オーディション
ト書き。卒業式シーズンと共に咲いた桜は、都会の喧騒にうなだれるように散っていった。
それと裏腹に心機一転する時期には遅いが、ビルとビルの間に肩身狭そうに挟まれる雑居ビルの二階。
ここでは、多くの夢追い人達が集まり一つの勝負に打って出ていた。
パイプ椅子にふんぞりかえる小太りの中年男は、若い女性を部屋の中央に立たせ、話を始める。
「えー、劇団【希望の船】の座長を勤める鬼高知・雫流です。よろしくお願いします。お名前が――――――――倉木・リアー……ナルさん」
「倉木リアナです!」
「二十三歳でハーフの女優さん。珍しいですね。ハーフだから肌の色が少し黒っぽいんだね」
「よく言われます」
「芸能事務所に所属していて、エントリーシートを見ると頑張って活躍してるようですね……ん? NGとかあるんですか?」
「はい、私はホラージャンルはNGなんです」
「新人なのにNGとかあるんだ?」
「はい、事務所からもNGが出ていまして」
「その理由は?」
「見ての通り私は肌が他の人より黒いので、私がホラー作品に出ると、作品がコメディになってしまうと、事務所の判断でNGにしています」
「へぇー、これから売り出す新人に、NGとか言わせちゃう事務所なんだ」
「えぇ、まぁ……」
「新人のくせにNGとかあるんだ……」
「は、はい?」
「はい、もう結構でーす」
倉木理亜奈
その男は、座長の鬼高知の前に堂々たる出で立ちで立っていた。
「五味・秀一さん。エントリーシートを見ると前職はバーテンダーをされていたと?」
「アルバイトでやっていました」
「なるほど、付き合っちゃいけない男の3Bですねー。美容師、バンドマン、そしてバーテンダー。まぁ、舞台役者も付き合っちゃいけない男の内なので、4Bにしてほしいですけど」
「同感ですね」
「五味秀一? 聞いたことあるなぁー……もしかしてお父さんは……」
「父は五味・新太郎です」
「え!? あの大物俳優の?」
「比べられるので、あまり人には言いたくないのですが、そうです」
「僕、お父さんがアカデミー賞を受賞した映画、見に行きましたよ」
「ありがとうございます」
「あー、そうなんだー……へぇー」
鬼高知は態度を一変せ、鋭い眼差しで五味を見つめ言う。
「でもね、僕、君のお父さんが有名だからって取り入ろうとか、そんな考えないから。むしろ、僕は一番、そういうの嫌いだから。役者は舞台に立ったら新人も親の名前も関係ない、演劇のプロフェッショナルだから、君だけ特別に見るこたはないから覚悟しといてよ?」
「望むところです」
五味が不適な笑みを返すと鬼高知は豪快に笑いながら言葉を継いだ。
「ははは! ヤダな~、冗談ですよ。じょ・う・だ・ん。だから……お父様に僕のことを宜しくお願いしますね?」
五味秀一
その幼さが残る顔立ちは、愛くるしい笑顔で場の空気をかえる。
彼女はまさに完全無欠のアイドル。
「綺羅めくるさん。あぁ、アイドルやってた、あの……」
「はい」
「テレビで観てたよ。へぇー」
「ありがとうございます」
「まぁ、アレだよね。若い頃は可愛いだけで売っていって、歳とってきたら通用しなくなるから、演技みたいな目立つ仕事で承認欲求を満たしたいってヤツでしょ」
「え? いや、そんなことはありません……」
「それでは、この質問、セクハラと勘違いされがちだけど、スリーサイズを上からを教えて下さい。舞台で着る衣装の寸法に使うので」
「えーと、普通はエントリーシートに書いてあるから、聞かないと思うのですが?」
「お願いします」
「はい……上から――――」
鬼高知はメモを取った数字を見返して小さく呟く。
「チッ、イモ娘かよ」
「はい?」
「えー、エントリーシートには濡れ場がNGとありますがぁー。もしかして、君、処女?」
「あ、あの!」
「もう、結構でーす」
綺羅めくる
女神も恥じらう美しさを見せたのは、一人の少年。
爽やかな顔で自己紹介した。
「如月・奏、十八歳です」
