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新メンバーと国境越え

 セレーネさんは依然として俺の背に張り付いたままだが、そのまま話は進み……。

 ユーミルはグレートソードの件があったので、彼女のパーティ入りを快諾。

 トビは女性が増えるのは歓迎とのことで、こちらもパーティ入りを承諾。

 というかお前ら、反対しないなら何であんなに大袈裟に驚いてみせた……いや、もちろん事前に何も連絡しなかった俺も悪いけどさ。


 これで渋っているのはリィズのみだが、俺が何故かと理由を聞いても頑として答えようとはしなかった。

 今も、むやみやたらにセレーネさんにガンを飛ばしている。

 ……かと思えば、急に接近してセレーネさんの顔から眼鏡を取り上げた。

 止める暇もない素早い動き。


「きゃっ!」

「何やってんだ!? 返しなさい!」

「……」


 野暮ったい眼鏡が無くなり、素顔になったセレーネさんをまじまじと見つめる。

 すると、リィズは非情に嫌そうな表情になった。

 それから眼鏡を戻すと、今度はペタペタと無遠慮にセレーネさんの体を触り始める。


「いぃぃぃ!? や、やめ――」


 リィズと、被害者であるセレーネさん以外の誰も反応できなかった。

 それを呆然と眺めて数秒、最も早く正気に戻った俺がユーミルに叫ぶ。


「はっ!? ゆ、ユーミル、とめろぉ!」

「――お、おお! 任せろ! 遂に狂ったか、貴様!」


 慌ててユーミルがリィズを止めに入る。

 その間に俺は、まだ口を開けて固まっているトビを強引に引き寄せて後ろを向かせた。

 男の目には毒になる光景だ。

 バタバタという音が収まるのを待ってから、ゆっくりと視線を戻す。


 見えたのは衣服を乱して頬を紅潮させたセレーネさん。

 その前には憮然とした表情のリィズ、そしてそのリィズを羽交い絞めにするユーミル。

 何だったんだ、今の奇行は……。


「リィズ……お前、何してんだよ……」

「すみません。ですが、どうしても確かめなければいけないことがありまして」

「はっ!? 今、とても美味しい光景が見えた様な気がしたでござるが!?」

「それは夢だ。忘れろ」


 セレーネさんの為にも。


「で、何だよ。確かめたかったことって」

「秘密です。ですが、それによりユーミルさんよりはマシという結論を得ました。なので、私の意見としては消極的賛成ということにしておきます」

「あ? 意味は分からんが、貴様は私を馬鹿にしているのか?」

「逆に、私と比較して褒めてるんだと思うけど――あ」

「「「「え?」」」」


 セレーネさんがつい、といった様子で口を挟む。

 それに驚いた俺達全員の視線が集まると、今度は気まずそうに顔を背ける。


「なんだ、普通に喋れるではないか」

「え、あ、その」

「怖がらなくてもいいでござるよ。取って食べたりはしない故に」

「え、えと」

「すみません、セレーネさん。妹がとんだご迷惑を……」

「き、気にしないで。理由は何となく、その……察したから」

「セレーネさん、でしたね? その気付いた何か……お話になっても結構ですけど、その時は覚悟して下さいね?」


 リィズの笑顔にコクコクコクコクと何度も頷くセレーネさん。

 それから深呼吸をすると、先程までより少し落ち着きが見える表情に変わった。

 どうやら腹をくくった様子。


「あ、改めまして……セレーネです。弓術士で、鍛冶がメインです。皆さん、よ、よろしくお願いします……」


 よし、言えた! たったこれだけのことなのに、何故か自分のことのように嬉しい。


「は、ハインド君。そのガッツポーズは何?」

「気にしないで下さい」


 巣立つヒナを見守る親鳥の気分だった。

 セレーネさんの方が年上だけど。


 その後は口々に歓迎の意を示し、俺達は新たなパーティメンバーを迎えることになった。

 セレーネさんの様子はまだちょっとぎこちないが……時間が解決してくれることを祈ろう。

 上手く視線を合わせられないようだが、会話の受け答えは大丈夫だしな。


「にしても、荒療治とはやるじゃないかリィズ。お前のおかげで、セレーネさんの緊張が解けたみたいだ。かなり強引な手だったけど」


 俺がそう言うと、リィズは表情を変えずに少しだけ考える様な仕草を見せた。

 ん? もしかして、俺は何かおかしなことを言ったのか?

 先程の奇行は、こうなる事を予期してのものだと思ったんだが。


「ええ、実はそうなんですよ。ハインドさんには分かってしまいましたか」

「……明確にどうとは言えないんだが、何かおかしくないか?」

「同感でござる。リィズ殿はそんなに優しくな――ゲフンゲフン!」

「そ、それはちょっと盲目的過ぎないかな、ハインド君……キミらしくないよ。妹フィルターって奴なのかな……?」


 え、リィズは肯定してるんだけど……違うの!?




 状況が一段落したところで、トビから買い込んだ道具を受け取っていく。

 それが済んだらいよいよ出発となる。

 今の時刻は、午後十時。

 後二時間したらログアウト予定なのだが、残り時間でどれだけ進めるだろうか?


