大蛇・バジリスク
「と、取り敢えず散開っ!」
俺がそう叫んだ直後、バジリスクの目が怪しく光り――。
レーザービームのようなエフェクトを発する石化攻撃が放たれた。
どうにか俺達は離脱に成功したが、逃げ遅れたラクダの一頭が……
「せ、拙者のラクダぁぁぁ!」
石化してしまった。
俺は戻って四方に逃げそうになる残りのラクダを慌てて回収すると、トビが乗っていたラクダに『リカバー』を発動した。
何が起きたのか分からないという、とぼけた顔で常態に復帰したラクダの手綱も掴む。
「ラクダを避難させてくる! 少しの間、戦闘は任せた!」
「分かりました、ハインドさん!」
俺はありったけの補助魔法をパーティメンバーにかけると、手綱を引っ張って岩陰にラクダを連れて行く。
リィズが『スロウ』の魔法を使うのを横目に、充分な距離を取ってラクダを待機させた。
ここなら大丈……ん?
「――ぉぉぉぉぉぉおおおおおぎょっ!?」
「ひぃっ! な、なん――ゆ、ユーミル……!?」
唐突に空からユーミルが飛んできたかと思えば、落下ダメージが入って目の前で絶命した。
続けて聞こえてきた轟音に視線をやると、バジリスクが怒り狂って尾を滅茶苦茶に振り回している。
デバフはリィズがたっぷり乗せてくれたようだが、それでも圧倒的な力を残している模様。
俺はユーミルに『リヴァイブ』を発動、起き上がったところに『ヒール』とポーションを使用してHPを回復させた。
ユーミルはむくりと起き上がると、状況を把握するように周囲をキョロキョロと見回した。
「――ぎょ? ぎょぎょぎょ?」
「あ? お? 言語がおかしくなってんぞ! なに言ってんのかさっぱり分からん!?」
「ぎょぎょー! ――げほっ、げほっ、ん゛ん゛! ハインド、あいつニョロニョロしてて結局剣が当たらないぃぃぃ! 益々イライラするぅぅぅ!」
「あー、はいはい。とどめはなるべくお前に回すようにするから、冷静にな。ほら、一緒に戦線復帰するぞ」
「うぅー!」
イライラして突っ込み過ぎて自滅したんだろうなぁ、きっと。
現に、トビは上手く躱しながら確実にダメージを与えている。
しかし前衛が一人になったせいか直後に被弾、『空蝉の術』が身代わりになって割れる。
WTが開けていたのかトビが即時『空蝉の術』を貼り直したので、俺は『クイック』を唱えてトビを援護する。
これでまた空蝉が割れても直ぐに貼り直せるはずだ。
「――おっ!? WTが……ハインド殿、戻られたか!」
「待たせた。戦況はどうなってる?」
「デバフは全て使用済みです。毒液と尾による攻撃が広範囲ですが、大振りの攻撃なので問題ありません」
「了解。セレーネさん、目は狙えそうですか?」
「スロウ状態でも動きが速くて不規則だから、ちょっと難しいよ。頭の位置も高過ぎるし、トビ君の影縫いも効かないみたい」
「よし、なら確実に行きましょう。無理に頭を狙わず、少しずつHPを削るぞ!」
「承知!」
モンスターの弱点の多くは頭部だ。
噛みつき攻撃でもしてくれれば狙いやすくなるだろうが、バジリスクは頑なに直立気味の姿勢を崩さない。
毒液も視線による石化も遠距離攻撃なので、頭を低くする必要もないということか――と、思考を巡らせたそばから石化攻撃がきた!
