弱点攻めと切り札と
試合開始直後、MPチャージを行おうとしたところで鋭い風切り音と同時に鞭が襲ってくる。
幸いにも近くの足元を叩いただけでダメージは無かったが、思ったよりもずっと射程が長い。
更には、全く軌道が見えないのが問題で……これを見切るのはまず不可能と思った方がいいだろう。
魔導士程度の物理攻撃力ならダメージソースとしては弱いだろうから、こちらの詠唱・MPチャージの妨害メインで使う腹積もりと予想される。
「ユーミル!」
「応! 行くぞっ!」
今回はこちらから積極的に仕掛ける。
ユーミルに今回伝えた指示は、極々シンプルで大雑把な方針だ。
すなわち――
「くっ、狙いは
「フハハハハ! 尻尾を巻いて逃げ回るがいい!」
ただひたすらにがむしゃらに、ヘルシャに張り付くこと。
開幕からのユーミルの猛攻に会場が沸いた。
こちらとの距離が開いて互いに孤立する形になり、ワルターが俺を狙ってきた場合は非情に危険だ。
しかし、俺にはある確信があった。
「お嬢様っ!」
「! この馬鹿ワルター! ハインドにMPを渡さないようにとあれほど――きゃっ!」
「余所見とは余裕だなぁ!? そらそらぁっ! その目障りなドリルを切り刻んでやる!」
「む、無理ですよぉ! 攻撃されているお嬢様を放っておくなんて! 加勢しますっ!」
ワルターはこちらには来ない、絶対に。
師匠と呼ばれるようになった後は特にワルターとは頻繁に連絡を取り合っているが、ヘルシャの家の執事教育は本物だ。
相談してくる悩みの内容からして、現代社会にあるまじき苛烈さである。
故に体に染みついているのだ――何を置いても主を守るという習性が。
ゲームだろうと、素直なワルターがその辺を上手く割り切れるとは思えない。
俺はそれを利用し、悠々とMPをチャージ出来るというわけだ。
少し汚い手のような気もするが、ワルターの性質を考慮に入れた戦術をヘルシャが組み立てられない場合、このまま俺達が勝利することになるだろう。
MPが溜まったところで、俺はバフと回復をどんどんユーミルに向かって飛ばしていく。
ヘルシャは上手く逃げているしワルターの防御も堅いが、それでもユーミルは既にヘルシャのHPを五割まで減らすことに成功している。
――押し切れるか?
「くっ、このままでは! 仕方ありません……ワルター、プランB!」
「――! はいっ、お嬢様!」
「おおっ!? 何だ何だ!?」
ワルターが防戦主体から攻めへ転じる。
ユーミルの剣をくぐり抜けて懐へ。
更に握った両拳が光を放ち――
「いかん! 離脱だユーミルっ!」
「え?」
「はあぁぁぁぁっ!」
ワルターは武闘家の中でも『気功型』に属している。
「でねぶっ!?」
『発勁・破』、五秒という短時間ながら相手の防御力を無視した攻撃を放つことが出来る大技である。
裸同然の状態で打撃のラッシュを受けたユーミルが、為す術も無く戦闘不能になって舞台上を転がった。
これでは折角のセレーネさんの鎧も形無しである。そして、この状況は非常に良くない。
完全に油断していた……! 存在は知っていたが、ワルターはグループトーナメントでは一度もこのスキルを使用しなかった。
『レイジングフレイム』さえ警戒すれば事故は無いと思っていたのに、これだけ上手く切り返されるとは……。
――まずい、二人がこちらに向かってくる!
ワルターのスキルを警戒していなかったせいで、まだ『リヴァイブ』は完成していない!
「決勝の為の隠し玉でしたのよ! 光栄に思いなさい、ハインド!」
「師匠、お覚悟を!」
『リヴァイブ』発動まであと八秒……!
俺は少しでも距離を取る為に舞台の端へ。
ワルターが俊足を見せつけるように一気に距離を詰めてくる。
くそっ、身体能力高いな! 残り五秒!