「よーし、行くぞお前ら!」

「どうしてユーミルさんが仕切っているんですか?」

「楽しみでござるなぁ、未知のフィールドは!」

「ハインド君、私の戦闘時の位置取りなんだけど……」

「……」


 しかし、我がパーティはこのように見事に発言がバラバラである。

 先行きが少し不安になる出足だった。




 ヒースローを西に抜け、一昨日にも訪れたラテラ湖畔へと到着。

 エリアボスの『ギガンティックバッファロー』については、それほど語ることはない。

 俺とユーミルがシエスタちゃん達と一度倒した相手の上、セレーネさんもレベル差を感じさせない火力を持っている。

 五人でかかったところ、問題なく倒すことが出来た。

 強いて起きた出来事を挙げるなら、トビがセレーネさんの射線を遮って尻に矢を受けたことぐらいか。即死だった。

 この辺りの連携不足に関しては、追々改善していきたいと思う。


 ラテラ湖畔を抜けると、街道らしき整備された道があったので俺達はそれに沿って歩いて行くことに。

 道は山の間を縫うように進んでおり、その先には関門らしきものが存在していた。

 周囲の山には緑が少なく、進む度に徐々に気温が上昇していくのが分かる。

 どうやらこの先に砂漠があるという情報に、嘘はなさそうだ。

 関門に着いた俺達は、門が開いているのを見て一直線に通り抜けようと――


「止まれ! 出国許可証を提示しろ!」


 したら、警備兵の一人に止められた。

 いや、考えてみれば普通のことなんだけどさ。

 何となく、ゲームだから許される気がしたんだ。気のせいだったけど。

 先頭にいたユーミルが首を傾げる。


「出国許可証……? 何だそれは」


 ユーミルを下がらせ、代わりに俺が答える姿勢を見せる。

 静止の声を出した警備兵は、片目に眼帯をしている中年男性。

 どことなく歴戦の勇士、といった雰囲気が漂う兵士だ。


「いえ、持っていません。許可証というのはどこで発行しているものなのですか?」

「――うん? 貴様等、もしや来訪者という奴か?」

「そうでござるが……」

「ではそこで待て! いいか、不必要に動くんじゃないぞ!」


 そう言うと、眼帯の兵士は他の兵士に俺達を見張るように命令。

 自分は守衛小屋らしき建物へと入っていく。

 少しの間の後、中から水晶のような物を手に持って戻ってきた。


「全員、順番にこの水晶に触れるように」


 それに何の意味があるのかは分からなかったが、俺達は大人しく指示に従い水晶に触れた。

 透明な水晶は、俺達がそれぞれ触れると青く発光。

 それを確認した警備兵は「全員通って良し」と告げてくる。

 ……なるほど、何となく水晶がどういう道具なのか分かった。

 それとは別に気に掛かることがあったので、ダメ元で警備兵に質問してみることに。


「……ちょいとおたずねしても構いませんかね?」

「何だ? 見ての通り暇な部署だ。別に構わんぞ」


 口調が厳しいから却下されるかと思ったら、意外とそうでもないらしい。

 その言葉通り、先程から俺達以外の人影が現れる様子は見られない。


 俺が気になっているのは砂漠に向かうプレイヤーの数。

 それから帝国という国の、来訪者に対するスタンスについてだ。


「来訪者は帝国にとって戦力になると思うんですけど。囲い込まずに、こんな風にホイホイ国外に出してしまって構わないんですか?」


 NPCと比べてプレイヤー個々の強さがどの程度かは分からないが、何せプレイヤーの数は多い。

 戦力として使えないということは考えられないだろう。


「何だ、そんなことか。皇帝陛下は偉大な御方だ。一時的に他国へ行ったとしても、帝国以上に豊かな土地は無いのだから必ず戻ってくると仰せである。来訪者とてそれは例外ではない」

「大層な自信と大らかさだなぁ……」


 どうやら皇帝陛下は豪快な性格の様子。

 まあ、放っておいてもプレイヤーのスタート地点は帝国にあるんだ。

 余程の事が無い限り、プレイヤーの滞在人数が最も多いのは帝国ということで変わらないだろう。


「俺には、貴様等のように敢えて危険な土地に出て行く奴らの方が理解出来んよ。特に西の砂漠地帯なんてな。ここを通る来訪者も、他の国境に比べて数えるほどしか居ないというのに……物好きだな」

「……つまりユーミルさんやトビさんの様な変人は、少数派ということですね」


 リィズが皮肉を飛ばすが、ユーミルもトビもどこ吹く風といった様子。

 むしろ、変だという言葉に二人とも嬉しそうな顔をしている。


「良いではないか。少数派大いに結構! 獣道を突き進め!」

「そうだそうだー! で、ござるぅ!」

「うーん、積極的な性格で羨ましいなぁ……私だったら山に行っちゃうと思う」

「これは向こう見ずって言うんですよ。まあ、それはともかく……」


 やっぱり、こっちに向かうプレイヤーの数は少ないのか。

 だから水晶が直ぐに持ち出せる場所に置いてなかったんだな。


 あの水晶は、恐らくプレイヤーの判別装置だ。

 警備兵が軽く触った時に僅かに白く発光しているのが見えた。

 光った色からして、恐らく頭の上に出るプレイヤーネームの色に対応していると思われる。

 NPCはプレイヤーネームを見ることができないようなので、代わりにあの水晶を用いるのだろう。


 犯罪履歴のあるイエロー・オレンジのプレイヤーは、恐らく通して貰えないのだろうと思われる。

 その場合は、ここを避けて国境を越えないといけない訳か……かなり面倒だな。

 とはいえ、俺達には関係の無い話だけれど。


 眼帯の兵士に礼を言って別れを告げると、俺達五人はそのまま無事に関門を通過。

 門を抜けた直後、そこには別世界のような景色が広がっていた。


「うわぁ……茶色いな……」

「赤茶けてますね……」


 兄妹揃っての率直な呟き。一面の茶色に、緑は極僅かといった比率。

 といっても、ここはまだ砂漠というわけではない。

 目の前にあるのは「荒野」と形容するのが最も相応しい景色ではないだろうか。

 寂寥感漂う乾いた風が、砂埃を巻き上げながら目の前を通過していった。

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