初戦開始
周囲にも続々とプレイヤーが増えだしている。
身動きが取れなくなる前に、俺達は気になっていたことを実行した。
それは……
「駄目だ、ハインド! 見えない壁があって外に出られない!」
「やっぱりかぁ……帝都を見たかったら自力で来いってことだな」
転移を利用しての帝都観光だ。
試しに闘技場の出入り口に行ってみたのだが、エリアボスを倒していない時と同じ見えない壁が張ってある。
他のプレイヤーも考えることは同じようで、近くで身軽そうな女の子が出入口を避けて壁を乗り越えようとしていた。
無事に登り切ったようだが、手を伸ばした先でバンバンとやはり何かにぶつかっている。
目が合うと苦笑して手を振ってきたので、俺も似たような反応を返す。
「残念だね。帝都のお城とか街並みとか、見てみたかったのに。ここからじゃほとんど見えないものね」
「低レベルのプレイヤーに帝都に残留されたりすると、進行不能になってしまいますしね。仕方ないかと」
「そのためのエリア制度だもんな……リィズの言う通り、考えてみれば当然の結果なんだが」
「それでもやらずには居られないのは人の性だ! ステージの裏側に入ってみたいじゃないか!」
3Dのゲームだと、グラフィックをすり抜けた先は何もない空間だったり、ひたすら落下したりするけどな。
それをやる意味自体は特に無い。
オンラインゲームでそういうものを見つけた場合は、運営に問い合わせるのがマナーだろうし。
だが、登れそうで登れない段差にひたすら挑み続けて気が付いたら小一時間……などという経験は、分かる人なら分かってくれると思う。
「まあ、なんだ……折角早く到着したことだし、今の内に良い席を確保しておこうか」
「おっ、まだ最前列が空いているではないか! 急げ!」
駆け出していくユーミルを追って、俺達も前列の席へ急いだ。
席に座って少し経つと、あっという間に闘技場は満員となった。
やはり後から動画で見られるといっても、臨場感を味わいたいという観客は多いようだ。
「こうしてプレイヤーが沢山居るのを見ると、今更ながらにTBが人気ゲームだったことを思い出すな」
「砂漠だと、そんな実感を全く得られなかったからね……」
席順は俺の左にユーミル、右にリィズ、その更に右にセレーネさんが座っている。
場所は最前列な上に戦う舞台にかなり近いが、決闘中はバリアが張られるのでこちらに被害が及ぶことはないだろう。
安心して観戦することができるな。
「私達の試合はどの順番だ?」
「このトーナメント表通りに進むとしたら、一番最後だな。暫くはのんびり座ってて大丈夫なはずだ」
「あ、メニューにトーナメント表が載っているんですか。へえ……」
俺の動きを見てリィズもメニュー画面を開く。
他の会場のトーナメント表も見ることができるようだ。
アルベルトの兄貴を筆頭に、タートルイベで見た名前もちらほら……。
「! ハインドさん、ハインドさん!」
「どした? リィズ」
「一回戦を見て下さい!」
「一回戦? ……あ」
どうして見落としていたのだろうか?
