準決勝第一試合
『――そこまでっ! 終始優勢・劣勢が目まぐるしく入れ替わる、実に面白き試合であった! 勝者、ユーミル・ハインド!』
会場から大歓声が浴びせられた。
終了と共に戦闘不能から復帰したワルターがよろよろと立ち上がり、こちらへ戻ってくる。
そしてユーミルは――
「私達の勝ちだな」
「くっ……」
膝を着いたままのヘルシャに向かって勝ち誇ってみせる。
ワルターが慌ててヘルシャを助け起こそうと駆け寄るが、俺は腕を出してそれを止めた。
「師匠……?」
「まあ、ここは大人しく見てろって」
悔しそうに歯噛みするヘルシャに向かって、ユーミルが手を差し出す。
呆気に取られた様子でそれを見詰めるヘルシャ。
その反射的に出してしまったらしき手を強引に掴むと、ユーミルはそのまま力を込めて立ち上がらせる。
「……だが、最後のは良い魔法だった。私はお前が使ったああいう派手な魔法、好きだぞ」
「……!」
唐突な言葉に、戸惑った様子ながらもヘルシャは満更でもなさそうだ。
慌てて居住まいを正すと、胸を張ってそれに答える。
「と、当然です!
「フン、言ってくれる。ほら、さっさと観客に応えてやらないか! お前達に拍手を送っているぞ」
俺達への歓声が収まった後は、ユーミルがヘルシャを助け起こすのを見て観客が健闘を称える拍手を送っている。
それにヘルシャが堂々と、ワルターが遠慮がちに手を上げて応えた。
その最中、スススッとワルターがこちらに寄って話し掛けてくる。
「し、師匠……! 師匠の言った通りに、何とかなりましたね! ただ、その、何と言ったらいいか……」
「アレだろ? まるで河原で殴り合った後の男達を見ているみたいな。お前、中々やるじゃないか……お前こそ……みたいな。見てるこっちが
「そうそう、それです! 何故だかそういうお約束にそっくりなやり取りでした! どちらも女性なのに!」
「……うん。まあどっちも喧嘩っ早いけど、さっぱりした性格をしているからな。どんな形になるにせよ、後は引かないと思っていたのさ」
なるほど……と呟いて、ワルターが俺の横に並んだまま歩き出す。
そのままユーミル、ヘルシャに続いて俺達も舞台を後にした。
終わったら跡を濁さずに速やかに去るのが、闘技場のルールである。
「ということは、つまりお二人とも性格が男らしいということですか?」
「おいおい、あの二人の前ではそれ絶対に言うなよ。殴られるぞ。あと、どっちかって言うと男らしいじゃなくて、漢らしいの方が正解だと思う」
「え? どう違うんですか?」
「後者の方がより精神性を表している……気がする」
見た目はしっかり美少女しているからな、二人とも。
いや、見た目って意味ではこの場に美少女は三人居るか……事実は別として。
だからワルター、お前がそういう疑問を口にすると性別の概念が何から何まで怪しくなるからやめてほしい。
男らしさって何だ? という、答えの出ない迷路に入ってしまいそうになるから。
次の準決勝が始まるまでには休憩時間がある。
プレイヤーによっては一度ログアウトしたりしているが、席を取られる恐れがあるので大多数はそのまま留まっているように見受けられる。
俺達の場合は席が別なのでその心配は無いが、全員が雑談をしながらログアウトせずに揃っていた。
「あ、お二人とも。まずは準決勝進出、おめでとうでござる」
「「おめでとうございまーす!」」
席に戻るなりトビとリコリスちゃん、サイネリアちゃんが祝福の言葉を掛けてくれた。
やや照れくさい気分になりながらも「ありがとう」と言ってユーミルとそれぞれの席に座る。
「随分とゆっくり戻ってきたようでござるが、
「先にヘルシャとワルターを席まで送ってきた。それで、二人と一緒に座ってたのは全員があいつらのギルド員だったんだけど」
「うむ。中々に異様なギルドだったぞ!」
軽い挨拶をしてきたのだが、俺達がヘルシャとワルターを下したことで恨んでいるようなプレイヤーは居なかったので悪い人達ではないのだろう。
ただ、ユーミルが言う通りおかしいことは確かで。
「異様……それはどんなだい? まさか構成員が全員執事服・メイド服とか?」
「いや、そこまでではないんですけど」
ミツヨシさんの推測は当たらずとも遠からず。
びっちり十人で席を埋め尽くしていた彼等は、ヘルシャが戻ってきた瞬間立ち上がり――
「「「お疲れ様でした、お嬢様!!」」」
と声を揃えて頭を下げつつ、労いの挨拶をしてきたのである。
後ろの席に座るプレイヤー達が少し居心地悪そうにしていたのが印象的だった。
「あれはギルドの仲間というよりも、もはや部下だな?」
「そうだなあ。並列じゃなくて、完全に上下関係だったよな」
「……ハインドさん。それって、嫌々やらされているわけでは――」
「無いな。その全員が心酔しきっている感じが、またちょっと怖いんだよ」
「ええと……お嬢様と、しもべ達……?」
シエスタちゃんがボソッと発した一言は本質を突いていると思う。
そう、あれは「お嬢様」の為の組織だ。
しもべ達が支える、ヘルシャを中心に回っているギルド。
それがあの『シリウス』ということになるのだろう。
「とまあ中々に強烈なギルドだったけど、次の試合はそのままあっちの席で俺達を応援してくれるってさ」
「けれどアイツ、事もあろうに帰りがけにハインドを自分のギルドに引き抜こうとしてきたぞ? リィズ、後であっちに向かって塩を撒いておくのだ、塩を!」
「……つまりまた敵ですか。ユーミルさんの言う通りにするのは癪ですが、良いでしょう。後でたっぷりと塩を撒いておきます。何なら、目の前に行って直接投げつけて来てやりますよ」
「じょ、冗談だよね……? まさか本当にはやらないよね?」
セレーネさんが心配しているが、恐らく大丈夫だろう、
TBの塩は割合高価で貴重品だし、ギルド内で持っているのは俺だけだ。
ユーミルは所持金0のはずだし、リィズもそんなことのためにわざわざ買いに行ったりはしないだろう。
そんな他愛ない話をしながら時間を潰していると、再び場内の騒めきが大きくなってくる。
予定時間が近付き、出場者と皇帝陛下が舞台の上に登場すると歓声が更に大きくなった。
「お、出た出たアルベルト。彼のせいでインターバルが予定よりも長くなっているとは思わないか? 運営泣かせだねえ、本当」
「まあ、兄貴だけ極端に試合時間が短いでござるからなぁ。さすがに準決勝でござるし、今回は多少苦戦するでござろう」
しかしそんなトビの予想は裏切られ、準決勝でも準々決勝と同じ様な光景が繰り広げられた。
もう観客も慣れてきたようで、期待通りの展開にむしろ大盛り上がりだ。
ヒポポタマス・ファルケコンビも、残念ながらアルベルトを止められなかった。
『むう……この試合の内容に関しては、敢えて何も語るまい。勝者、傭兵アルベルト・フィリア! ……続けて、準決勝第二試合を執り行う! 四名の出場者、舞台へ!』
「はっやいなぁ……もう出番かよ。ユーミル、行こう」
「ゆっくりしている時間もないな。やれやれ……」
ヘルシャとワルターの席に行ってから戻ってきたので、インターバルが長くても俺達はあまり休憩出来なかったが……準決勝のために、再び舞台へと向かった。