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第9話 物事全て例外がある・その2

「アビー……お前……?」

 ハーランは何かと『そういう目』で見る節がある。そんなときには一直線に心臓を貫いてもいいだろうかとアビーは思ったりもする。

 だが今日ではない。今日はめでたい日なのだ。


「町で絡まれてるところに、偶然通りかかったんだ」

「で、助けてやったんだろ? マジで王子様じゃねーか」

「その軽口を後悔することになっても知らねえぞ?」


 言い返されてハーランは、上着の前を軽くはだけて「ほう……?」と口を丸くした。意味がわからない。


 対するヒーロは部屋の奥で地べたに座り、座卓の上に肘をつき、両手を組んでそこに顎を乗せている。こちらも意味がわかるかといえばそんなことはない。


 時折アビーは、どうして自分がこの二人とパーティーを組んでいるのか心底不思議でしょうがなくなる。答えは似た者同士だからなのだが、本人のみそうは思っていない悲劇がそこにはある。


 アビーはアホ二人の挙動に突っ込んでも時間の無駄だと悟り、らんらんと目を輝かせて狭い部屋を見回している少年の肩を、ぽんぽんと叩いた。


 その合図に、クーはハッとなった。ややぎこちなく、頭を下げる。


「クーです! よろしくお願いします!」



 さてそのおそらく隣室へも響いたであろう大きな声を受け、固まっているハーランは多分わかっていない。どうせ頭の中は、どうふざけ倒すかということで一杯なのだ。

 ヒーロはさすがにリーダーなので、今の発言の意味くらい理解してくれていないと困る。


「……どういう意味だ?」

 困った。

「だから、こいつ入れるから」

「集合」



 クーは一旦廊下に放り出された。



「結局そういう意味じゃねーかよ!?」

「はぁ!? 何考えてんだテメーは!?」

「リーダーは俺だよな!? 何勝手してんだ!」

「聞け、ぜってー賛成するから!」

「お前の趣味に賛成なんかできねーよ! てか、ウワ!? じゃあ今までのルームシェアは……!? おいヒーロ、逃げようぜ!」

「仕方ない。まさかこんな別れになるなんて」

「気色悪い勘違いすんじゃねえよ!」

「じゃあなんだ!?」

「説明するから聞け!」

「聞くに値するかどうか判断するのはリーダーの俺だ!」

「ごちゃごちゃうるせーーー!」



 なんだかんだでこの二人、地頭は悪くないはずだ。そう思っていたのだが、改める必要があるかもしれない。アビーは隙あらば騒ごうとするトンチンカン二人を御しながら、事情を説明した。


 さておおよそ事情は理解したものの、それでもパーティーに加入させるべきか否かは、確実に裏が取れてからではないのかということになり、急遽だがクーの一次面接が始まることになった。


