予期せぬ再会
モンスターの名前は『デザートスコーピオン』で、レベルは35前後といったところ。
全長は最大で約一メートル、お約束のように現実よりも大きく気持ち悪い。
それがワラワラと大量に湧いてきたのだから、肌が粟立っても仕方ないというものだろう。
幸いにもラクダはモンスターの攻撃対象に入っていないようだった。
そのまま俺達はサソリの群れとの戦闘に突入。
……今になって思えば、暑さで多少頭をやられていたんだと思う。
現在の主目的はあくまで探索と移動であって、モンスターと戦うことじゃない。
分かっていた筈だったんだけどな……。
しかし何故か、かなりの長時間に渡って無限に湧いてくるスコーピオンとひたすら戦闘を継続。
トビが多数の敵を引き付けつつ移動。
ユーミルがオーラをスパークさせながら後衛に向かう敵を遊撃。
俺はリィズに『クイック』を、セレーネさんに『アタックアップ』を使用。
リィズが攻撃魔法『ダークネスボール』をトビが通った場所に向けて発動。
吸引された敵をセレーネさんが『ブラストアロー』で纏めて撃ち抜いた。
十体近い敵が一連の攻撃で粉々になる。これは気持ちいい。
この戦闘でパーティ内の連携が随分と良くなったなぁ……などと暢気なことを考えたところで、不意に我に返った。
――待って、何だこの無意味な消耗戦!? もう百どころか二百体はサソリを倒したぞ!?
「す、ストーップ! 全員、防衛主体に切り替え! あと集合!」
「むおっ!? なんだ、急にどうしたハインド?」
「もうレベル35だぞ!? セレーネさんでさえ32だし! 誰かおかしいと思えよ!」
「そう言われても困るでござるよ。ワザとじゃなかったのでござるか?」
「え? ハインドさんが楽しそうだったので、黙っていたんですけど……」
「そういう意図なのかと思って……ハインド君のことだし」
何故だ、どうしてこうなった。
思えば最初は全員の位置取りがグダグダで、俺は何度も何度も大声で指示を飛ばしていたんだ。
だが戦いを重ねる内に、徐々にメンバーが互いの役割を把握。
最終的には、俺が声を枯らす必要は全くと言っていいほど無くなった。
その機能しだしたパーティ戦闘に、俺は段々と快感を覚え――
「完全に俺のせいじゃねえか……。仕方ない、トビ。アレを使え!」
「え、良いのでござるか!? 材料費を考えたら、貴重品でござるよ!」
「使い時だ、やってくれ! 実験も兼ねてるんだ、コスト面は気にすんな!」
「では遠慮なく。ニン!」
トビが火の着いたソレを投げた直後。
くぐもった爆音と共に、砂とさそりの残骸とが大量に周囲に撒き散らされた。
余波の砂粒と風圧がこちらにまで飛んでくる。
ナイスな威力だ。
ゲームだけあって、現実の『焙烙玉』よりも随分と派手なんじゃないか?
肝心のダメージは見た目ほど入ってはいないようだが。
「おおー! 何だそれは、何だそれは! 私も使いたい!」
「言ってる場合じゃねえから! 撤退!」
「ほら、行きますよユーミルさん」
「ぐえっ! 引っ張るな、自分で歩く! 歩くってば!」
爆心地から遠い敵はほとんど倒しきれなかったが、ダメージによるノックバックで距離を取ることができた。
俺達はその隙に全員でラクダに乗り込み、さそりの群れを振り切ることに成功した。
敵の姿が完全に見えなくなったところで、俺達はようやく一息ついた。
といっても、今度はラクダから降りずに乗ったままの会話である。
奴らは砂の中に潜んでいるので、安全地帯が何処なのか分かったものじゃない。
今話している内容は、先程の『デザートスコーピオン』の異常な数の原因についてだ。
セレーネさんが逃げる際に気になる物を見たそうで。
「……実は、不自然な穴が三つも見えたの。砂山の向こうだったから、戦闘中には気付かなかったんだね。中からぞろぞろ出てきていたから、モンスターの巣で間違いないと思うよ」
「ああ、だからリポップが速かったんですね。撤退しなかったら、あのままずっと戦い続ける羽目に……」
あのサソリを殲滅したければ、その巣穴を先に潰す必要がありそうだ。
そういうタイプのモンスターもアクション系のRPGでは昔から定番だ。
蜂と蜂の巣のセットなんかは良く見られる例ではある。
唯一の救いは、サソリ達の経験値がごくごく普通だったことか。
そういう無限湧きするモンスターは、設定経験値が低い場合も多いのだ。
「しかしレベルアップには便利でも、一度捕まると包囲されるので逃げにくいでござるな」