グループH、一回戦にはトビの名前がしっかりと記載されていた。
選手の呼び出しが始まり、見覚えのある姿が舞台の上に現れた。
黒ずくめの男――トビが引き連れているのは、弓を持った30がらみに見える成人男性である。
中々にワイルドな風貌で、総髪に和風の甲冑を身に着けて和弓を携えている。
弓術士か……プレイヤーネームはミツヨシ。
相手は重戦士と武闘家の男性二人、両前衛によるストロングスタイルの模様。
「何だあいつ、やけに格好つけて黙っているではないか」
「いや、あれ緊張しているんじゃないか?」
「まあ静かにしていれば目元は涼しげですし、細身ですから格好はつきますけどね。喋り出したら全部無駄になるのに……」
「この前話した、見えない方がミステリアスで魅力が増す理論だね」
女性からそれなりの歓声が飛んでいるからな。
と、そこまで淡々と開始地点に向かっていたトビが急にこちらを向いて指を差した。
「聞こえているでござるよお主等! 余りに言いたい放題だと、拙者泣くでござるよ!?」
「なんだ、俺達に気付いていたのか」
「先刻承知! そもそもギルド員とフレンドは、マップに表示されるでござろうが!」
「はははっ、いいじゃねえのトビ君! おかげで固さが取れたんだから、お友達に感謝しなよ!」
「ミツヨシ殿ぉ!」
騒がしい闘技場の中でも、最前列だと意外に声が届くもんだな。
そんなことを考えていたら、機械音声によるコールと共に視界の中に大きくこう表示された。
タンスの角(グラド帝国)&小指のささくれ(グラド帝国)vsトビ(サーラ王国)&ミツヨシ(マール共和国)と。
出身国、というか所属国がバッチリと表示されている。
やっぱり代理戦争じゃないか……国外に居たはずのトビを見るに、判定は所属ギルドの所在地か。
所属していない場合は転移の出発地点になるんだろうな、恐らく。
名前が消えるとREADY、の文字が表示されて舞台上の四人が一斉に武器を構える。
「実況のようなものは無いのか。残念だな!」
「確かに演出的に寂しいな。明日からの試合にはあるって可能性も……」
「ですね。会場も一本化されるわけですし」
「――あ、始まったよ!」
開始直後、速攻を掛ける重戦士と武闘家。
その時、目を疑うような光景が展開された。
トビの姿がブレたかと思うと、二つに別れてミツヨシさんに向かう武闘家をその片方が遮った。
「分身した!?」
「回避型軽戦士のスキルだな。使い手は少ないが、俺達だって前に一度だけ見ただろう?」
「初手で発動したってことは、HP消費型のスキルなんだね」
セレーネさんの言うHP消費型スキルだが、魔導士が持つHPをMPに変換する『マナコンバージョン』が最も有名だろうか。
『分身の術』で削れる割合は俺の記憶が確かなら最大HPの四割だったはずなので、回復不可な組み合わせであるこの二人の初手の行動としてはかなりリスキーだと言える。
「しかし、あれはどちらが本体か分からないほどにコントロールが上手いぞ! 当たれば一撃で消えるとはいえ、無視もできん!」
分身体は、自分が動きながら操作を続けなければならないそうで非常に扱いが難しい。
しかしトビは本体も分身体も、どちらも被弾せずに相手の前衛を抑え込んでいる。
動きもキレがあり、常に動いていて的を絞りづらい。
確かにユーミルの言うように、これではどちらが本物なのか……。
ちなみに分身体による相手への攻撃は有効なのだが、HPは1に設定されているので何かが当たれば消えるという仕様だ。
「トビ君、すごい……! これは相手、迂闊に後衛に仕掛けられないかも」
「上手く戦況を
風切り音を伴い、強弓による矢が飛来する。
それはトビの背中を貫き、一瞬誤射かと思われたが――そちらが分身体だったらしく、霧散した体を突き抜けて唖然としている武闘家に命中。
そのままヒットストップを利用しつつ、更に狙いを正確にした矢が次々と刺さって武闘家を穴だらけにしていく。
かなり速いな、あの弓術士の攻撃……! 次矢の装填が異常にスムーズだ。
有利を取れると見るや、高コストである分身体をあっさりと切り捨てるその判断力も脅威に感じる。
それを見て焦った重戦士がフォローに駆けつけようとするが、逃さずにトビが追撃。
綺麗にヒットストップ耐性を潰す為の小打撃を入れてからの足払いを決めると、鎧の重量が邪魔になって起き上がり難い重戦士を抑えつけてタコ殴りにしていく。
目まぐるしい展開に、闘技場内に大きな歓声が巻き起こった。
そこから先は何も語る必要はないだろう。
グループHの第一試合は、軽戦士と弓術士による完封という波乱の幕開けとなった。