ホーム選びの手助けとギルド同盟締結
厩舎から出て街を歩き始めると、俺達の前を進む三人は王都の賑やかな様子に感心しながら周囲を見回している。
「早速どこをホームにするか決めましょう! 街の観光はそれからです!」
「ハインド先輩、渡り鳥のホームはどこですか?」
しかしそれも長くは続かず、鼻息を荒くして俺達のホームの場所を訊いてくる。
渡り鳥のホームは王宮から少し下った辺り――利用しているのが貴族の屋敷跡という都合上、高級住宅街の一等地に存在している。
ここワーハでは貴族街というものは存在しておらず、付近には豪商の屋敷なども身分の区別なく建っていたりする。
ラクダを買えないと言った彼女達の予算がどの程度かは分からない。
しかし近くが良いと言うのだから、一先ず俺達のホームに案内することに関して異存はない。
「ああ、今から案内するよ」
「付いてくるがいい!」
マーケットを抜け、比較的治安の良い一般市民の住宅地を抜けて、王宮へ続く緩やかな傾斜を登っていく。
用水路の流れに逆らうようにして進んでいくと……豪邸と呼んで差し支えない屋敷が見えてくる。
「ここが私達のホームだっ!」
「またまた、ご冗談を!」
「いくら先輩方が凄いプレイヤーだって言ってもこれは嘘でしょう?」
「……リコ、サイ。先輩達二人とも、嘘を言っている目をしてない。あと入口の上、ギルド渡り鳥ホームって表示されてるから……」
「「……」」
リコリスちゃんとサイネリアちゃんが硬直した。
「……なるほど、そのおっきな蛇を――」
「リコ、バジリスク」
「……バジリスクを退治した功績で、購入権を得たんですね? それも格安で」
この屋敷を購入した経緯をきちんと話すと、二人はようやく理解の色を示す。
現在の大多数のギルドホームは集合住宅タイプなので、一軒家タイプな上にこれでは面食らったのも仕方ないことだと思う。
「そういうこと。バジリスクの報酬も全て注ぎ込んだ上でギリギリだったから、普通に買う場合は数千万後半から下手すると億じゃないかな?」
「億……今のプレイヤーの平均的な所持金を考えると、かなり遠い数字ですねえ。考えるだけで眠くなってきました……」
「違いない。数百万Gの馬を買うのにも苦労しているプレイヤーが多いからな。私達は運が良かった」
今では先行到達者に対する特典のようなものだったと思っている。
あれ以降バジリスクが出現したという話は聞かないし。
「でも、それだとこの近くにホームを構えるのは難しいですかねー?」
「ユーミル先輩とハインド先輩に賭けて得たお金には手をつけずにおいたんですけど……」
「ああ、俺達に賭けてくれてたんだ? ありがとう」
「む? しかしお前達は先程、ラクダを買う金は無いと言っていなかったか?」
「ラクダに使うお金は無い、って意味ですよー。私達の全財産は全員で集めた20万Gを賭けた払戻金1000万G……先輩達のお誘いがなかったら、歩いてワーハまで来るつもりでしたので。もちろん、私は反対しましたけども」
歩いて……土日を丸々使えば到着したかもしれないけど、ちょっと無謀だ。
今は初心者以外ならどのプレイヤーでも、最低限ロバは保有している状態だし。
「1000万Gか……この一帯以外の、一般住宅街の物件なら大体買える額だと思うけど」
「折角なので、出来れば近くが良いんですけど……やっぱり無理でしょうか?」
シュンとした顔でこちらを見てくるリコリスちゃんに、俺はウッと胸が詰まった。
更にはユーミルが追い打ちをかけてくる。
「ハインド、何とかしてやれないのか?」
何とかって言われても……年下の前で見栄を張りたいのは分かるけど、それは無茶じゃないのか。
お金を融通してやるのはこの子達のためにならないだろうし、かといってここまで付き添ってきたのに放り出すのも無体だろう。
そしてそれ以前の疑問なのだが、何故俺に振ってくる?