「ユーミル、そっちに行ったぞ!」
「応! お前が喰らえぇぇいっ!」
ユーミルはインベントリから素早く鏡を取り出すと、綺麗に石化レーザーを反射させた。
さすがの運動神経だが、角度が悪かったのかバジリスクの体を掠めるのみに終わる。
それでも石化したことで動きは鈍り、一斉攻撃のチャンスが訪れたかに思えたが――
「な、何だ!?」
バジリスクがブルブルと全身を震わせた次の瞬間――ずるり、と。
石化した体表ごと、皮が丸ごと後方に置き去りにされた。
更には回復表示が出て、半分まで減らしたバジリスクの体力は満タンに。
「それはズルい! ずるいでござるよ!」
「くそっ、もう一回削るぞ! 一度限りの特殊行動の可能性もある!」
次の脱皮はないと考え、再度HPを半分以下まで削る。
しかし……
「シャアアアアッ!!」
「! ハインド君、また!」
「駄目か……!」
HPが半分を切ったところで、再度バジリスクが脱皮を使用。
この徒労感……。念の為にそれを二度繰り返したが、結果は同じだった。
どうやら、HPが半分になると必ず脱皮を使用するらしい。
リィズも埒が明かないという様子で、俺に駆け寄って声を掛けてくる。
「どうします、ハインドさん……?」
「こうなるとやることは一つ。HPを半分手前ギリギリまで削って、回復完了までに弱点部位に一斉攻撃。それで倒し切れなかったら、迷わず撤退だ」
「でも、弱点は頭なのでしょう? どうやって動きを止めますか?」
「最初の脱皮の時、石化した部分が邪魔をして二度目三度目よりも脱皮に掛かる時間が長かった。上手く鏡で反射させて、ヤツを固めるしか方法はないな」
「何を二人でくっちゃべっている! 危ないぞっ!」
「「!!」」
ユーミルが鏡を掲げながら俺達の前に駆け込み、間一髪石化攻撃を反射させる。
跳ね返したレーザーはバジリスクから大きく逸れ、砂漠の砂を一瞬で岩へと変えた。
この辺の地形に岩が多いのは、こういう訳か……。
「くそう、角度が難しい! 思ったよりも曲がる!」
「悪い、ユーミル! 助かった! でも、もう少しだけ時間を稼いでくれ!」
「――む! 何か作戦があるのだな?」
「ああ。任せろ!」
「よし、なら行ってくる!」
ユーミルが砂を蹴り飛ばして駆けていく。
なびく銀髪が激しいオーラと共に砂塵の中へ突っ込んでいったのを見届けて、俺はリィズと作戦の詳細を詰める。
あまりのんびりしている時間はない。
「――という形にする。どうだ、やれそうか?」
「はい、軌道は既に読めています。HPの調整も、問題ありません」
「うん、お前がこの作戦の鍵だ。頼んだぞ」
「お任せを」
そのままリィズと共に戦闘に戻ると、俺は声を張った。
全員に聞こえる声量で作戦を叫ぶ。
「いいか、そのまま聞いてくれ! スキルのWTに気を付けながら、HPを六割程度まで削る! 調整その他はリィズがやるから、その状態にしたら俺達は後退! 大事な場面で大技を撃てないなんてことにならないように、注意しろよ!」
「分かった!」
「タイミングを図っての一斉攻撃でござるか。それもまた良し!」
「HPを削り切れるように、頑張るね!」
OK、意図は伝わった。
そこからは通常攻撃を主体に、ジリジリとした慎重な攻防が続く。
回復魔法はフル回転だが、俺もこまめに立ち止まってMPだけは満タン近くをキープしておく。
状況によってはこのMP量によって、打てる詰めの手が変わってくるからな。
「ハインド君、もうすぐだよ!」
「よし、全員攻撃中止! 次いで回復アイテムを使いつつ後退! リィズ!」
「はい!」
全員がそれぞれ回復アイテム等を使い、攻撃を止める。
一時的にヘイトが分散するが、リィズのみが攻撃を継続してバジリスクから狙われ易くする。
これで、暫くは見ていることしか出来ないが……。
ダークネスボールを撃ってバジリスクの体力を大きく減らした後は、ファイアーボールを撃っての細かな調整。
冷静に尾の攻撃を躱し、リィズが小さく笑みを浮かべた。
「おお、凄いでござるよ! リィズ殿!」
「五割を……ギリギリで割っていないだと……?」
「完璧なダメージ管理……。まさか乱数の幅まで把握しているっていうの……!?」
「後は石化攻撃が来るのを待つだけだが……頼むぞ、リィズ……」
五割の僅か手前までHPを削ったところで、リィズが逃げの態勢に入る。
しかし、中々狙いの石化攻撃がバジリスクから飛んでこない。
毒液を躱し、飛び上がってのしかかってくる巨体から逃げ、徐々にリィズの息が上がってくる。
歯痒い……見ているだけしか出来ないとは……!
「あっ!」
「!? リィズ、危ない!」
直後、砂に足を取られて転んだリィズの元へバジリスクの尾が迫る。
俺は反射的に飛び出し、体重の軽いリィズの体を思い切り後ろに引っ張った。
「――がっ!?」
衝撃。
まともに大蛇の一撃を喰らい、俺は砂漠の上を為す術も無くもんどり打って転がっていった。
瀕死級のダメージによって視界が真っ赤に染まる。
途切れそうになる意識を繋ぎ止めてHPを確認すると、どうやら即死は免れたらしかった。
赤く染まる視界のままよろりと立ち上がると、鏡を掲げて俺を庇う様に立つリィズの背が見え――。
「大気と砂塵による影響を考慮すれば……ここですっ!」
バジリスクの目が光り、こちらを狙って石化攻撃が放たれる。
リィズの手元で反射したそれは、一直線にバジリスクの体へと吸い込まれていく。
そのまま鏡の角度をずらし、リィズがバジリスクの全身を撫でるように光線を浴びせた。
「!!??」
尾から頭へと順に石化していったバジリスクは、パキパキと乾いた音を立てながら砂の上へと崩れ落ちた。
それを見届けずに、リィズがこちらを向いてポーションをこれでもかと俺にふりかけてくる。
あ、いや、使い過ぎ使い過ぎ!
