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無鉄砲と心配性

「だああ、死ぬ死ぬ! ハインド、回復を!」

「残念だが、アイテムも魔法もWTウェイトタイムだ。自力で何とかしてくれ」

「えっ!? あっ! 剣が壊れ――」

「あ……死んだ」


 ユーミルの体力がゼロになる。

 俺はそれを見届けると、そそくさとゴブリン型のモンスターから距離を取った。

 行動範囲内に攻撃対象が居なくなり、その場からモンスターが離れて行く。


 だから耐久力無限の初心者用を使えって言ったのに……。

 格好悪いだの何だの、見た目にこだわり過ぎだろう。

 俺は灰色の表示になって倒れたユーミルに近付くと、これまた初心者用の回数無限の蘇生アイテムを頭からドボドボとふりかけた。

 名前はその名も初心者用聖水、戦闘中は使用不可。

 聖水の初心者用って何だよ、どういう物だよ。

 神様が加護の手抜きでもしてんの?


「キター! 復・活っ!」

「……はい、おはよう」


 ユーミルに色が付き、元気よく立ち上がる。

 ちなみに戦闘終了から一分間蘇生させないと、死亡ペナルティを受けた上で最後に通過した街に戻されるらしい。

 ソロプレイに厳しいな。

 ソロ向けに、自動で復活する装備品とかもあるんだろうか?


「やはり駄目だな! 最初の森でレベルを上げてから進もう!」

「俺は最初からそう言ってるよな? な?」

「だが、スタートダッシュを切りたいじゃないか! 折角の初日組なのだし!」


 このゲームは今日の午前十時からスタートしたのだそうな。

 現在は午後二時。

 どの道、休みを取ったりで一日中やっている人には敵わないと思うが……言わぬが花という言葉もあるからな。

 未祐みゆ――じゃない、ユーミルのやる気に水を差す気はない。


 しかし、これは余りにも非効率だ。

 適正な狩り場の探し方、というのもあるんじゃないだろうか?

 たった今、俺達は狩られる側に回った訳だけど。

 瀕死状態で復活したユーミルに連続で回復魔法を掛けながら、俺はそんな事を考えていた。


「戻ったらちょっと検証しないか? 敵とのレベル差による補正とか、パーティで経験値が頭割りなのかどうかとか」

「検証? そんなのものは、攻略サイトの住人の方々に頼ればいいではないか! 我々はそれまで、勘に任せて適当に進むのみ!」

「力技な上に人任せだな!? まだ初日だし、さすがに情報も充実してないだろ。そういうのを自分達で探ってみるのも、楽しみ方の一つだと思わないか?」


 ユーミルが固まり、長い睫毛まつげで瞬きをパチパチと繰り返した。

 俺、そんなに変な事を言ったか?


「お、おお……」

「何だよ」

「そんなの考えた事も無かった……やはりお前と一緒だと、何でも新しい楽しみ方が見えてくるな! 誘って良かった!」

「……」


 本当に、こいつは気持ちの伝え方がド直球だな……俺は時々、反応に困る。

 何となく顔を見られたくなくて、俺は背を向けて先に歩き出した。


「いいから、戻ろうぜ。ドンデリーの森……だっけ? 初心者装備が使えなくなるレベルまでは、今日は付き合うからさ」

「本当か!? よし行こう、すぐ行こう!」


 二人で元来た道を逆走していく。

 道中、男ばかりの集団とすれ違った。

 ユーミルには悪いが、ここはさり気なく距離を取っておく。

 すれ違う際に、ひそひそと話声が漏れ聞こえてくる。


「おー、美人じゃん」

「お前、声掛けてみろよ。一緒にスクショだけでも撮らせて貰おうぜ!」

「オウフ。拙者にはあのランクの美少女は少々ハードルが高過ぎるでござるよぉ。フヒヒ」


 案の定、ユーミルを男たちがジロジロと眺めてニヤついている。

 ……なんか今、一人だけ化石みたいなオタク言葉を使ってなかった? 気のせい?

 ともかく他人のふり他人のふり……偶然同じ方に向かっているだけですよー。

 無駄にツラが良い幼馴染を待ったが故の、自然と身についた回避技である。


 このゲーム、ほとんど顔を変えられないんだもんな……敢えて不細工なアバターにしろとは言わんが。

 もちろんユーミルが絡まれたりしたら助けるが、彼氏でもないのに無意味なやっかみの視線だけ受けるのは面倒だ。

 何よりも気力が削れるので、楽をするに越したことはない。

 完璧……俺の偽装は完璧だ!


