ルキヤ砂漠
「で、結局は熱意に負けて契約書にサインした訳か。そして作り方を全て教えたと」
「まあな……売れると確信してるのか、絶対にこっちに損が出ないような契約だったよ。例のアミンさんとかいう豪商のとこに、鏡を持ってすっ飛んでった」
手元に残った鏡は五枚きっかり。
残りは全て商品サンプルとして、契約金と引き換えにクラリスさんへと渡した。
今は宿の中で全員が揃うのを待っている。
残りはセレーネさんだけなので、女性陣が泊まっていた部屋で待機中だ。
「あ、今の内に鏡を渡しておくな。バジリスクの石化攻撃が来たら、試しに使ってみてくれ。失敗しても俺のリカバーで治せるから、積極的に狙ってよし」
「ふむ、女に鏡を贈るとは……」
「もっとハインドさんのために自分を磨けということですね? 分かりました」
「ハインド殿、酷いでござるな……」
「おい、分かってて言ってるだろ。そういう意図はないからな? 大体、お前等はそれ以上容姿を磨かんでも問題ないわい。この美形共が」
昔から、鏡を人に贈るのは良いとされないことが多い。
こいつらが言ったように「もっと鏡を見ろよ」という侮蔑の意味で受け取られる場合もあるし、割れやすいから縁起が悪いというのも理由としては強い。
しかし、俺は別に贈り物として鏡を渡したわけではないので今は全然関係ない話で。
「そうストレートに美形と褒められると、照れるでござるなぁ」
「何でお前が真っ先に照れてるんだよ。砂漠に首まで埋めるぞ」
「ひどっ!?」
対照的に、トビ以外の二人はじわじわと顔が赤くなっている。
褒められ慣れてるだろうに、どうしてそんなに過剰な反応をするのか。
と、その時部屋の中に光が生まれ、中からセレーネさんが現れた。
「ごめんなさい、待たせちゃったかな?」
「お、おお、セッちゃん! 特に問題ないぞ!」
「え、ええ、まだ全員が集まって五分程度ですから! 何も問題ありません! 何も!」
「? そ、そう……?」
俺はログインしてきたセレーネさんにも鏡を渡した。
すると、どういうわけか悲しそうな顔になり……
「……やっぱり、もうちょっと私も女らしくしたほうが良いのかな……?」
「いや、この鏡にそういう意図はないです……」
バジリスク対策のものだと誤解を解くと、セレーネさんは恥ずかしそうに顔を覆って俯いた。
リィズが表情を変えないままポンポンとその背を叩く。
セレーネさんには悪いが、ボケの天丼はご遠慮願いたい。
『オアシスの町マイヤ』を挟むようにして、この近辺には大きな砂漠が二つ存在している。
一つは俺達が通ってきた東側にある『ヤービルガ砂漠』。
そしてもう一つが、マイヤの西から『王都ワーハ』まで続いている『ルキヤ砂漠』である。
準備を整えた俺達は、ルキヤ砂漠へと足を踏み入れていた。
クラリスさんが話していた生態系の異常は想像以上で、油断するとラクダの足にニョロニョロと蛇が巻き付いてくる。
『ホーンヴァイパー』という名のこいつらは、一言で表現するなら小さなバジリスクだ。
こいつが突然変異してバジリスクが発生するらしいので、当然といえば当然だが。
石化能力こそないが強力な毒があり、先程からラクダを含めて誰かしら毒にかかるので『リカバー』の呪文がフル回転だ。
しかも移動しながらの戦闘なので、静止してのMPチャージができずに『MPポーション』を大量に使用する羽目に。
移動はラクダに乗ったままの騎乗戦闘なので、遠距離攻撃を持たない前衛二人が役立たずになっているのも痛い。
ユーミルの剣はロングソードではないので、攻撃が届いたり届かなかったり。
トビは短刀が二本なので、最初からリーチが絶望的。
「剣が当たらぁぁぁぁぁん! ストレスがたまるぅぅぅぅ!」
「拙者なんか何もできんでござるよぉ! んがー!」
とはいえ、この蛇の群れを止めるには『バジリスク』を倒さなければならない。
本来なら『ホーンヴァイパー』は群れで行動しないそうなので、統率しているバジリスクさえ居なければ脅威度は大きく低下する。
なので、今は足を止めずに進まなければ。
話によると、岩場がある辺りで戦士団はバジリスクと戦ったというのだが……。
「ハインド君、見えたよ! 岩場!」
「先導してください!」
俺の目では何も見えないので、セレーネさんに先頭に立って貰う。
そのまま暫く進むと徐々に岩場らしきごつごつした地形が見えてくるが、何か様子がおかしい。
岩肌の表面がうねうねと蠢いて――うわぁ。
「あれ、もしかして全部蛇じゃないのか……!?」
「本当だ! 桶にたくさん入ったウナギみたいになってるな! キモい!」
「本気で吐き気がしてきました……」
「ま、真っ先にあれを見たセレーネ殿は大丈夫なので……?」
「あ、私、爬虫類は大丈夫な人だから」
「「「「そうなの!?」」」」
意外な事実が発覚したところだが、状況は予断を許さない。
岩の表面を隙間なく這っているのは全て『ホーンヴァイパー』で、今からあそこに突入するわけだが……。
余力を残したいし、一度MPを回復させないと厳しい。
何とかならないものか……俺達は一度速度を緩め、岩場の方を見ながら近くを進む。
「ブシィィィィィッ!」
「!?」
考えていたら防御が疎かになっていたのか、気が付くとラクダに数匹の蛇が取り付いていた。
しかし、突然俺の乗ったラクダは大量の唾を地面に向かって吐き散らす。
すると……
「蛇が……逃げていく? ――って、臭っ!」
「臭い! 何だこれは!」
「ラクダが唾吐いた! んだが、これは……」
ヒントを得た俺はインベントリの中を探った。
確か、トビの忍者道具を試作したときの……あ、あった!
