闘技場へのいざない
トーナメント開催まであと五分を切った。
俺達は王都ワーハにある広場で、闘技場が開場するのを待っている。
本戦は八つのブロックに分けられ、ブロックごとの勝者がそのままベスト8に進出するという形になっている。
一つのブロックには32組が参加、合計で五回勝利すれば晴れて俺達も明日の戦いに参加可能だ。
仮にプレイヤーに欠員が出た場合は、NPCが穴埋めするそうだ。
よって不戦勝は無しだが、これは次戦の相手と情報量で差をつけない為の処置で、NPCの強さはそれなりだと運営によって明言されている。
片側だけ不戦勝だと、次戦の作戦や対策を立てる上で映像が残らず非常に不利になってしまう……ということだそうだ。
戦いは直接会場で観戦も可能だが、トーナメントの試合は後からどのプレイヤーでも再生することができる。
そういうわけで、NPCがトーナメントの上まで来るということはないと思われる。
それでも、どういったNPCが参戦するのかは正直に気になるところ。
砂漠からは出ないことが女王によって明言されているので、残りの国の誰かということになる。
リィズが暇そうに帽子の位置を直しながら、大会概要を振り返ってボーっとしていた俺に話し掛けてくる。
「そういえば、ハインドさん達はどのグループなのですか?」
「ええと、グループHだな。最終組」
セレーネさんリィズの二人は、ありがたいことに直接応援しに会場まで来てくれるとのことだ。
移動は各街の魔導士が開く『ゲート』で行う。
そこから希望するグループごとの各闘技場へとワープすることができるわけだ。
観客も同様だが人数制限があり、優勝最有力候補である傭兵アルベルト・フィリアのコンビが振り分けられた会場は短時間で満員になると予想されている。
今も目の前に居る帝国の魔導士は、開場を待つ多数のプレイヤーに囲まれてもじっと動かずにそこに佇んでいる。
「こうして見ると砂漠のプレイヤーも随分と増えましたね、セッちゃん……セッちゃん?」
「無理だよリィズ。セレーネさん、さっきから目立たないように一言も喋ってねえもん」
ついでに俺を盾にするようにした上で、縮こまって周囲のプレイヤーの視線から逃れるように隠れている。
彼女がこんな状態になったのは原因があり……
「おお、本当に居た! 勇者ちゃんだ、本物だ!」
「私の偽物なんて居るのか? 逆に会ってみたいのだが」
「試合は必ず応援に行くぜ! 砂漠の代表として頑張れ!」
「うむ、ありがとう! 頑張る!」
「握手して下さい!」
「ん、別に構わんぞ」
「――ありがとうございます! ああ、サーラに来て良かったぁ!」
一番先に魔導士の前に並んじゃったせいで、一緒に居るユーミルが目立ちまくっているんだよな……さすがは専用スレまで建っている有名人と言うべきか。
以前まで砂漠にはプレイヤーが少なかったので、予選と同じ様な感覚でここに来てしまったのがそもそもの間違いだった。
気が付けば、俺達の後ろには開場を待つ多数のプレイヤー達が並んでいるという状態に。
少し早く到着してしまったのも良くなかった。
しかもユーミルが普通に周りの声に受け答えするもんだから、余計にそれが過熱している。
こいつの場合は聞こえてくる声の男女比が半々くらいなのが凄い。
人気があっても、普通はどっちかに偏りそうなものだと思うのだが。
「砂漠に集った同志たちよ、私達は必ず勝つ! 期待して待っているがいい!」
「「「オオー!」」」
台詞に合わせてオーラまで出しちゃって、ノリノリだな。
その演説モドキの甲斐あってか、周囲は更に大盛り上がりだが。
それでもユーミルのオマケでしかない俺は当然のようにスルーされているし、特に周囲に顔を知られていないセレーネさんも堂々としていた方が良いと思うんだけど。