「どうして急に離れるのだ? 寂しいではないか」

「今は近付いてくんなぁぁ!」


 偽装失敗。

 男オンリーのパーティから、嫉妬の視線が俺に向けて殺到した。




 そもそも俺がゲームを始めたきっかけは、今から二時間前の正午過ぎにさかのぼる。

 今日は日曜日、バイトも休みで家でゆっくりしていたのだが……。

 目の前で同級生の女子が、自室で俺に向かって土下座をしている。

 長い黒髪が遅れてわさっと、カーペットの上に広がって落ちた。

 酷い絵面だ……どうしてこうなった。


「頼むわたる! 私と一緒に……一緒にVRゲームをしてくれ! オンラインの!」

「何で土下座なんだよ……頼み方が男前過ぎるだろ。そんな事しなくても別に聞いてやるけど、俺はVRのヘッドギアなんて持ってないぞ」


 俺がたじろいで返事をすると、それを肯定と受け取ったらしい目の前の女――未祐みゆが顔を勢いよく上げた。

 俺は未祐の体を起こそうと肩に手を乗せていたので、動きに合わせて飛んできた髪が顎と頬を攻撃してくる。

 いたくすぐったい。

 プラス女子特有の良い香り。


「いいのか!? いいんだな!? 毎日あんなに忙しいのに!」

「いや、一日に数時間なら問題ないと思うが。バイトだって毎日じゃないんだし、遅くても十時には終わるんだからさ。それよりも、俺にVRギアなんて買う余裕はないぞ?」


 ウチは母子家庭なのだ。

 母さんが毎日遅くまで働いているし、俺だってバイト代のほとんどが家計と「あるもの」の積み立ての為に使っている。

 金が掛からない遊びならまだしも、現状VRギアなんて高額なものを買う訳にはいかない。

 中古の古いギアに対応しているゲームなら可能だろうが、未祐は見た目に似合わず結構なゲーマーだ。

 恐らく誘っているのは最新のゲームのどれかなのだろう。


「フフフ……そう言うと思ってな」

「あ?」


 未祐が紙袋を漁りだす。

 入った時から妙に大荷物だと思ったそれは――


「ででん! 最新型ギアのVRX3500だっ! しかも二個!」


 スタイリッシュなデザインの黒いゴーグル型のそれは、確かにCMで話題のそれだった。

 突き付ける様にして見せてきた一つは剥き出し、もう一つは抱えた箱の中に収まっているらしい。

 ギアを手にしてポーズ決めた未祐に対し、俺は乾いた拍手をぺちぺちと送った。


「おおー……お? あれ? それって転売防止の為に販路が実店舗のみ、それも一人一個限定ってニュースで言ってたような。お前、何で二個も持ってんだ?」

「うっ! 普段ニュースなんて見ない癖に……」


 そう、俺は普段ニュースをあまり見ない。

 しかし、そんな人間でも知っているレベルの社会現象を起こしているのが、未祐が持っている完全没入型のVRギアなのだ。

 発売と同時に開始されるゲームも既に複数ありFPS、MMORPG、スポーツ体感ゲームなどジャンルも多岐にわたる。

 3500という謎の数字は、実際にVRギアを試作した数だという噂が流れているが本当なのかどうか。

 発売日である昨日のバイト帰り、家電量販店には見たことも無い行列が出来上がっていて非常に驚いた。

 買うと同時に身分証が登録され、基本的に二個は買えないらしい。

 そんな事情もあり、どうやって一人で二つも手に入れたのか疑問なのだが……。


「あ、あー……実は、父さんを拝み倒してさ……」

「うっわ、会社帰りの章文あきふみおじさんを呼びつけたのか!? 疲れた体であの行列か……可哀想に……」

「通勤時間に整理券を受け取って貰って、帰りに一緒にな……。で、でも私だって苦労したんだぞ! 早朝に並んで、また夕方から長い行列に並んだのだから! 結局、延期で発売日が被ったせいで亘の誕生会には間に合わないし……22時を回っていたから呼び鈴を鳴らしても誰も出ないし……寂しくて少し泣いたぞ、私は!」

