条件その3・バフとデバフ
「んぎぎぎぎ! びくともしないでござるぅぅぅ!」
「だろうなぁ。軽戦士の素の攻撃力じゃ、厳しいと思うぞ」
俺達の前には完成したグレートソードが鎮座している。
これでも随分と軽量化はしたのだが、それでも大きさが大きさなので重量は半端じゃない事になっている。
場所は星降りの丘、夜時間まであと二十分といったところ。
いよいよレベルもカンスト間近である。
「あの有名な竜を殺せる剣は、推定で約160kgなんだってよ。これはまあ、剣の厚みとかはそれよりも少ないし、所々軽量化してあるから……」
「それでも100kgくらいあるのでは……?」
「かもな。ゲーム内だから正確には測れないけど。ただ、武器の重さは装備を外した状態の攻撃力で変化するらしいからな。ゲームによってはSTRって表示されるアレだよ、アレ」
「つまりトビ、貴様は貧弱、貧弱ゥ! ということだな!」
「うっさいでござるよ! 単に職差でござるし! 大体、マッチョな忍者なんて存在して――いや、普通に居るか。格闘ゲームなんかにも、とびっきり暑苦しいのが……」
「ともかくユーミル、持ってみろよ。お前が持てなかったら話にならないんだから」
「うむ、やってみよう」
騎士の攻撃型は重戦士に攻撃型には劣るものの、攻撃力の伸びは全職で二番目に高い。
装備できる武器も一部被っていて、二つの職を分ける差は魔法剣を使えるかどうかと、魔法耐性が高いか低いかということになる。
重戦士は物理に特化しており、攻撃・防御は騎士より高いが魔法に関してはからっきし。
自身で撃てないし、防ぐのも苦手だ。
「ぬぅぅぅぅん!」
「おおー、持ち上がっ……た?」
ユーミルが巨大な剣を垂直になる位置まで持ち上げた。
しかしその切っ先は頼りなく揺れ、手はプルプルと震えており、本人は苦悶の表情を浮かべている。
「だ、大丈夫か?」
「な、何とか、ゆっくり移動して真っ直ぐ振り下ろすだけなら出来そうだ……ぐぉぉ……」
「何という馬鹿力でしょう。やっぱりユーミルさんは人間ではなくゴリラだったんですね」
「誰がゴリラだ!? それに貴様、やっぱりとはどういう事だ! そこを動くな、この剣の犠牲者第一号にしてやる!」
「そんな遅い動きでは、当たりっこないですねぇ」
「くうぅぅぅぅー!」
ユーミルの動きが遅いのを良い事に、黒い笑みを浮かべたリィズが脇腹を
ユーミルも律義に持ってないで剣を放せばいいのに……。
でも、やっぱり常用には厳しいものがあるな。
イベントはどうにかして一撃を叩き込めばいい訳だからこれでも大丈夫だが、普段の戦闘でこんな遅い動きをされたんじゃ何の役にも立たない。
予定通り、イベントが終わったら売却という形になるだろう。
「ほら、そろそろ隕石ラッシュの時間だぞ。元の武器に持ち替えて準備しろよ。ぺたっと」
「む!? く、くすぐったいぞ!」
「じっとしてろって。すぐに終わるから」
ユーミルの耳に新しく作った装飾品を被せる。
んー……うん、褐色っぽい色味も問題なし。
出来は上々か。
「ハインド、これは……?」
「お待ちかねのエルフ耳だよ。欲しがってただろ? 当然の様に設計図は無かったから、オリジナルで作った。後で装備品登録しておいてくれ」
「おお、ありがたい! ……け、剣を降ろして見てもいいか?」
「どーぞ」
ユーミルが剣を地面に降ろすと、轟音と共に土煙が舞った。
静かに降ろそうとはしていたが、踏ん張りが利かなかった様子。
やっぱり重すぎるな、この武器。
ユーミルは付け耳を触ったり一度外したりして出来を確認した後、嬉しそうにニッと笑った。
よかったな。
「あの耳、まるで本物みたいですね。何の素材で作ったのですか?」
「アルトロワの村の近くの湿地に、ゴムの木が群生してるじゃんか? あれのラテックスっていう樹液を採取して、
「ほう……ハインド殿、これを量産したら売れるのではござらんか?」
「そうか? 型は残してあるから簡単に量産は出来るけど。果たしてそんなに売れるもんかね?」