慌てるな、俺は回避だけは得意なはず。
限界まで引き付けて……コンパクトな蹴りを放つワルターの脇をすり抜けるように前転。
少しでもかすってダメージ判定が出た時点で詠唱は止まるが――よし、あと三秒! 当たってない!
「ワルター! 早く詠唱を止めなさい!」
「は、はいっ!」
二人の焦った声と共に、三つの攻撃が同時に俺に向けて飛んでくる。
ワルターの体勢不十分の拳撃、ヘルシャの放った『ファイアーボール』と直後の鞭が一斉にこちらへ。
あと一秒、間に合え!
「だああっ! ――あちっ!?」
「かすった……!? やりましたわ! これで貴方もお終いですわね、ハインド!」
最も躱しやすいと見た『ファイアーボール』の方に向かって走るが、三つ発射された内の最後の球が腕をかすめてしまった。
勝利を確信し、ワルターを自分の前に立たせ大魔法の詠唱を始めるヘルシャ。
だが、俺は落ち着いて杖を構え直すとヘルシャとワルターに向かって笑みを浮かべた。
「――誰がお終いだって?」
「「!?」」
直後、雷光がワルターを一瞬でさらっていく。
横合いから稲妻の様なオーラと共に、ユーミルが鋭い突進で目の前を駆け抜けていった。
どうやら『ファイアーボール』の目の前で発動したことで、『リヴァイブ』のエフェクトは二人に見逃して貰えたようだ。
結果的に奇襲となったユーミルの鋭い一撃を、ワルターは躱せずに横合いからまともに受けた。
ユーミルの雄叫びが舞台上に轟く。
「終わるのは貴様らの方だあぁぁぁぁっ!」
「お、お嬢様ぁぁぁっ!!」
「ワルター!」
気合の乗ったユーミルの『バーストエッジ』によって、ワルターの小さな体が錐揉みしながら吹き飛んだ。
そのままグシャッ、というまともに受け身を取れていないのが間違いない音と共に落下すると、四肢を力無く投げだした。
これで戦闘不能になったのは間違いない。
それを見届けてから視線をヘルシャに戻すと、驚くことにまだ戦意の籠った目でこちらを見返してくる。
ワルターが吹き飛んでも詠唱を切らさなかったのか、掲げた手の上では既に巨大な火球が形成されていた。
「まだです! まだ決着はついていませんわ!」
「ぬおおおおっ!? ハインド、あれ皇帝の火球よりもデカくないかぁぁっ!?」
「言ってる場合か! 避けろ!」
これは魔導士のスキル『コンセントレーション』を併用しているな……!
HPを削って魔法を強化する技で、ヘルシャがここまでに行ったMPチャージの時間からして『マナコンバージョン』も使用しているだろうから、恐らく今の彼女はギリギリのHPになっているはずだ。
文字通り命を削って放つ、最後の一撃。
これで二人纏めての撃破を狙っているようだが、むしろこれを凌げば俺達の勝ちだ!
「どうううううらぁっ!」
「のおおおおっ!?」
俺はユーミルの傍に一直線に駆け寄ると、攻撃後で態勢を崩しているユーミルを力の限り遠くへぶん投げた。
鎧の重さで腰が砕けそうになる……が、どうにか充分に距離を離すことに成功。
そしてそのまま、自分から巨大な火球に向かって走っていく。
「ぬあーっ!!」
「ハインドォォォォッ!」
皇帝戦でも使った、神官の魔法耐性を活かした魔法専門の盾。
避けられないなら、せめて被害を最小限に……!
それに、最悪俺が戦闘不能になってもユーミルが残れば勝ちは揺るがない。
自分から向かって行ったのは、少しでも爆風の範囲をユーミルから遠ざけるためだ。
そして火が収まった時に、残った俺のHPは……
「1!? 1残ったぁ!? 生きてる!」
「おおっ、なんという強運! 私はこのゲームで初めて見たぞ、1残り!」
「嘘……ですわよね? 私の渾身の一撃が……二人纏めてどころか、貴方達のどちらも倒せないなんて……」
ヘルシャはその光景に呆然と膝を落とし、遂には降参を宣言した。