「よし、一番手前の岩場まで進もう。そこで一旦態勢を立て直す!」
「正気でござるか!? ということは、あの地点一画の蛇を殲滅して場所を確保するという――」
「その必要は無い! ともかく、ついてきてくれ!」
俺は岩場まで近付くと、インベントリから取り出した玉を投げつけた。
岩に当たって玉が割れ、砂塵に紛れて赤い粉が撒き散らされる。
「おお!?」
「何です、あの粉……?」
「真っ赤な粉末が舞ってるんだけど、わっち、何を投げたの!?」
「唐辛子爆弾だ! 焙烙玉のオマケで作っておいた!」
「そ、それは効きそうだね……」
「ああ、そういえば蛇は嗅覚が発達しているのでしたね。ということは――」
リィズの言葉を裏付けるように、『ホーンヴァイパー』は岩場から蜘蛛の子を散らすように一斉にいなくなった。
本当はPK等に使う対人兵器として作ったんだけど……まさかこんなところで出番が来るとは。
粉が収まったところで、岩場に進むと急いで次の戦闘に備える。
少しの間は唐辛子の匂いを嫌がって近付いてこないはず。
「はい、集合集合! エリアヒールを使うから!」
俺は少し前に取得した『エリアヒール』を、全員が集まったのを確認してから岩場の上で発動した。
足元に大きな魔法陣が現れ、白い光を放ち始める。
これは範囲を指定するタイプの回復魔法で、陣の中に対象が入らなければ意味が無く、少し使い所が難しいスキルとなっている。
陣の上に乗っている間は徐々にHPが回復。
但し最初から最後まで乗り続けた際の総回復量は破格で、陣に入ったパーティメンバーは数度に渡る回復によってHPが全快した。
ついでに微量減っていたラクダのHPも、範囲内に入れたことで回復させることができた。
「はぁ、一息ついたね」
「セッちゃんは大活躍でしたね」
「ううん、リィズちゃんこそ良いタイミングで魔法撃ってたよ。ハインド君も、回復お疲れ様。完璧な支援だったと思う」
「MPポーションがゴリゴリ減りましたけどね。砂漠に来てからというもの、耐久戦ばっかりだ」
「ホームが完成したら、自分達でポーションを作りましょう。私がお手伝いしますよ、ハインドさん」
「だな……」
俺達の出費の多くを占めているのは回復アイテムだ。
神官が二人居るようなパーティなら限りなくその出費は減るだろうが、このパーティでは俺一人なのでそうもいかない。
そして後衛組はこうして健闘を称え合っているわけだが、前衛組はそうもいかず……。
「どこだぁ……出てこい、バジリスクゥゥゥゥ!」
「拙者の刀が血を求めているでござるよぉぉぉ! 獲物、獲物はどこじゃあああ!」
イライラしちゃってまあ。
まともに戦えなかった影響か、二人とも非常に不満が溜まっている様子。
蛇は耳がないので、どれだけ騒いでも関係ないだろうが……。
「シュルルルルル」
「「あ」」
――音で伝わる振動は感じるのだそうだ。
二股に分かれた舌をチロチロと出し入れしながら「ソレ」は遥かな高みからこちらを
聞いた通りのトサカの様な角、鋭く尖った牙に巨木の様な体躯。
二人の声に応えるように、山と見紛うかのような大蛇が出現した。