「あれお前だったのかよ! 非常識な時間だったから出なかったわ! スマホ使えよ、スマホ!」

「あ……忘れていた。驚かせたくて、黙っていようと思ったから……つい意識の外に……」

「ったく……夜中に一人で、危ないだろうが」

「いや、父さんも一緒だったぞ?」

「マジかよ! 章文おじさぁぁぁん!?」

「おかげで今日はぐっすりだ。家を出るとき、父さんまだ寝てたぞ!」


 本当に可哀想だ……土曜日にまで出勤してそれかよ。

 いやでもあの人、娘に物凄く甘いからな……。

 未祐が言う通り、昨夜は俺の十七回目の誕生日だった。

 母と、妹と、目の前のこいつとでささやかに祝う予定だったのだが……。

 結局こいつは来なかったので、残った俺作の手作りケーキがさっきまで冷蔵庫の中に鎮座していた。

 今は無事(?)に未祐の胃袋の中に収まっているが。


「と、とにかくだ。一日遅れではあるが……誕生日おめでとう、亘」


 はにかむような笑顔で、ラッピングされた大きな箱を手渡して来る未祐。

 俺はそれを、ありがたく受け取る事にした。

 最近ゲームからは遠ざかっていたが、素直に未祐の気持ちは嬉しかった。


「サンキュ。でもいいのか? こんな高価なもん」

「うむ、いいのだ! だが受け取ったからには、私がやるゲームに付き合って貰うぞ!」

「勿論、構わないけどな。それで、どのゲームをやるんだ?」


 VRギアがあれば、ネットワークに接続してやりたいゲームをダウンロード出来るとのこと。

 VRギアをパソコンに接続、個人情報登録等の諸々の手続きを済ませる。

 ええと、入手方法……贈与、と。

 登録に購入者である章文おじさんの個人情報も必要だった。

 そこまで中古や転売が憎いのか、という徹底ぶりである。

 それが終わり、ギアを充電しながら未祐の話を聞くが専門用語が多くて分からない部分がある。

 ちなみに俺のゲーム歴は小学生の時までだ。

 基本的な知識はあるので、ある程度は付いて行けると思うのだが。

 背中にのしかかってくる未祐の指示を受けながら、目当てのタイトルのダウンロードページへ。


「これだ、トレイルブレイザー!」

「トレ……ああ、開拓者ね。ストレートなタイトルだな」


 公式サイトではTBという略称を使用しているそうだ。

 世界観設定は余り明かされておらず、ホームページには「君の目で確かめてみろ!」とか「君が開拓者だ!」などという煽り文が書かれている。

 勿体もったいぶっていてややウザい。

 よくある中世風・剣と魔法のファンタジーMMOらしく、NPCに最新式のAIを搭載。

 なんと状況に合わせてNPCが自動でクエストを依頼してくるのだそうな。

 プレイヤーの行動によってゲーム内の経済の流通ルートが変わったり、国家間のバランスが変化するとかどうとか。

 その時、ピピッという電子音がしてVRギアが充電完了を告げた。

 確認すると、同時にゲームのダウンロードも終わった様子だった。

 それを見ていた未祐が待ち切れないといった様子で俺を急かしてくる。


「よし、行くぞ!」

「え、もう? 待て、ますはトイレに行ってから――」

「後でいい!」

「水も飲んでおこうぜ。長くやるならさ」

「後で――え? 長くやっていいのか!? なら私も水を」

「うん。ちょっと待ってろ」


 そんなこんなで、しっかり準備をしてから二人して横になる。

 これから眠る訳ではないので、何だか妙な感じだ。

 ベッドは未祐に譲り、自分はカーペットの上にクッションを敷いて寝転んでみた。

 少し当たりが堅く、後から体が痛くなりそうだが仕方ない。


 プレイ中は一部の脳の信号が遮断され、現実の体は動かないようになるそうだ。

 勿論、呼吸等の生命維持に必要な行動はきちんとするらしいが。

 VRギアを頭に装着しようと――うわ、こめかみが当たる部分に電極付いてるぞ、これ……。

 怖いな、大丈夫なのか? 不安になってきた……。

 没入型のVR事態が医療技術を発展させたものなので、問題ないと信じたいが。


「なあ、未祐。これって着けると意識が――」

「すー……すー……」

「無くなって……はぁ」


 行動早いな、相変わらず。

 仰向けでベッドの上に寝転び、形の良い胸が規則正しく上下している。

 無防備だな……って、腹が出てるじゃないか!

 タオルケットを掛けてやり、冷えない様に空調も弱めでつけておく。

 一度、部屋の外に出て家の中の鍵を確認。

 ――防犯も問題無いな。

 これでよしと……んじゃ、俺もそろそろやりますか。

 部屋に戻ってヘッドギアを頭に着け、側面にある電源に軽く触れる。

 無機質なメッセージの羅列が流れた後、俺の意識は電脳世界へと旅立っていった。

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