俺にしがみついているからか、却って目立ってしまっている。
一度ここから離れて並び直そうにも、人の壁が厚くて今となってはそれも難しい。
もう少しだけ我慢してもらうしかないか……。
「リィズちゃん!」
「リィズちゃん、こっち向いてー!」
「……」
一方のリィズは、向けられる野太い声の大半を無視。
余りにしつこく煩いプレイヤーにだけはゴミを見るような目を向けているが、それによって何故か弛んだ顔をして満足そうに去っていく連中が多数。理解不能だ。
「――」
と、魔導士が何の前触れもなく呪文を唱え始めた。
メニューを開いて確認すると、時刻は開催時間ちょうどを指している。
周囲は騒いでいて気付いていないが、魔導士の真横の空間に穴が出現して徐々に大きさが広がっていく。
予選で使った物とはまた異質な魔法の様だ。
魔導士が詠唱を完了しても、安定して闇が口を広げてそこに固定されている。
ユーミルと共に騒いでいたプレイヤー達もそれに気付くと、今度は別の意味でざわつき始めた。
「……汝が進む道はいずこや?」
魔導士が何か話しだしたかと思ったら、急に哲学的な質問を投げ掛けられた。
最前列に居るこちらの方を見ての発言なので、訊かれているのは俺で間違いなさそうだ。
ううむ……こう答えればいいのか?
「グループHの会場に」
「承知した」
あ、それでいいんだ……分かりづらいから普通に訊いて欲しい。
魔導士が手を掲げると闇のゲートの色が若干だが変化し、中に入るように促される。
まだ他のプレイヤーに構って背を向けているユーミルに一声かけて、俺はリィズとセレーネさんと共にゲートへと近付いた。
「先に行くぞ、ユーミル」
「――ん? おお、いつの間にそんなものが! 待て、私も一緒に行く! 置いて行くな!」
「あ、ちょ、押すなって! あああああ!」
「え? え?」
ユーミルの突進にバランスを崩した俺は、しがみついたままだったセレーネさんを巻き込みながらゲートの中へ倒れ込んだ。
多数のプレイヤー達の改善要望が届いたのか、予選の物と違ってワープは一瞬の出来事だった。
例の、移動に伴う独特の気持ち悪さは無くなっている。
場所を移して再構成された体が、冷たく硬い石床の上に投げ出された。
転ぶのは防げなかったが、どうにかセレーネさんを庇いつつ落下。
現実で未祐にのしかかられた時とは違い、防具が効力を発揮して背中を衝撃から守り切る。
良かった……またあの時のように呼吸困難にならなくて。
HPは減ったが、そんなことは些細な問題だ。
セレーネさんをどかして起き上がろうとすると、視線の先で光が発生し――
「ぐえっ!」
「あぶなっ!?」
続いて中からユーミルが落下してきたので、慌ててセレーネさんを抱えて飛び退いた。
鎧の重さが加わってか、派手な音を立てつつ周囲に土埃が舞う。
「うう……なぜ受け止めてくれない、ハインドォ……酷いじゃないか……」
「無茶を言うな! 前にも言ったが、鎧の重さを自覚しろ!」
受け止めたら腰が砕けるって。
どうせダメージだって微塵も入っていないんだから、その必要性だって無いじゃないか。
そもそも、誰のせいでこんな状態で転移したと思っていやがるんだ?
「あ、あの、ハインド君……そろそろ、その……うぅ……」
「ん? ああっ、すみません!」
遠慮がちな声に我に返ると、柔らかな体を思い切り抱きしめる形になってしまっていたことに気付く。
俺が慌てて体を離すと息が苦しかったのか、セレーネさんの顔は耳まで真っ赤だった。
「何をしているんですか……全く」
俺達と違って静かに着地したリィズの視線が痛い。
誤魔化すように周囲を見回すと、そこはコロッセオに良く似たすり鉢状の大規模な闘技場の中だった。