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鍛冶場での出会い

 鍛冶場の受付NPCに300Gを払い、俺は早速、鍛冶を始めようと――する前に、周囲のプレイヤーの様子を観察することにした。

 材料が少ないからな……あまり失敗したくない。

 生産については出来立ての攻略サイトから、情報を少しだけ拾ってくることができた。

 曰く、VRの特徴を活かして鉄のどの部分を叩いたか、どれくらいの強さで叩いたか、叩いた際の温度はどうかまで判別できるので、完全に現実での器用・不器用の差が出るのだとか。

 ゲームらしく省略されている部分はあるが、つまりは……現実の鍛冶に近い体験と結果が待っているということに。

 この辺りは賛否両論だ。

 折角のゲームなのだからスキルでポンと出来た方が良いという意見と、VRなのだからこれでいい、そういうのはVR以外のゲームに求めれば良いという意見の二つがある。

 TBは後者で、スキルによる補助が無いタイプである。

 では、不器用な場合はどうなるかというと――


「ひぃっ、何ですのこれはっ!? あつっ、熱い! ほんのりだけど、やっぱり熱いわ!」

「お、お、落ち着いて下さいお嬢様!」


 ……何だあれは!?

 縦ロール! 金髪縦ロールじゃないか! あんなの初めて見た!

 しかもしっかりドレス着た上で、男装執事までセットとは恐れ入る……。

 何だろう? ロールプレイか何かか?

 まだ二日目だっていうのに二人共、服装がバッチリと決まってやがる。

 しかし、縦ロールの方が真っ赤になった鉄の塊を持ってアタフタしているので、周囲は非常にデンジャラスな状態だ。


「お嬢様! 一度、手をお放しに――」

「あ! か、髪に火が! ああああ、体力ライフが削れてるわライフが! 何とかしてぇ!」

「ひぃぃぃぃ! 水、誰か水をぉぉ!」


 ――あっと、縦ロールに引火した。

 火傷状態でHPがじわじわ減っていく……リアルだなー。

 髪が燃えているわりには、見た目の上では全く焦げて行かないが。

 仕方ないので、俺はバレないようにこっそりと、状態異常を回復する『リカバー』の魔法を縦ロールに向けて飛ばした。

 どうせMPは歩いているだけで回復するしな……無駄使いってほどでもない。

 さてと、こういうのは放っておくとして。

 まずは手本になってくれそうなプレイヤーを見つけないと。


「あ、あら? 火が消えたわ……」

「どうしてでしょう……あっ、お嬢様! 魔法のエフェクトが残っていますよ!」


 やべっ!

 慌てて移動を開始しようとするが、お嬢様と呼ばれている方が俺を碧い瞳でロックオンしてくる。

 どうすっかな……。

 こういう人種は見ている分には楽しいが、余り関わりたくはねえなぁ……。


「あなた!」

「はい……」


 案の定、キツイ口調で何かを言おうとしてくる。

 プライドが高い人間なら「余計な事をするな!」とかが定番の台詞だが……。


「れ、礼を言うわ……あのままだと、無駄に回復アイテムを使わなければなりませんでしたもの……」


 意外と素直な礼の言葉に、俺は目を丸くした。

 見た目で人を判断するもんじゃないな……ちょっと反省した。


「気にしないでくれ。偶々居合わせただけだし、見て見ぬふりをするのが気持ち悪かっただけだから」

「そ、そう……どんな理由であれ、恩人には礼を尽くすのが我が家のしきたりなの。あなた、フレンドコードを教えなさい! この礼は、百倍にしてそのうち返して差し上げるわ!」