初級ポーションと中級ポーションを二度も交互に使ったため、既にHPは全快になっている。
「リィズ……リィズ! もう大丈夫だから! ほら、まだ戦闘は終わってないから!」
「……はい。あの腐れ爬虫類、絶対に許しません。八つ裂きにして焼き殺して豚の餌にしてやります」
「死体は残んないと思うけどなぁ……ともかく、俺達も行くぞ!」
既に他の三人は倒れたバジリスクの頭の近くに集まって待機している。
急がなければ、石化が解けて脱皮が始まってしまう。
戻るなり、全員が俺に対して呆れの混ざった心配そうな顔を向けてきた。
「ハインド、あまり無茶をするな。死ななかったからいいものの」
「すまん。で、やはり石化中はダメージが入らないか?」
「通常攻撃では0ダメだったでござるよ。恐らくスキルを使っても同じでござろう」
「全身石化しても消えないってことは、やっぱり倒したことにはなってないね……直ぐに脱皮が始まると思う」
「なら、頭だけ脱皮した瞬間に全火力を以って攻撃だ。脱皮は頭からだし、回復は尾まで皮が抜けた瞬間だ。それが終わるまでに倒す!」
武器を構える。
俺はメンバー全員に攻撃系の補助魔法を掛け直し、MPをチャージ。
……まだバジリスクに動きは見られない。
砂漠の熱が、俺達の背をじりじりと焦がす。緊張で汗が止まらない。
誰かがごくりと喉を鳴らした直後……パリパリと石化した表面が剥がれ落ち、生身の頭部が露出した。
ギョロリと動いた目がこちらを向き――
「今だっ! 全員、撃てる限りの攻撃を! 行けええええ!」
「おおおおおおっ!」
「せええええいっ!」
誰かがスキルを放つ度に、衝撃で砂があちこちに舞う。
矢が唸りを上げ、剣が翻り、刀が切り刻み、魔法が肉を抉った。
「これで……終わりだぁぁぁ!」
ユーミルが『捨て身』の掛かった状態で新スキル『バーストエッジ』を放つ。
残存MPが全て消費され、バジリスクのHPを一撃で二割近く持っていく。
攻撃型らしい、後の無い必殺の一撃。
だが――
「馬鹿なっ!?」
スキルの衝撃による砂煙が収まっても、バジリスクはまだ倒れていなかった。
残りHPは一割――。
他のメンバーのMPを確認すると、既に枯渇状態だった。
MPポーションも全員がWTに入っているのか、誰も回復しようとはしていない。
俺自身のMPポーションもセレーネさんのスキルの為に使用済みだ。
更には攻撃スキルもほとんどがWTだと口々に叫び、今は通常攻撃による削りに移行してしまっている。
そうしている間にも脱皮が進み、バジリスクの体の中ほどまで石化が解けていく。
パーティメンバーに焦りの色が浮かぶ。
が、こんな時の為に俺はMPを温存しておいたのだ。
『シャイニング』と通常攻撃では焼け石に水で、まだ俺はバジリスクのHP削りにほとんど貢献できていない。
ここで働かなければ、パーティに居る意味がない。
詰めの一手、まずはユーミルに『クイック』を発動!
これで『バーストエッジ』が再度使用可能になる。
「ダメだっ、ハインド! スキルが使えても、MPが全然足りない! ポーションも間に合わんっ!」
ユーミルの言葉には答えず、続けて次の行動に。
短い詠唱を行い、俺は掌に浮かび上がった光の球をユーミルの背に叩きつけた。
まだこれがある!
「諦めるなっ! 俺のも持ってけ、ユーミル!」
「こ、これは――! 行ける、行けるぞ! 喰らええええっ!」
発動したのは、己のMPを対象に譲り渡す『エントラスト』の魔法。
神官の最大MPは騎士よりも高い。クイックで減ったMPでも、騎士のMPを満たすのには充分だ!
MPが全快したユーミルの剣から、再度膨大な魔力が爆発した。