「十八……シートを見ると、君、その歳で歌舞伎のホストやってたの?」
「この業界で食いつなぐのが難しいので、半年ほどしていました」
「ホストだけあって、君、可愛い顔してるね? 美形だしボーイズラブの漫画に出てきそうな雰囲気あるよ」
「よく言われます」
「でもウチの劇団はBLとかやるつもりないからなぁー」
「そうなんですね」
「ところで君、受けと責め、どっちが好き? オジサンは守備範囲に入っているかな?」
如月湊
その女優は、性なる女神の呼び名にふさわしい存在だった。
「経歴が、元セクシー女優さんとのことで、では簡単なシコPR……自己PRをお願いします」
「はい、芽上・ゆんなです。二十五歳です」
「僕ね。アダルトビデオを一切見ない人間なので、あなたがどんな仕事をしてきたかイメージが沸かないんですよ」
「他のお仕事ですとグラビアやモデルの……」
「いやいや、あなたが出演したアダルトビデオのタイトルを教えて下さい」
「え? タイトルですか?」
「あくまで参考です。あなたの演劇においての方向性を考える参考にしたいだけです」
「はい……代表作は『童貞くんをお漏らしさせたい』と『ハミチン沢直木、痴女にヤられたらヤリ返す、パイ返しだ』と『それ行け、スケルトンボックス号』です」
「あぁ、マジックミラーのヤツね……」
「え?」
「どんな内容か全く知りませんが、タイトルを聞いてイメージが沸いたから、なんとなく、こんな作品なんだろうなと思っただけです」
「は、はい」
「これサイトで検索したら『これが私のシコPR』を上げていないようですが?」
「それは私、単体では出演していないので」
「そうなんですね。こちらも参考までに、お気に入り登録しますので。あくまで参考に」
「は、はい……」
「へぇ~、五人で絡むんだぁ~。五人かぁ……」
男の目はギラギラしていた。
その気迫は不死鳥のように羽ばたいていたのだ。
一体、何が男を演技へ駆り立てたのか?
「フェニックス……大さん?」
「大です。大と書いて大と読みます。フェニックス大です」
「へぇ~、ウンコみたいな名前だね」
「え? いや……そうですか?」
「君はヒゲを凄い蓄えてるよね? 役作り?」
「そうなんです」
「なんか君、キモチ悪いな~!」
「は、ははは……すみません」
「二十八歳で役者歴長いけど、なんでウチの劇団来たの?」
「昔所属していた劇団の旗揚げ公演で、大赤字を出してしまい、その赤字がそのまま借金に……」
「はーい、興味無いからもういいでーす」
「え?」
フェニックス大
少年の目は爛漫と輝き、まだ知らぬ現実に夢を抱いていた。
「それじゃ、自己PRをお願いします」
「青井春、十九歳です! 宜しくお願いします!」
「エントリーシートには大学を中退してウチの劇団に来たらしいけど、これまでに演技の経験はあるかな?」
「ありません!」
「全く無いのにウチの劇団へ来た理由は?」
「大学は親に言われて入っただけなので、やりたいこともなかったのですが、たまたま見た演劇を見て、とても感動しました。それで自分も、いても立ってもいられず、演技をしたいと思うようになりました」
「初々しいねぇー。君は主人公タイプの人間だねー」
「ありがとうございます!」
「まぁ、すぐに業界で腐って消えていくタイプだろうけど……」
「はい?」
「これで面接は終わりです。お疲れ様でした」
ト書き。翌日、面接に来た全ての役者達に合格の連絡が入り、面接を行ったビルの二階へ合格者達は再度、集められた。
皆、動きやすい服装の指定を受けてジャージ姿でビルへ来る。
人が群がると自己紹介と雑談が始まり「面接は何を聞かれた?」や「合格して良かったね」など、浮き足立っていた。
すると、部屋の扉が勢いよく開き、面接を仕切っていた座長、鬼高知・雫流が肩を揺らしながら険しい表情で入って来た。
合格者の前に立つと、立ち尽くす彼ら彼女らを一通り睨み、第一声を放つ。
「よく集まったな――――このウジ虫ども!」