「ええ……別にいいよ……」

「お・し・え・な・さい!!」


 前言撤回。

 見た目通りに、強引な性格をしている……。

 仕方なく、俺はコードを交換してフレンド登録することにした。

 プレイヤーネームは『ヘルシャフト』……なんとも、らしい名前をしてらっしゃる。

 確かヘルシャフトはドイツ語で支配者という意味だったと思う。

 ちょっと中二病が入っている気がするな、服装も含めて。


「名前が少し長いし、ヘルシャって略してもいいか?」

「構わなくってよ、ハインド」

「うぃ。そっちの執事さんも、ついでにフレンド登録どうだ? 無理にとは言わないけど」


 もう毒を食らわば皿まで、という奴だ。

 俺は気弱そうな執事服の方にも声を掛けた。

 彼女はショートの前髪を弄って、おどおどもじもじとしていたが……。


「早くなさいワルター! おどおどしない、背筋を伸ばす!」

「は、はぃぃ! すみませんお嬢様! ――お、お願いします!」


 ヘルシャにせっつかれて、結局は俺とフレンド登録を完了した。

 なんだかな……。


「では、わたくし達はこれで失礼するわ。次に呼び出すときは、受けた恩をお返しすることをお約束しますわ! 行くわよ、ワルター!」

「あ、あれ? お嬢様、鍛冶はもう宜しいのですか?」

「黙らっしゃい! 人には向き不向きがあるのよ!」

「は、はい! 申し訳ありません、お嬢様!」

「あー、ちょっと待った。見た所、二人とも回復魔法がある職業クラスじゃないんだよな?」

「? え、ええ。それが何か?」

「んじゃ、これはサービス」


 俺はヘルシャに向けて回復魔法である『ヒーリング』を飛ばした。

 やけどで減ったダメージが、魔法を受けて全快になる。

 MPと違って、HPは歩いているだけでは回復しない。

 満腹度の実装が予告されてはいたが、現段階では回復職以外は薬草・ポーションの類が手放せないだろう。

 序盤は誰でもカツカツだろうし、節約するに越したことはない。

 という考えで回復しておいたのだが――ヘルシャが固まってしまった。

 おーい! どうした? ……駄目だ、目の前で手を振っても反応が無い。

 今ので百倍返しの礼とやらの計算が狂って、思考がショートしちゃったのか……? サービスだって言ったのに。


「まあいいや。俺はこれで行くから。ワルターも、またな」

「は、はい! お、お疲れ様です、ハインドさん!」


 ……何だか変な二人だったなあ。

 そんな訳で、俺のフレンドリストに新たに名前が二つ追加されることとなった。




 さて、周囲の観察に戻ろう。

 鍛冶は当然ながらやったことがないので、最初は上手い人に直接教わるか、見てやり方を盗むかしかないんだよな。

 しかし、みんな自分の作業に集中しているな……話し掛けたとしても、無視される可能性の方が高いだろう。

 うーむ……あ、あそこの人。

 凄く淡々と鉄を打っているけど、他と比べて無駄な動きが一切ない。

 悪いけれど、あの人の後ろの方から少しやり方を見せて貰おう。

 作業場もまだ多数のプレイヤーで混み合っているし。


 俺が目を付けたのはボサボサ髪の眼鏡を掛けた女性で、既に沢山の武器を完成させて傍らに立て掛けている。

 生産専門の職人か? 余り見ない形の武器が多いな……。

 そのまま暫く鍛冶の流れを見ていたのだが、都合よくその人の隣の作業場が空いたので移動を開始。

 一通りの流れは確認できたので、取り敢えずはやってみることにしよう。

 インベントリから鉄を取り出し、既に温まっている炉に投げ込もうと――おっ!? あれは!


「ショーテル――じゃなくて、クノペシュだと!? 随分と珍しい武器を作るなあ……昔は色んなゲームをやったけど、これは初めて見た気がする」

「!?」


 ……ん? お隣さんと目が合って――しまった! 

 感動のあまり、声に出ていたか!?

 集中して作業している様子だったから、邪魔をする気はなかったのに。

 今日は何だか、注意力が落ちているかもしれない。

 気を付けなければ……。

 お隣さんは暫くの間、動揺したように作業の手を止めていたが……意を決した様に、俺に対して疑問の声を投げ掛けてきた。


「……そ、その……クノペシュを、知っているんですか……?」

「えー、あー……はい。エジプトの武器ですよね? ショーテルよりも刀身に幅があって、湾曲の仕方も違いますから。相手の武器や盾を奪う為の構造だったと記憶しています」

「じゃっ、じゃあ! ……こ、これは……?」


 眼鏡の奥の目が期待に輝いている……。

 次に彼女が俺に取り出して見せたのは、片刃の曲剣。

 俺がさわれないギリギリの距離で見せてくるのは、れると武器の情報をメニューに表示することが出来るからだろう。

 それは一見、カトラスにそっくりな形をしているが……。


「ええと、刀身が長いんでハンガリアンサーベルですかね?」

「! こ、こっちは!?」

「これは分かり易い。フンガ・ムンガでしょ? もしくはピンガ。日本だと、アフリカ投げナイフとか呼ばれている奴ですよね。こういうのは、TBでの武器の分類は何になるんですか?」


 いいよね、マイナー武器。

 ユーミルもこういうのを挙げてくれれば、話が広がったものを……。

 フンガ・ムンガは卍に近い変わった形をしたナイフで、そのまま斬る事も可能だが、投げるとブーメランのように回転しながら飛んで行き、相手を攻撃する。

 前の二つは剣の分類だとして、フンガ・ムンガはシステム的には何になるんだ?

 ナイフか? それとも投擲とうてき武器?


「……ど」

「ど?」

「同志!」


 眼鏡の女性が、興奮気味にがっしりと手を握ってくる。

 うわ、どうしよう。

 自分の迂闊うかつな行動のせいとはいえ、また変な人に捕まってしまったかもしれん……。

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