「クー君といったね。名前は?」

「クー」

「そうだったね。差し支えなければ呼び捨てでもいいかな?」

 このポンコツリーダーに面接官が務まるのだろうか? 面接されるべきは自分たちなのではないかと、アビーは思いながら聞いている。


「年齢は?」

「十三歳」

「てことはオレらの四つ下か」

「ずいぶん若いね」

「クー、こきょう、十三歳、おとな」

 特に珍しいことではない。現代でも、国や種族で様々なのだ。


「人間族に似てるけど、違うんだって?」

「はい」

「なんていうんだ?」

「△◆◆〇?×▼▼▲◇!」

 共通語では文字で書けそうにもない空気の音。ヒーロが自分の知識に検索をかけているうちに、

「何人くらいいんの?」

「村、50人、くらい」

 ハーランの割と的確な質問で、かなり希少な種族ではないかと推測された。

「どうして都へ?」

 態勢を立て直したヒーロが新たな質問を投げかけると、

「出稼ぎ」

 これ以上ない回答だった。



「何か能力はないのか?」

 不躾にハーランが尋ねた。



「クーの、目、鼻、耳、風、いっしょ、なる」



 なるほど……

 という顔を三人ともしていたが、理解していた者は一人もいなかった。

 この時は。



 ――数分後、面接の結果が通知された。


『限りなく合格に近い保留』

理由1:財布は絶対盗まなそう。

理由2:アビーが太鼓判を押すハイキック。

理由3:とりあえずメシでも食おう。

理由4:能力あとで見せて。



 そして四人は酒と食料を買ってきて、深夜までワイワイ騒いだ。クーに酒はまだ早かったようで、「毒」と吐き出したので拭かせた。

 翌日、実際に能力を見せてもらうため、四人は都の外へ出た。農地を越えてちょっとした林のあたりで、



「ここ、できる」

 とクーが立ち止まった。


 『できる』……若干引っかかる表現でもあった。だが、クーは共通語を使いこなせていないし、深い意味などないかもしれない。


 三人が、生まれたときから三つ子だったみたいに並んで腕を組んでいると、



「☆◇……〇〇▽◇……」


 共通語ではない、かといって古代語とも違ってそうな、囁くような声。

 三人はこれが紛れもなく『詠唱』だと、本能的に感じた。


 さらにごにょごにょと呟きながら、クーは、人間族からはおよそ発想できないリズムで舞った。


「軽くなろうとしてんのかな」

 ハーランがポツリと漏らした。

 後に知るが実はこれが正解だった。こういうところがあるのでこいつは紙一重だ。


 クーはひとしきり踊ると、くにゃりと体を曲げて地面におでこをつけた。

 すると、


 ――ヴァッ……!



 クーの全身から蒸気がほとばしった。三人は反射的に顔をガードした。



 そしてクーは、ゆっくりと立ち上がった。茫洋とした眼をしている。

 思えば瞳の色が若干色が違うか? 恥ずかしながら、そこまでちゃんと観察している者はいなかったため、確証はない。



「あっち……金色の、チョウチョ」



「「「……ん?」」」

 クーは今度は別の方向を指さし、

「狸の親子、餌食べてる。あっち、小鳥、ピヨピヨ、三羽」


「「「……んんん?」」」


「あと、小さい、虫、とか、もぐら。あんまり、いない、この、林」



 幾分がっかりしたように、クーは肩を落とした。



 そんな本人とは対照的に、三人に広がった波紋は、徐々に大きくなりつつある。


「……あれ? これ、魔法か? 違う? 魔の気配したっけ今?」

「なんも感じなかったぜ、オレは」

「古代語じゃなさそうだったけど、他に何があるっけ?」

「そりゃ……あるだろ、何かは、他にも」

 ヒーロ、ハーラン、アビー、またヒーロと、神妙な顔をして、なぜだかこちらも小声のやりとり。

 だがこれは悪ノリではなかった。


 三人とも同じ気持ちが芽生え、どんどん大きく育っているのだ。

「マジか?」

 という。


 というのも。

 種族『その他』の特殊能力については――


 ――禁止する法律は基本的に存在しないのだ……!




「たしかめ、行かない、の?」

「「「行く!」」」


 三人は跳ねるように駆けた。スキップとも言う。はたから見たら大変気持ち悪かったかもしれない、男三人が満面の笑みでスキップは。


 クーも嬉しそうにヒラヒラ舞いながら先導してくれた。そして当然、ある程度の距離で「しっ!」と止まり、それからそろそろと忍び足。


 果たして、金色の蝶も狸の親子も小鳥も、間違いなくそこにいた。初めから疑ってなどいなかったが、これで100%確定した。




 クーの種族の能力は、広範囲の生物の存在を感知し、掌握するものなのだろう。それを『風』と表現しているのだ。


 その後、もう一度だけ発動してもらった。三人とも目を皿にし、肌を研ぎ澄ませて感じてみたが、やはりこれは、魔法の類とは思われなかった。念のため、帰宅したらヒーロが調べてみるということになった。(稀に、特殊能力ではなく既存の魔術の場合があり、それだと適用される法律があったりするので上手くない)



 結果から言うと、原理は精霊術に近いものの、完全に別の能力であった。


 よって――たとえレベル2だとて、クーがこの能力を行使することを、罰する法律はない。


 野戦において最も重要な『位置』を完璧に掌握できる術。これが有用でなくてなんなのか?




 諸々踏まえ、クーに通達された最終結果は以下となる。


『究極の合格』

お願いですから一緒にパーティーを組んでくださいどうか――

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