「ハインド先輩……」
「先輩……先輩の困り顔、とっても好みです。むふふ」
どいつもこいつも……特に最後のシエスタちゃんは後で覚えてろ。
人の苦境を楽しむんじゃないよ。
「――ああもう、分かった分かった! ユーミル、そしたら俺は王宮に行ってくるから。三人に渡り鳥のギルドホームの中でも案内しておいてくれ!」
「王宮……? おお、その手があったか! 了解した!」
「王宮に行って何をするんです?」
首を傾げるリコリスちゃんに対して、俺はこう返した。
「使い道のなかった、闘技大会の余禄を使うのさ」
「……?」
丁度いい物件はいくつか心当たりがあるので、恐らく問題なく事は運ぶだろう。
四人を残すと、俺はとある権利を行使すべく王宮への道を登って行った。
約束通り、大会優勝への褒美をやるとしよう――そんな言葉を女王様が発したのは、俺達が再ログインした二日前のことだった。
気分が良いので何でも申してみよ、と言われたが俺とユーミルは何も思いつかずに保留とした。
女王様はその回答に酷くつまらなそうな顔をしたが、優勝直後ということで機嫌を損ねるには至らず。
なら後から何かあれば言うがよい、という意外にも寛大な御言葉を頂いた。
そんな訳で……
「王家所有の物件で、格安で譲っても良いっていう物件を幾つか紹介して貰ってきた」
ギルドホームの談話室で休んでいた彼女達に、王宮で交渉してきた結果を報告。
トビ、リィズ、セレーネさんは先程までここで一緒に話していたが、今は各自の作業に戻っているとのこと。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます! ハインド先輩、素敵です!」
「でも宜しいんですか? 優勝のご褒美を私達なんかのために……」
無邪気に喜ぶリコリスちゃんに対して、サイネリアちゃんは申し訳なさそうにしているが……。
俺達としてはそういう気遣いは不要だと思っている。
「だって……なあ、ユーミル?」
「うむ。私達は既に皇帝から賞金と立派な馬、更には自分たちに賭けた際の多額の当選金を受け取っているからな。色々と一気に得過ぎて、正直何を要求すればいいのか分からない状態なのだ。それとあの女王の性格上、な」
「何でも、と女王様は言うけど過剰な願いは絶対に機嫌を損ねるだろうし、ちょっと面倒だなぁと思っていたところなんだよ。これくらいの願いなら良い
三人は俺達の話に感心したように「はー」と口を開けて聞いている。
でも本当に面倒なんだよ、あの女王様。
下手な願い事をすれば、絶対に好感度がダダ下がりになるのは目に見えているし。
なので、バジリスクの時と同じような報酬を要求してみたら二つ返事でOKが出た。
ギルド内でも処理に困っていた案件だし、かといって放置は勿体ないのでこれはそれを使ってしまう良い機会だと思っている。
「でも、どうせそこまでしてくれるならタダで――」
「こら、シー! 失礼じゃない! 何てことを言うのよ!」
「駄目でしょ、シーちゃん! 今の条件でも破格だって、私ですら分かるよ!」
現金なシエスタちゃんに、俺とユーミルは思わず苦笑いだ。
タダは素晴らしいことだけど、ゲームなんだしそれだと達成感が足りない気がするのだが……どうだろう?
そんな訳で、リストを見ながら彼女達のギルドホームの候補を一軒ずつ回ることに。
「まずは俺達のホームから一番近いここ」
「……? ここって、渡り鳥のホームの一部じゃないんですか?」
「いや、建物の造りや外観が近いからそう見えるだろうけど、実は違う。ここは本来、使用人達が泊まるための別邸だったみたいだ。で、所有者が居なくなった時点で敷地も購入の権利も別に分かれているらしい。だから今は空き家」
「そうだったのか!? 知らなかった……」
「おい」
ユーミルはこの建物を何だと思っていたのか。
サイネリアちゃんが俺の言葉に成程と頷く。
「言われてみればあちらの本邸、で良いんでしょうか? よりも、大分こじんまりとしていますね」
「なるほどー。でも、ここにすれば渡り鳥とお揃いっぽい? 比べるとかなり小さいけど、単体で見ると充分でっかいし」
お揃い、という単語にリコリスちゃんの耳がぴょこっと反応したような気がした。
次いで目をキラキラと輝かせ始める。
あー、もしかしてこれは……。
「ここにしよう! サイちゃん、シーちゃん! 私、ここが良い!」
「え……? リコが良いんなら、私は構わないけど……」
「本当にここで良いのかい? 確かに必要な機能は揃ってるけど、ここよりも大きな屋敷とか、広い庭のある候補も……」
「ここが良い! です!」
「うむ、直感は大事だぞリコリス! こうと決めたら突っ走るのだ!」
「はい! ユーミルさん!」
この二人……はぁ、まあいいや。
リコリスちゃんの勢いに押され、どうやら他の物件を見ずにここに決まりそうな流れだ。
サイネリアちゃんは動揺しつつも賛成、そしてシエスタちゃんはというと。
「ここが一番近いんでしたよね、先輩?」
「うーん、徒歩三十秒以内なんてのはここのみだね。当たり前だけど」
「じゃあ私もここが良いです。あまり遠いと、遊びに行くときにだるくなっちゃうんで」
そんなこんなで一件目であっさりと決まってしまった。
購入費用は大幅値引きされて900万G。
そして彼女達のギルド名は三人の相談の末、渡り鳥にあやかって『ヒナ鳥』に決定。
そのネーミングはちょっと自分達を下げ過ぎではないか? と思ったが、本人達がご満悦だったので結局何も言えず。
こうして『渡り鳥』と新設ギルド『ヒナ鳥』は、姉妹ギルドとして同盟を締結させたのだった。