「砂漠は走り難いですからね……足を取られます」
「ふむ。だが、それだけ面倒なら巣穴には何かレアドロップがありそうではあるな!」
ドロップアイテムといえば、戦利品として大量のサソリの素材がインベントリに入っている。
これ、折角だから何かに使えないだろうか。
――と、そうだ。
それを考える前に、さっきの戦闘の失態に関してみんなに詫びを入れないと……。
「あー、その、みんなごめんな。途中から連携が良くなってきたもんで、つい調子に乗ってしまった。引き際を誤った」
「なんだ、そういうことだったのか。ハインドにしては不毛な長期戦だと思ったのだ」
「不毛って……お前、結構辛辣なのな。でもまあ、返す言葉もないよ。面目ない」
何故か流れで俺に戦闘の指揮権が預けられているからな。
なので、パーティの失敗は基本的に俺の責任である。
頭を下げると、セレーネさんが真っ先にフォローを入れてくれた。
優しいなぁ。
「でも、ハインド君の気持ちも分かるよ。私も鍛冶の調子が良いと、つい本数を作り過ぎちゃったりするから」
ああ、それは俺も同感だ。
生産も調子が良い時はポンポンと連続で上物が出来るんだよな。
そういう時は手が止まらなくなる。
「私は調子に乗るといつのまにか死んでるぞ」
「拙者は調子に乗ると徹夜でインしているでござる」
「私はそういうのありませんけど、罰として添い寝を要求しても良いですか?」
「……」
俺の気持ちを代弁する様に、三人の言葉にセレーネさんが困ったような顔で笑った。
さて、目的地まであと少し。
ゲーム内時間では夕刻に差し掛かり、砂の海が茜色に染まり始める。
砂漠の夕焼けは思わず息を呑むような美しさで、とてもゲームのそれとは思えない。
意外なことにセレーネさんが最も景色に感動し、誰よりも嬉しそうに夕陽に目を輝かせていた。
来て良かった、という彼女の発言に俺も笑みを抑えることができなかった。
素直に嬉しい。
そうして前言の通りスクリーンショットを何枚か取り、後でデータを交換し合おうなどと話してから移動を再開。
幸い、その間モンスターと遭遇することはなかった。
「ところで、このヤービルガ砂漠にはエリアボスは居ないのか? このまま行くとしんどくないか?」
これはユーミルからの質問だ。
他のメンバーからこの手の質問が無かったのには理由がある。
「チュートリアルで明言されてただろ? 移動距離の長い大型フィールドには、ダンジョン等が設置されてフィールドボスは置かれないって」
チュートリアルを読み飛ばしていたのがユーミルだけだったからだ。
侵入した時に表示されるフィールド名の枠の色で判別可能なのだが、この『ヤービルガ砂漠』は大型であると確認済みなので、ボスの心配はない。
厳密に言うとフィールドが内包しているダンジョンにはボスが居るのだが、街から街へ移動する際にそれは関係ない。
「――という感じで、今日は移動に専念可能な訳だ。分かったか?」
「なるほど、理解した」
「ダンジョンに関しては追々でござるなー」
本格的な探索はホームを構えてからになるだろう。
その為にも、今はひたすら前進あるのみである。
取り敢えず、他の地域に倣ってこの国の首都までは行きたい。
「……あれ? ハインド君、あそこに何か見えない?」
「え?」
暫く進んで陽が沈みかけたタイミングで、セレーネさんが何かを見つける。
俺の目には何も映っていないが……彼女が指差した方向に全員で進んで行くと、確かに砂漠の色とは異質な物が見えてくる。
植物でも岩でもない。
目を凝らすと、どうやらそれはリュックを背負ったまま倒れている人間らしく――!?
「ひ、人でござる! ハインド殿!」
「行き倒れか!?」
俺達五人は慌ててその人物に向けてラクダを走らせた。
到着して倒れ込むようにラクダを降りると、俺は急いで息があるかを確認した。
何があったのか、周囲には荷物が散乱している。
「おい、しっかり! ――って、この人は……!」
「こ、こいつは……クラ……クラ……クラトス!」
「違います。クラリスさんですよ、ユーミルさん。鳥頭ですね」
「ああ、アルトロワの村に居たアイテム屋の店員さんでござるな!」
「でも、どうしてクラリスさんがこんなところに……?」
目を閉じて意識がない様子の彼女は、NPCのクラリスさんで間違いなかった。
息があることを確認してほっとした直後、その瞼がゆっくりと開かれ……。