「いやいや、ハインド。エルフはファンタジーの花形だろう? 需要はあると思うぞ!」
「……まあ、考えておくよ」
誰もがユーミルの様に似合う訳じゃないからな。
特にエルフっていうと、割と美男美女のイメージが根強いんじゃなかろうか。
例えば、エルフ耳を付けた太ったオッサンとか……個人の自由とはいえ、俺は余り見たいとは思わない。
そんな話をしていたら、辺りが徐々に暗くなってきた。
もうパーティ全員が慣れた様子で、今日も今日とて降ってくる隕石を避けながらの経験値稼ぎ。
「フハハハハハ! 柔らかい! 柔らかいなぁ、貴様の体は!」
「コアはここかなぁ? ん!? 間違ったかな……で、ござる」
馬鹿二人が悪役の様な言葉を
最初とは打って変わって、今は高レベルのゴーレムを優先して狩るようになった。
そして、このように二人が調子に乗っているのには理由がある。
「二人共、
「「はい、ごめんなさい」」
それは、リィズがメテオゴーレムに使用したデバフが非常に効果的だったからだ。
掛かっている魔法は攻撃力を下げる『アタックダウン』、防御力を下げる『ガードダウン』、魔法抵抗を下げる『レジストダウン』、それと速度を下げる『スロウ』の四つだ。
特に『スロウ』と『ガードダウン』が効果的で、ただでさえ速度の遅いゴーレムの動きはハエが止まりそうな遅さに。
硬く、ユーミルが腕が痺れると言っていた防御力も、今では豆腐を切るが如し。
勿論、以前から使用している俺のバフも使っての状態だ。
相性もあるだろうけど、単体の強敵に対しては圧倒的だな、闇系の魔導士。
ちなみに魔導士のタイプ分けは「火・風」「水・土」それと「闇」という三つの魔法系統から選ぶという形になっている。
この中でリィズはデバフが豊富な闇系統を選択したというわけだ。
いや、選択してくれたというべきか。
今回のイベントではデバフが必要だというのを、言わなくても理解していた感じだった。
と、メテオゴーレムのコアが露出したな。
リィズが杖を構え、攻撃魔法の詠唱を開始する。
「では、事前に言った通り魔法の試し打ちを行います。二人とも、離れてくださいね」
「ハハハ、もらったぁ!」
「あ、ユーミル殿ずるい! ラストアタックは拙者が!」
「……忠告はしましたからね。撃ちます」
「「……え?」」
俺は無言でトビに『レジストアップ』の魔法をかけた。
……生きろ、二人とも。
リィズがコアに対して小さなブラックホールを生み出し、周囲の物がどんどん吸い込まれていく。
今更だが、このTBはフレンドリーファイアありのゲームである。
範囲魔法を放つ際には、味方の位置に充分に気を使わなければならない。
……気を使わなければならない。
しかも、この『ダークネスボール』は周囲の物を引き寄せる性質を持っている。
一度捕まったら最後――
「あばばばばば!」
「ぐぇぇぇぇぇ!」
コア共々、ブラックホールに捕まった前衛二人にガリガリと連続でダメージが入っていく。
ユーミルは騎士らしい持ち前の魔法抵抗によって耐えきったが、紙防御であるトビは『メテオゴーレム』よりも先に死亡。
バフ込み、しかも大した攻撃力のないこの魔法でも駄目かぁ……本当に柔らかいのな。
そんなトビに続いて、『メテオゴーレム』の体がバラバラと崩壊を始めた。
図らずもレベルがカンストしているトビを間引いて、より多く三人で経験値を分配するという図式となり……トビを除く三人がレベルアップの光に包まれる。
俺は『リヴァイブ』を詠唱すると、すぐにトビを復活させた。
「あ、レベルが30になりましたよハインドさん。めでたいですね」
「「めでたくないわっ!!」」
「いや、約束を忘れて攻撃してたお前たちが悪いだろう……」
フレンドリーファイアによる戦闘不能は当然ながら、PKにはカウントされない。
それから一つ分かったこととして、魔導士の闇型はあまり攻撃力が高くない。
今の『ダークネスボール』も優秀なのは足止め性能であって、ダメージはそこそこだった。
飽くまでも闇型の本分はデバフ・妨害にあるらしい。