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合流と新スキル

 クエストが終わり、俺の手元には3ポイント分のスキルポイントの書が残された。

 自分が貰える分だけで充分だと主張したのだが、ヘルシャもワルターもこれはお礼だからと頑として譲らなかった。

 そんなに大したことをしたつもりは無かったんだけど……しかし、受け取ったからにはありがたく使用させてもらおうと思う。


 次は礼とか貸し借りとかを考えずに一緒にパーティを組もうと約束し、村で山賊達と窃盗品を引き渡した後で解散。

 ちなみに山賊達を引き連れてヒースローに戻った時には、他のプレイヤー達の注目の的だった。

 かなり目立っていたので、後から掲示板で話題になる可能性も充分にあるだろう。


 と、こんな感じの経過な訳だが、問題は抜け殻のようになった目の前の忍者である。


「おーい、トビ。そろそろ戻ってこいよー」

「……」


 トビは例のワルターショック以降、ずっと呆けたままだ。

 仕方ないのでヒースローの街に点在するベンチの一つに座らせているんだけど……。

 背中を押せば移動するし、きちんとクエストの報酬も受け取っていたのだが。

 反応が無いかと目の前で手を振っていると、不意にトビが口を動かし始める。

 ええと……何だろう、呪文みたいなものを呟いている……?


「……いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ! あい! あい! はすたあ!」

「……!? 何をび出そうとしてるんだお前は! 正気度0か!? ここには黄金の蜂蜜酒も、秘薬も、魔法の石の笛も何一つとして存在しねーぞ!?」

「はっ!? だ、大丈夫でござる……拙者は しょうきに もどった!」

「それは大丈夫じゃない奴のセリフだから! しっかりしろ!」


 未だに混乱が収まっていないようで、言っていることが支離滅裂だ。

 が、話している内に徐々に様子が落ち着いてくる。

 目は死んだままだけど……。


「うぅぅー。だってハインド殿ぉ……悪い夢でも見ている気分でござるよぉぉぉ……ドストライクな見た目なのに男なんてぇ……」

「いや、俺も悪かったよ。お前にワルターが女だって先入観を与えちゃったからな……」

「お言葉は有り難いでござるが……どの道、拙者は勘違いしていたと思うでござるよ。現に、今も信じられない心地でござるし……」


 どちらともなく溜息を吐くと、どんよりと沈んだ空気が場を支配する。

 ワルターが悪い訳でもないのがまたな……こちらが勝手に女の子だと思ってしまっただけの話で。

 やがて、トビは力の無い動きでゆらりとベンチから立ち上がった。


「……わっち。俺、もう今日はログアウトするよ……魔王ちゃんのスクショ見て癒されてくる……」

「お、おう……お疲れ……」

「わっち、明日は?」

「明日はバイトがきつそうなんでインしないかな。明後日の夜に少しやるかも」

「うん、じゃあ俺もそうする。またねー」

「ああ、またな」


 トビがログアウトしたところで、俺は時間を確認した。

 ……げっ、もう十一時か。

 始めてから三時間も経過しているじゃないか。

 ユーミルと合流したら、俺も今夜はログアウトだな。

 まだ連絡が無いので、貰ったスキルポイントの書を使ってスキルを割り振っていると――ゲーム内メールが着信。

 ようやく来たかと思い、メニューを開いて中身をチェックする。


送信者:シエスタ

件名:へるぷみー(><;)

