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準決勝第二試合 阿吽の呼吸

 準決勝の対戦相手であるリヒトは、背筋をピンと伸ばした直立不動の姿勢で俺達の前に立っていた。

 アイドル張りの甘いマスクで、その口は真一文字に引き締められ、掲示板での評判とは違った印象を受ける。

 髪は男にしてはやや長く、しかも青という現実なら浮くこと必至の色なのだが、これがまた似合っている。

 それにしても先程から全く動かないな……この人、もしかして……。


「いつまで緊張してるのよ! このっ!」

「「!?」」


 突如隣の勝ち気そうな少女、ローゼがリヒトの尻を思い切り蹴飛ばした。


「イッタイ!? 何で蹴るの、ローゼ!?」

「うるさい! あんたがそうやってしっかりしないから、傍に居るアタシ達まで馬鹿にされるんじゃない!」

「え、そうなの?」

「そうなのっ! 気付け鈍感!」


 俺達を、というか周囲の状況を無視して行われるやり取りにこちらは困惑しきりである。

 男の方の緊張を解すための行いなのだろうが、表面上は喧嘩しているように見えてその実、いちゃついているだけにしか見えないのは何故なのか。

 完全に自分達の世界を作っちゃってんな……もしかして、このイライラ感が周囲の男達に嫌われている原因なのでは?


