ギルド「渡り鳥」と新イベント
石で出来た堅い床を、コツコツと音を鳴らしながら進んで行く。
無駄に太い柱を手でペシペシと叩きながら、前日までの出来事を思い返す。
王宮から程近くにある、血統が途絶えて久しい貴族の屋敷跡。
俺達はここにギルドホームを構えることにした。
そもそもギルドホームには二つの種類があり、トビが言っていた中身が異空間となっている「集合住宅タイプ」のものが一つ。
そしてもう一つが、俺達が買った高額で初期設備が整っている「一軒家タイプ」のものだ。
一軒家タイプは見た目通りの広さだが、設備レベルMAXの状態に最初から対応した広さになっている……そうだ。
この物件を見た時のメンバーの反応はこんな感じだった。
「デカくて見栄えが良いな! 私はここが気に入ったぞ!」
「集合住宅と違って実体を伴った広さなら、改造して忍者屋敷に……むふふ」
「あの、私、一軒家ならなんでも……集合タイプで他のギルドの人と会うのは、その……」
派手好きなユーミルと弄り甲斐のある広さを求めるトビ、それと人見知りのセレーネさんの意見を考慮し……。
結果、クエスト報酬の大金を惜しみなく注ぎ込んでこの屋敷を買うことに決めた。
今はまだ王都ワーハに他のプレイヤーが来る気配はないが、集合住宅タイプはいずれ誰かしら購入するだろうから避けることに。
リィズもこの決定に特に反対しなかった。
ギルド名も元「砂漠のフクロウ」ヤイードさんによる資金の後押しでホームが完成したことから、鳥繋がりということで「渡り鳥」に決定。
そこでようやく正式に、ギルド発足ということに相成ったわけだ。
ギルドマスターの選定にも色々あったが……
「ハインドだろう?」
「ハインド殿に一票」
「ハインドさんで」
「ハインド君で良いと思う」
と、恐らくパーティでの戦闘時に指揮をしていた流れでこうなったのだろう。
しかし、俺としてはギルマスなどやりたくないし向いていないと思うわけで。
「言っちゃなんだが俺がギルマスだとつまんないことになるぞ。安定した方針の上に全く冒険しない――とかそんな感じで。積極性のあるユーミルかトビの方が良いと思うんだが」
「忍者が表立った組織のトップとか、
「だとよ、ユーミル。頼めるか?」
「……フン、ギルマスか。悪くない響きだ。やってやろうじゃないか!」
という訳で、満更でもなさそうなユーミルがギルドマスターに。
昨日はこうしたギルド設立とホーム選定に時間が掛かり、少し夜更かしをしてしまった。
なので、今夜はアップデート内容の確認程度の軽いプレイで解散になると思われる。
そんな状況で俺がログインした直後から、鉄を叩く軽快な音がホーム内に響くのが聞こえている。
長い廊下を進むと、ギルドホームの工房へと足を踏み入れた。
ちょうどセレーネさんが手を止めたところだったので、俺は近付いて声を掛けた。
あれはショートソードかな……?
セレーネさんにしては売れ線で普通の武器をチョイスしている。
「どうです? 新しい木炭高炉の使い心地は」
「あ、ハインド君。もうすっごく快適だよ! 特にこの水車フイゴが最高で」
「それは何より。これで俺も、息を切らしながらフイゴを踏む必要が無くなったわけですか」
「ふふ。村でやってた時から苦手だったもんね」
この貴族屋敷購入の決め手になったのが、贅沢にも敷地内に水量の豊富な川が流れていることだったりする。
この川……というよりは用水路と呼ぶべきだろうか。
これは生活用水として街中を通って住宅街まで緩やかに流れているのだが、この場所はその中でも上流に位置している。
水車自体は街で作ってくれるという業者が居たので、委託してフイゴに動力が行くように――と、細かいところまで思い出す必要はないか。
ともかく、首尾よく水車を設置することが出来たわけだ。
鍛冶の他には製粉などにも使えるようにもう一台設置してある。
水車本体に加えて設置の工賃と費用はそれなりに掛かったが……それはそれとして。
「どうです? 現在の武器の売れ行きは」
「タートル武器も局所的にはこの一週間で攻撃力が不足してきたらしくて、上位層だけは買い替えが始まっている様子だよ。ただ、一番多い中間層はまだタートル系で充分みたいで……」
「あまり良くないと。むう……次のイベントの詳細がそろそろ発表なんで、それ次第では風向きが変わる可能性もありますが。あ、手伝いますよ」
「ありがとう。次はPvPのイベントなんだよね?」
「そうなんですけど、詳細がまだなんですよね。また例によって、ゲーム内で告知を行うんでしょうけど」
続けて炉を使う様子はないので、片付けを手伝いながら話す。
魔王ちゃんが連続で登場ってことはないと思うのだが……となると、誰がPvP大会の開催者になるんだろうな?
そもそもPvPと言っても個人戦なのか、はたまたグループ戦なのかすらまだ分かっていないのがなんとも。
プレイヤーもTB世界のあちこちに散ってしまっているし、どうやって一箇所に集める気なんだろう……?
疑問は尽きない。
「――ぉぉい、ハインド! ハインド、何処だ!? セッちゃーん!!」
「あれ、この声……ユーミルさん?」
「本当だ。マップを見ればここに居るって分かるだろうに……」
工房のドアを開けて顔を出すと、走って通り過ぎそうになるユーミルが慌ててブレーキを掛けた。
何をそんなに焦って――
「来たぞ、イベントの詳細! 街に立札が設置された!」
「立札……?」
「とにかく一緒に来い! セッちゃんも!」
「う、うん……分かった」
片付けもそこそこに、俺達はギルドホームから街へと繰り出した。
ユーミルに連れられてマーケットの中央通りに行くと、そこにはNPCによる人だかりが出来ていた。
セレーネさんに服の裾を掴まれながらそれを掻き分けて進むと、立札を守るように立つ兵士達の中に見覚えのある姿が。
「あれ、もしかして国境砦に居た眼帯の兵士じゃないか? どうして帝国兵がこんなとこに」
「立札の内容を見れば分かるぞ。まずは読むのだ。話はそれからだ」
「うう、人が多い……」
眼帯の兵もちらりとこちらを見たが、黙して立っているのみだ。
職務中ですと言わんばかり……これは話し掛けても無視されそうだな。
ええと、立札には何て書いてあるんだ?
告
一、グラド帝国首都「オルドル」にて、来訪者・現地民問わず武の極みを目指す大会を開くものとする
一、但し皇帝グラド・アルディ・サージェスは、個の力による凡庸な戦いを望まない。よって、二人一組での参加を必須とする
一、大会期間中の移動は各街に配備する帝国の魔導士が行うものとする
一、大陸全土を巻き込んでの大会となるが、出身・所属国・身分全て問わないものとする
一、優勝者には賞金百万Gに加え、名馬「グラドターク」を与えるものである
一、大会中、皇室公認の賭博以外は厳しく取り締まるものとする
立札――じゃなく高札だな、これは。
要約すると、帝国で二人一組による武術の大会が開かれると。
二人一組……最初だし、個人戦だと思ったんだけどなぁ。とんだ変化球だよ。
そして更に意外だったのが、大会にはNPCも参加してくると。
ジョーカー的に強いNPCでも居るんだろうか? この点に関しては少し楽しみではある。
高札の最後には皇帝のみならず、各国の代表者らしき名が全て連名で記載されていた。
つまり他の国も大会を公認しており……これって、もしかして実質的には国同士の代理戦争にあたる大会なのでは……?