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砂漠の町の夜散歩

「な、なあ、まだ続けるのか?」

「当然だ! 一周し切ったら交代だと言っただろうが! ……こうなると、切っ掛けをくれたクラリスには感謝だな」

「別に二人乗りなんて、言ってくれれば全然やったけど……」

「嘘を言うな! 絶対に後回しにしてうやむやにされるに決まっている! 遊園地に連れて行くと言いつつ、詳細な日時を一向に決めない父親のように!」

「暴れんなって! するか、そんなこと。お前は子供か!」


 俺が今何をしているかというと、ユーミルを前に乗せてラクダでゆっくりと散歩をしている。

 大層ご立腹だった二人が俺に出した要求は「クラリスさんと同じことをしろ」というものだった。

 じゃんけんに勝ったユーミルをまず先に乗せ、ギャアギャアとやかましく騒ぎながら町の周囲を一周。


 続けてリィズを乗せて町の周りをぐるりと一周。

 リィズは終始、何も話さず砂漠の綺麗な月を見てうっとりとしていた。

 ユーミルと乗った時との差が激しい、実に穏やかで静かな散歩である。

 それが終わってリィズをラクダから降ろすと、町の入り口でセレーネさんが出迎えてくれた。


 暇になった面子は順次、町の探索へと赴いている。

 ラクダを降りたリィズも、一言残してマップを開きながら町へと入っていった。


「お疲れ様、ハインド君」

「ああ、はい。夜の砂漠も風情があるので、散歩自体は一向に構わないんですけどね。セレーネさんは町へ行かないんですか? 店の店員さんとかとの会話は、特に問題ないんでしょう?」

「そうなんだけど……実は、そのぅ……」


 セレーネさんは何かを言い淀んでもじもじしている。

 やがて意を決したように、不思議な動きと共にこう言った。


「は、はい!」


 セレーネさんがラクダに乗ったままの俺に対して、目を閉じて両手を上げてくる。

 小さい子がやる「抱っこしてのポーズ」と言えば分かり易いだろうか?