本文:やめてください しんでしまいます

   近くに居たら助けてくだしあ


 ……ユーミルじゃない!? シエスタちゃんだし、しかもこの内容……。

 俺はフレンドリストから位置を特定すると、慌てて街の西へ向かって駆け出した。




 ヒースロー西部『ラテラ湖畔』。

 俺はそのフィールドに入ると、シエスタちゃんの位置情報を地図上にマーキングしてひた走る。

 四人で随分と奥地まで進んだな……かなり遠いぞ。

 湖畔の道中、林の中に居るモンスターはカエル、ザリガニなどの水棲の生き物が多数。

 サイズは言うまでもなくモンスターサイズで凶悪だが。


 特にザリガニの魔物が攻撃的で、こちらから攻撃しなくてもハサミを振り回しながらしつこく追いかけてくる。

 俺の単独戦闘能力は絶望的なレベルなので、捕まらないように祈りつつひたすら駆けるのみ。

 やがて、林が開けて湖の砂浜へと到着する。


「居た! って、なんじゃあ!?」


 10メートル級の巨大な水牛が角を突き出し、土煙を上げながらユーミルを追い回していた。

 そして少し離れた場所にHPがミリのシエスタちゃん、残りの二人――騎士のリコリスちゃんと弓術士のサイネリアちゃんは戦闘不能で倒れている。


「あ、ハインド先輩。おたすけー」


 緊迫感の無い声でシエスタちゃんが助けを求めてくる。

 もしや、既に聖水切れか……? かなりの量を渡したつもりだったんだがな。

 俺は倒れた二人の死に戻るまでの残りカウントを確認し、サイネリアちゃんに『聖水』を。

 リコリスちゃんに『リヴァイブ』を使用して蘇生した。


「ユーミル、どれくらい持たせられる!?」

「! ハインドか!? あと30秒が限界だ!」

「よし、待ってろ! シエスタちゃん、起きた二人を回復!」

「へーい」


 俺と一緒に蘇生直後の二人を回復、全快にして態勢を立て直す。

 慌ててリコリスちゃんが戦線に復帰しようとする。


「あ、ありがとうございます! ユーミルさん、今いきま――」

「だー! 集合、君達三人はこっちに集合!」

「へ?」


 しかし、俺はそれを引き止めた。

 それを見たシエスタちゃんが説得に加勢してくれる。


「あー、二人とも。先輩の言う通りにしよう? ね?」

「う、うん……リコ!」

「あ、はい!」


 前で一人で戦うユーミルに『ガードアップ』を掛け、WTが空けた『ヒーリング』を飛ばして時間を稼ぐ。

 この娘たちが死んだ順番からして、同じ戦い方をしていてはまたピンチに陥ってしまうだろう。


「まず、俺がユーミルの回復に専念するからシエスタちゃんはリコリスちゃんを。サイネリアちゃんは敵に狙われない頻度で攻撃を。敵が体を向けたら、即座に攻撃を中止すること。良いね? 前衛を盾に使うくらいの気持ちで行っていい。それと、アローレインは習得してる?」

「は、はい。あります」

「なら、合図を出すまで温存しておいてほしい。リコリスちゃんも、ダメージを受け過ぎたら攻撃中止。自分の体力が――半分以上ある時は攻撃していい。それ以外はユーミルに任せること」

「わ、わかりました」


 この娘達、まだ初心者に毛が生えた程度しかゲームを理解していない。

 特にヘイト管理が出来ておらず、中衛の弓術士が先に戦闘不能になる辺りは純粋な戦術ミスと言っていいだろう。

 そんな彼女達でもすぐに実行できそうな簡単な指示だけを出しながら、俺はWTが開けた『リヴァイブ』の詠唱を開始する。

 ちらりと見たシエスタちゃんの戦い方だけは問題無かった訳だが、さては面倒臭がって教えていないな……一人だけゲーム知識が豊富な気がする。


「だって、今夜の内にこんな先まで進むと思ってませんですし。私のせいではないと思いません? みんなノリノリだったので、やめられないとまらないー。そんな風に空気を読んでみたら失敗、的な?」

「当然のように心を読まないでくれる!? 分かってて止めないのは同罪だと思うな、俺は!」

「モルスァ」

「あっ……全員、戦闘再開!」


 戦闘不能になったユーミルを蘇生、五人になった俺達は『ギガンティックバッファロー』に向き直る。

 敵のレベルは35、HPが非常に高いのかまだほとんど削れていない。

 これは持久戦の予感……。

 前衛二、中衛一、後衛ニのバランスで陣形を整えて対峙。


「このぉっ!」

「リコ、そっち向きそう!」

「分かった、サイちゃん!」

「あろっ!」

「ユーミルぅ! 死ぬの早いっ! 俺が来た直後から動きが荒くなっているのはどういうことだ!」

「代わりに与ダメージも増えてますけども。先輩のフォローが完璧すぎて、惚れそうな私がここに」

「君は手が空いたら攻撃魔法を撃とうか!? バランス型でしょうが!」


 『リヴァイブ』『ポーション』『ガードアップ』『アタックアップ』『ヒーリング』『マジックアップ』……一人多いだけなのに、五人パーティの補助は目が回りそうな忙しさだ。


「ブモォォォォォォォォォォォォ!!」

「!」


 敵のHPがようやく三割まで減った直後、大牛が吼えて黒かった体表が赤くなる。

 ステータス表示は攻撃アップ、防御ダウン……ボスに多く見られる特殊行動で、いわゆる発狂状態の一つだろう。

 しかし、このステータス変化はむしろおいしい!


「騎士二人、回避重視で足止め!」

「応!」

「え? あっ、は、はい!」

「サイネリアちゃん、アローレインスタンバイ! これで止めを狙う!」

「――! はいっ! 待ってました!」

「先輩、私は?」

「アローレインと一緒に攻撃魔法発射、前二人がダメージ受けたら回復!」

「うぃー」


 ユーミルとリコリスちゃんが敵を浅く斬りつけ、勢いの増した突進を躱す。

 その間に『アタックアップ』をサイネリアちゃんに使用。

 敵の突進が止まり、こちらに向きを直ろうと動きが遅くなるタイミングで――


「放て!」

「当たって!」


 天に向かって魔力を込めた一本の矢が飛んで行き……分裂したおびただしい数の矢が空から降り注ぐ。

 防御が下がった巨体にたっぷりと矢の雨が降り注ぎ、あれだけ削るのに苦労したHPがガリガリと削れていく。

 思った通り、スキルの相性は抜群だ。

 無造作に放たれる矢のほとんどを、大牛はその巨体で受け止めてくれている。

 しかし――


「グルルルルルル……」

「そ、そんな!」

「まだ生きてるぞ、ハインド!」


 大牛のHPはまだ残っている。

 騎士二人が慌てた様子を見せるが、何も心配はない。

 もう詠唱は終わった。

 取ったばかりの新スキル『クイック』をサイネリアちゃんに向けて発動。

 輝く光が体に吸い込まれていく。


「こ、これは!?」

「さあ、もう一回だ! 撃てっ!」

「了解です! 撃ちます!」


 『クイック』は、対象者が最後に使用したスキルのWTを0にする補助魔法だ。

 連続使用が可能になった『アローレイン』が再度降り注ぎ……見事に『ギガンティックバッファロー』のHPを削り切ることに成功。

 巨体が傾き、大量の砂が周囲に巻き上がった。

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