「なあ、ハインド。何故だか、私は合図を待たずに今直ぐに斬り付けてやりたい気持ちで一杯なのだが?」

「奇遇だな、俺もだ。だが、もう少しだけ我慢しようか? それで失格になったら目も当てられないからな」


 ギャーギャーと騒ぐ二人を、白けた顔で俺達は見守った。

 常に熱気のある目をしている皇帝陛下ですら、糸目になって時間が早く過ぎるのを只々待ってしまっている。

 どうすんだよ、この会場の冷え切った空気……いや、客席に居る女の子達はそれでもリヒトを応援しているけれども。

 ようやくそれが収まると、リヒトが気まずそうに視線をこちらに向けた。


「――あ、終わった? こっちはもうとっくに準備出来てるんで」

「す、すまない、待たせてしまったみたいで……皇帝陛下、もう大丈夫です」


 彼自身はこのように、真面目そうで特に悪い点は目に付かないんだけどな。

 皇帝陛下は大儀そうに頷くと、場の空気を整えるためかゴホンと大きな咳払いを一つ。


『では、準決勝第二試合リヒト・ローゼ対ユーミル・ハインド……始めよっ!』




 俺達が両前衛を相手にする場合、大事なのは互いに離れすぎないことだ。

 ユーミルの運動神経が良いとはいえ、一試合を通じて二人の敵を止め続けることは不可能だ。

 頭に血が昇ってユーミルだけを狙ってくれる相手も居るには居るが、準決勝まで来てそれは望めないだろう。


「せぇあ!」


 ユーミルがロングソードで薙ぎ払って牽制。

 俺はその真後ろでMPチャージ。

 相手はどちらも小型の盾持ち、加えて剣の長さもそれほどでもないので、ユーミルには武器のリーチを活かして立ち回ってもらう。


「ひえっ!? 同じ騎士とは思えない威圧感なんだけどっ!」

「ローゼ、右っ!」

「でええええいっ!」

「――!」


 大きく踏み込みつつ抉り込むように、ユーミルが荒っぽい突きをローゼに向かって繰り出した。

 小型の盾では衝撃を殺し切れず、ダメージを受けながらローゼが尻餅をつく。

 そのフォローに入るリヒトに対して、その勢いのままユーミルが猛攻を掛ける。


 おお、凄いな……ユーミルの動きは一戦ごとに、目に見えてどんどん研ぎ澄まされていく。

 これなら暫くの間、こちらに攻撃が来ることはないだろう。

 今の内にMPに余裕を持たせておきたい。


「リヒトっ!」

「ぬっ! このっ!」


 立ち上がったローゼがレイピアでユーミルに反撃を仕掛ける。

 一足に懐に入られてしまい、ユーミルはロングソードの利点を活かせない。

 加えてローゼの攻撃は非常にスピードがあり、先程まで押していたユーミルのリズムが崩れ始める。

 そして態勢を立て直したリヒトがローゼと一緒に挟撃に入ろうとする。

 俺はMPチャージの手を一度止め、タイミングを見極めながら前へ。


「ユーミル、一旦離脱だ!」


 そのままリヒトの剣を杖で受け止めた。

 剣を全力で弾き、その間にユーミルと共に距離を――


「と見せかけて、食らえぇっ!」

「よっしゃ、やっちまえっ!」


 取る素振りを見せた直後、反転してリヒトに一撃。

 その剣は俺達の言葉に気を抜いていたリヒトに直撃するかと思われたが……


「汚いわよ、あんた達!」

「「ちぃっ!」」


 すんでのところでローゼがガード、それを見た俺達は今度こそ距離を取った。

 純粋そうなリヒトは騙せても、彼女の方は駄目だったか。


「ゴメン、ローゼ! 助かった!」

「べ、別にアタシは……」


 リヒトの礼の言葉にゴニョゴニョしながら、ローゼは顔を真っ赤にしている。

 こんな心底どうでもいい場面でラブコメらないで欲しいんですがねぇ……。

 俺とユーミルは顔を見合わせると、同質の意地の悪い笑顔を浮かべた。


「べ、別にアタシは、アンタの為に防御してあげたわけじゃないんだからねっ!」

「勘違いしないでよねっ!」


 それを聞いたローゼは、今度は違う意味で顔を真っ赤にした。

 主に怒りで。


「何それっ!? アタシそんなこと言ってないでしょ!」

「「あなたの気持ちを代弁してあげただけですが何かぁ?」」

「――ッッ! こいつら、むかつくぅぅぅ!」

「ろ、ローゼ! ローゼ! 落ち着いて! むこうの思う壺だって!」


 地団駄を踏むローゼを落ち着かせているリヒトをよそに、俺は回復魔法でしれっとユーミルのHPを全回復させた。

 そのままバフまで使ってしまおうと詠唱を続けていると……


「あ、リヒトっ! こいつ魔法を使ってる! 攻撃攻撃、早く!」

「何だってっ! 行こう、ローゼ!」


 ばれた。が、そのまま『アタックアップ』だけはユーミルに発動、再び四人が接近しての混戦となる。

 俺は妨害が難しい詠唱の短い魔法だけを使用しつつ、ユーミルが危ない攻撃だけ手を出してカットする。

 この試合に関しては中衛に近い動き。


 ――それにしても、この二人は強い。

 二人とも盾を持っていることから防御が堅く、連携こそミツヨシさんに話した通り甘いものの、どちらも反応が良いので致命的な隙は今のところ見せていない。

 どっちも学生だろうけど、運動部かな……身のこなしがとても軽やかだ。


 そのままどちらも大ダメージを負うことなく、戦いは進んでいく。

 アルベルトの試合とは真逆の、ジリジリとした耐久戦。俺達にとっては慣れた展開である。

 長い長い攻防が続くが、徐々に――


「本体の方は全く攻撃してこないのに、どうしてアタシ達が押し負けるのっ!?」

「あんなに密着してるのに、一度もぶつからないなんて……互いの動きを、見なくても把握しているみたいだ。ローゼ、残念だけど向こうの連携は俺達よりも――」

「そんなの認めない! 認めないわよっ! だってあんなに二人で練習したじゃない! 手を止めないで、リヒト! まだ試合は終わっていないわ!」


 俺達が押し始める。

 回復は『ヒーリング』だけなので中盤以降はこちらのHPも少しずつ減り続けているが、あちらの方がずっと消耗が激しい。


 だが二人で剣を取って並んで戦う姿は、トビではないが少し羨ましくもある。

 今も目の前でやっている、交互に飛び出してきて剣技を放つなどという動きは、前衛後衛では絶対に実現出来ないことだ。


「――お前はどう思う? ユーミル」

「むっ? 何がだ、ハインド? ――はっ! でぁっ!」

「ゲーム開始当初にお前が思い描いていた絵は、あっちの戦闘スタイルの方が近いと――よっと! ……思うんだが!」

「そんなもの――ぬんっ! 愚問だな! 確かにお前との合体剣技も捨て難いが――せあっ! ……今の私達の戦い方が、一番最高で最強だ! 誰が何と言おうとな!」


 嬉しいことを言ってくれる。

 そのまま状況は大きく変わらず……HPが残り僅かとなったリヒトとローゼに、徐々に焦りの色が見え始めた。

 こうなった場合に相手が取る選択肢は一つ。


「……ローゼ、もう後が無い! アレをやるよ!」

「……分かった! あんたを信じてるからね、リヒト!」


 すなわち、大技を使っての逆転狙いだ。

 この二人はバランス型……ということは、一番攻撃力の高いスキルはアレか。

 二人のMPが大きく減り、持っている剣から眩い光が溢れる。


 『ジャッジメントソード』というこのスキルは、物魔混合の大ダメージを与える光属性の魔法剣の一種だ。

 持続型だが、効果は短時間。そういう意味ではワルターが使用した『発勁・破』に近い技である。

 対人戦では重戦士に特に有効だが、今のユーミルのHPなら直撃すればまず間違いなく戦闘不能になるだろう。


「面白い! 受けて立つぞ!」


 対して我が前衛様は、両手を広げてこの宣言だ。

 恐らくユーミルも『バーストエッジ』をどちらかに使うつもりだと思われる。


 ……今のユーミルの集中力なら、二対一でも何とかしそうか?

 俺は保険に『リヴァイブ』を詠唱しておくか迷った末に……『クイック』の詠唱を選択。

 ユーミルのオーラは今にもはち切れんばかりに、バチバチと激しく空気を震わせている。

 ここはこいつを信じて、詰めの一手を。

 この程度を捌けないようじゃ、どの道次に進んだところでアルベルトの兄貴には勝てない。


「行くぞっ、ローゼ!」

「ええ! これで決めるわっ!」

「はははっ! 二人纏めてかかってこいっ!」


 研ぎ澄まされていくユーミルの感覚が、その背中から俺にも伝わってくるかのようだった。

 逃げ場なく挟撃してくる二つの剣の、踏み込んだ先にある僅かな綻び――そこにユーミルが力強く踏み込み、長剣が翻る。

 盾をすり抜けて胴に剣が食い込み――魔力が爆発。

 ローゼが激しく壁に叩きつけられた直後、リヒトの剣が迫る。

 輝く剣はユーミルの頬を掠め、それだけでもHPバーが激しく点滅して大きな減りを見せるが……カウンターの剣がリヒトを完全に捉えた。

 俺の側はローゼを吹き飛ばした直後に『クイック』を、そしてたった今『エントラスト』をユーミルに向けて発動。

 再度魔力が爆発――同じ軌道をなぞるようにして飛んだリヒトの体は、ローゼに折り重なるようにして動かなくなる。

 一連の攻防に静まり返っていた会場に、大歓声が沸き起こった。

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