ? 僕も合格者の榊・倉蔵、三十歳です! 普段は保険会社で営業マンやってます。よろしく、ヨロシク!!」
保険の営業マン、榊はこの場にいる一人一人に笑顔と握手を求めながら挨拶をして回った。
この物語の主人公、青井・春は思った。
なんか陽気な人が来たな~。
次に入って来た人物に皆、息を呑んだ。
顔は油絵で塗られたようにシワとシミが目立ち、髪は黒色が入る隙の無い白髪。
誰もがその老人がこの場にいる合格者を待たせた張本人、何かのオーナーか何かのスポンサーだと感じた。
老人は低く唸る声で言った。
「皆さん初めまして、同じ合格者の仲概・勝矢です。おん歳七十ですが、気持ちだけは若者には負けません」
青井・春は驚愕する。
このお爺ちゃん、僕らと同じ合格者?
つまり、役者仲間の同期ってこと?
すでに、いぶし銀溢れる同期を、合格者達は自然と道を作り部屋の中央へ通した。
それは単に年齢の広がりからくる、近寄りがたい存在として認識した行動だったのかもしれない。
青井・春は室内を見渡し簡単な考察を描く。
合格者は九人かぁ……ん?
入団に募集したのは全部で九人だったような?
九人が合格ってことは参加した人、全員合格したってこと?
合格者が勢揃いしたことを見計らったように、座長の鬼高知が入室し、第一声を放った。
「よく集まったな――――このウジ虫ども!」
は? 今、何て言ったの?
面を喰らったのは青井・春だけではない、この場にいる合格者が唐突な投げ掛けに戸惑った。
「いいか? まず座長が入って来たら全員、壇上前へ整列しろ。駆け足っ!!」
そう言われて、合格者達は小走りに壇上前へ並んだ。
一気に室内の緊張が高まる。
「僕が……ワイがこの劇団の座長である鬼高知・雫流だ。逆らうヤツは業界で干す」
特有の一人称もさることながら、合格者達は横目で様子を確かめ合い、これは何かの冗談なのか? 愛想笑いを見せた方がいいのか? と、空気の読み合いが始まる。
鬼高知はかまうことなくマイペースに語る。
「どいつもこいつも、夢を叶えたいだの、自分には役者の才能があるだの、次から次へとワラワラ沸いて来やがる。ウジ虫としか形容するしかないな? そんな夢があって演技の才能がある、お前らに質問だ。客がお前らズブの素人の演技を見に来る価値はなんだ?」
青井・春は当惑しつつも考えを巡らせる。
急に言われても。
やっぱり、見る人に僕らが一生懸命演じる芝居を見てほしいから……じゃ、ダメかな?
鬼高知はここに集まった合格者を選り好みして指した。
「言い方を変えてやろう。劇場に足を運んで金まで払って演技を見る価値はなんだ? 倉木リアナ。なんだと思う?」
「え? え~とぉ……そのぉ……」
「はい、お前はダメェー! 業界で干す!」
「ちょ、ちょっと!?」
「おい、五味秀一。答えろ」
「そこに生の演技、血の通った芝居があるからです」
「ゴミみたいな回答してんじゃねぇ! お前も干す!」
「ぁあ?」
「次は綺羅めくる」
「はい! 可愛い女優を見るためです」
「うるせぇ! このイキり処女が。お前は最初っから干されてる」
「チョ、チョ待てよ?」
「痴Jyo……芽上ゆんな。答えろ」
「お客さんに、とっても気持ちよくなってほしいです」
「くはぁ〜……お前はエローい!」
「ありがとうございます」
「次はお前だ。如月奏!」
「演劇も観劇という出会いから、見終わってからの別れという、一つの恋愛関係だと思います」
「お前はカワイイー!」
「どうも」
「榊・倉蔵。言ってみろ」
「一に営業、二に営業、三、四がなくて、五営業です!」
「お前は手遅れの社畜だ!」
「あイタタター!? こりゃ、一本取られました。ヨッ! 上司の鏡!!」
「仲概・勝矢。お前の考えは?」
「老後に歩む第二の人生です」
「お前は老が~い!」
「すみません、耳が遠くて聞こえません」
「どいつもこいつも、カスみたいな回答しやがって。フェニックス大。答えられるか?」
「大です! 金を払って見る価値は……」
「やっぱり、お前に興味無いからいいや」
「えぇ!?」
「青井・春。答えろ」
「はい!」
今の僕の率直な気持ちを伝えよう。
「僕達が一生懸命演じた芝居を見てもらう為です!」
「一生懸命か……いいな……いい答えだよ。若さからくる情熱が伝わって来たぜ」
や、やった!
やっぱり、心から気持ちを伝えれば、理解してもらえるんだ。
そう、思ったのもつかの間だった。
「と、ワイが言うとでも思ったのか? この一人よがりのオナニストがぁあー!! テメェみてえな童貞ヤロウは、この世界の片隅で、一生懸命シコってろぉぉおおーー!!!」
えぇ?