 意図するところは私も乗りたい! ……だと思う、多分。

 ただし、その不意打ちを受けた俺は暫くの間フリーズした。

 年上の女性がその動きをするという、ギャップが生み出す可愛さに。


「……やっぱりいいです……」

「――ああ、待って下さい! え、ええと……の、乗りますか……?」


 俺が黙っているのを拒絶と受け取ったのか、やがて意気消沈した様子で手を降ろしてしまう。

 我に返って慌てて手を差し出すと、セレーネさんがおずおずとだが手を握り返した。




 前に乗ったセレーネさんは、耳まで真っ赤にして何も話さなかった。

 俺もユーミルやリィズを乗せるのとは違い、相応に緊張していたが……自分以上に狼狽うろたえる彼女の様子を見ていたら、段々と落ち着いてきた。


「まさか、セレーネさんまであの二人と同じことをしたがるとは思いませんでした」

「……こういう二人乗りって、憧れないかな?」

「そうかもですけど、こういうのは極端に言うなら馬に乗った王子の役目ですよね。乗るのがラクダの上に、後ろが俺だとイマイチじゃありません?」

「何かにつけて自信がない私が言うのも変だけど、ハインド君はやけに自己評価が低いよね」

「いやあ。あの三人と一緒に居て自分がカッコイイなんて言える奴は、余程のナルシストだけですよ」


 セレーネさんは確かに……と呟くと、一つ深い呼吸をして肩の力を抜いた。

 周囲を見回す余裕も出たらしく、砂漠の夜景は綺麗だね、という感想を一言漏らす。


「……でも、もし馬に乗った王子様が隣に並んで居たとしても、私は迷わずハインド君のラクダを選んだと思うよ」

「え?」

「――ゆ、ユーミルちゃんとリィズちゃんも同じじゃないかな!? 私だけじゃなくって!」


 大胆な告白を受けて、俺の心拍数は分かり易く急上昇した。

 顔が見えないこの状況は幸いで……。

 照れを誤魔化すようなセレーネさんの言葉に、俺もありがたく乗らせて頂くことにした。


「あの二人は昔から、ずっとああいう感じですけどね」

「……君は好意には気付いているんだよね? リィズちゃんとも血は繋がってないって聞いたし……気持ちに応える気はないの?」

「好意といっても、付き合いが長いせいか複雑なんですよね。異性としての好意が何割くらいを占めているのか、俺としては距離が近過ぎて判断できません」


 好意を持たれていることには気付いている。

 でもユーミルなら友情が、リィズなら家族としての愛情における部分が比重としてやや大きい気がする。

 恐らくそれは、俺も彼女達もお互いに一緒で。


「いずれ関係に変化があるとしても、今はそれを誰も望んではいない。俺の勘違いでなければ、そんな気がするんです。だから、今すぐに焦って何かをする必要はないかなと」

「言われてみれば、二人ともアプローチが激しくても答えは求めていない……そっか、そうなんだ。いいなぁ……」

「そうですかね? 世間一般の感性からすれば歪な関係のような――」

「そういうのじゃなくって。以心伝心というか、ハインド君の言う通りだと思うよ。お互いに信頼し合っているから、ゆっくり進んでいけるんだね……臆病な私からすると、とっても羨ましい関係だよ。うん、羨ましい……」

「……」


 その言葉を最後に、セレーネさんは口を閉ざした。

 頼りなく揺れる背中からは、何か疲れと寂しさのようなものが伝わってくる。

 俺は彼女が寄りかかりやすいように、背筋を伸ばして浅く抱くように手綱を握り直した。

 セレーネさんは最初驚いていたが、やがて強張った体の力が抜けていき――。

 暫くすると、幼子の様な邪気のない顔で寝息を立て始める。

 俺は彼女が目を覚ますまで、ゆっくりとラクダで町の周囲を二週ほど回った。




「おー、すごい勢いで水を飲んで行くな。さすがラクダ」

「一度に80リットル……でしたっけ?」

「らしいな。人間だったら死んでいるな」

「ユーミルさんも飲みます? 80リットル」

「おい、ふざけるな!」

「冗談です。ただ、普通に人間が飲んでも美味しいですよ、このお水」


 あ、本当だ。不純物が少ない。

 こういう場所の水は少し泥っぽいイメージだったんだけど、ゲームだからか?


 オアシスの水は有料だったが、1リットル5ゴールドとそれほどの値段ではなかった。

 これはこのオアシスの湧水量が豊富だからで、砂漠内の場所によってはもっとずっと高いのだそうだ。砂漠の水は貴重品。

 俺が乗っていたラクダが一番働いたせいか、水を最も多く飲んでいる。

 今日は大活躍だったな。たっぷり水を飲んで休んで欲しい。


「そうそう、ハインド殿。砂漠のフクロウ亭とやら、見つけておいたでござるよ」

「サンキュー。助かる」

「全体的に見て回ると、テントの家も多かったでござるよ。あれは危なくないのでござろうか?」


 トビは余った時間で町を一通りマッピングしてきてくれた。

 一度でも通った場所や入った店はマップに登録され、パーティ状態でそれを行った分はパーティメンバーにもその恩恵が与えられる。

 マップを開けば、俺の画面でも町の全景を見ることが出来るようになっているはずだ。

 トビの疑問には、セレーネさんが桶で水を汲みながら答える。


「トビ君。テントの家が多かったのって、オアシスから遠い砂地の辺りじゃなかった?」

「仰る通り、町の外を囲むようにぐるりと」

「そういう場所ではテントの方が効率が良いんだ。地盤が深いと、かなりの深さを掘って支持杭を打たないといけないから大変なんだよ。見た感じ、造りかけの家も多いから――」

「技術というよりは、町の発展に家造りが追い付いていない感じでござるか? なるほどぉ……」


 セレーネさんはラクダの上で一眠りした後、降りる時には幾分かすっきりした顔で礼を言ってきた。

 色々とありそうだが、俺には一緒に楽しくゲームをするくらいしかしてあげられそうもない。

 そしてそれが正解という気もしている。


 ラクダの水飲みが終わったところで、俺達はクラリスさんの待つ宿へと移動することにした。

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