第8話 物事全て例外がある
アビー、ハーラン、ヒーロの三人は、「あと一人くらい欲しくない?」と言いながら、二年の時を無為に過ごす。
無為は言い過ぎかもしれない。三人とも意欲的にメンバー探しに励んではいたのだが、中々縁に恵まれなかったのだ。
「また明日詳しく話を聞かせてください」と言い残し、二度と現れなかった魔法剣士。一度は参加すると言ってくれたものの、「前から入りたかったパーティーに誘われて」と、数日で抜けてしまった魔法剣士。酒場で意気投合し、アパートで朝まで飲み明かした魔法剣士は、寝つけなかったヒーロが薄目を開けていたら、三人の財布を盗もうとしていた……
さすがに最後の一人は「もうちょっと慎重に相手を見定めよう……」と方針を固めるきっかけとなった。ちなみに全員魔法剣士なのは、レベル2以下の冒険者では、魔法剣士の割合が一番多いからに他ならない。
本心を言えば三人とも、『魔術師』系のメンバーが第一希望だった。
だが――現代において、魔術系職業はまず冒険者の求人市場には出てこない。
それはなぜか?
ここにも冒険者法が絡んでくるのである。
原理原則から言えば、魔術の道に進むと、それ以外の道が完全に断たれる。
理由は単純。魔術には、それほどの力があるからだ。
※ちなみに『魔術』の呼称は、「より専門性の高い魔法」に使うとされているが、世間では『魔法/魔術』は特になんのこだわりもなく混同されている。
魔術の道に進むというのはどういうことか? 具体的に二つの方法がある。
1、黒魔術学校(無論学校ごとに名前は違ったりするのだが、一般にまとめてそう呼ばれる。平たく言えば攻撃系の魔術を習得できる学習機関である。総本山は賢者の学院)に入学する。
2、白魔術学校(こちらも同様に正式名称は学校により様々。こちらの大本は癒やしの学院と呼ばれる。その名の通り治癒系の魔術を主に扱う)に入学する。
どちらも入学資格に人種や性別の規定はないが、素養は必要だ。それを的確に言い表した言葉がある。
「このノブを回せば扉が開く。それがわかっていても、握力がゼロであれば扉は開かない」
残念ながら握力がゼロの場合(つまり魔への素養が皆無の場合は)入学を断られてしまう。まあ、人類は誰でも多かれ少なかれ『無限』と紐づいていると言われており、滅多にないことだとされてはいるが。(魔法とは、無限界の力を利用し、物質界に何らかの作用を起こすことである)
さてどちらの門を叩くにせよ、審査と試験を突破する必要があるし、入学時・在学中には、奨学生でもなければ学費がかかる。一昔前と違い、今では法外というほどではない。
学費よりも大きな問題なのが、冒険者法に規定されている、『魔術師の職業選択規約』である。通称『魔術師転職禁止法』とわかりやすく呼ばれている。
読んで字のごとく。魔術師は、一度魔術師を『志し』たが最後、転職が禁じられてしまうのだ。かつ、そもそも就ける職業も限定される。
ずいぶん厳しいようだが、社会のバランスを保つためには、これは必要不可欠の措置であるとされている。
たとえば、破壊魔術を習得した者が炭鉱夫に転職したらどうなるか……? 一人だけ飛び抜けて働きすぎるため、同業者たちの仕事を奪ってしまうだろう。
あるいは、もしも医療魔術を習得した者が、開業医の隣に『治療請け負います』と看板を出したらどうなるだろうか……?
医者は終わりである。(実際には、あらゆる病を根治できるほど魔術は万能ではないが、医者と白魔術師、一般的なイメージで、どちらの診療所に通いたいかという話になってくるのである)
導師マギ・ラトルは言った。
「魔具は便利で簡単な物。これからの時代、ありふれるほど普及しなければならない。だが魔術師はいつの時代も賢者でなければならない」
MA.GU.RE.FAは創設者の思想を体現するためにも、魔術師の数を厳正に管理しているのだ。
そしてやはり、この思想は間違いではなかったようだ。過ぎたるは及ばざるが如し。不便は努力のスパイスなのだ。
そういった背景もあり、レベル1の(当時既に三人とも2に上がっていたが)冒険者のパーティーに、魔術師が加わってくれることなどまず有り得ない。たしかに魔術師転職禁止法に、冒険活動を禁じる項目はないのだが……
――数々の難関を乗り越え、魔術師として未来が開けた者が、わざわざ低レベルパーティーに参加する意味などあるのだろうか?
答えはノーである。仮に冒険者になるとしても――
魔術師系職業であれば、すぐに高レベルのパーティーにスカウトされてなんらおかしくはない。
戦闘可能レベル未満の場合の逃亡義務は同じくあるが、『魔術師帯同特例』など、抜け道がわんさかとある。
レベル15のパーティーにレベル1の魔術師が同行することだって別におかしくないのである。それくらい魔術師は貴重であるし、優遇されているのだ。
そもそも冒険者にならなくとも彼らは一生食っていける。……魔術師転職禁止法に違反さえしなければ。
なので、レベル2以下の魔法使いに会うことは、ゴブリンと遭遇することより確率が低いとさえ言われていた。が――それは間違いである。
可能性が完全にゼロであったらば、三人だって『第一希望』などと言いはしない。
例外はあるのだ。そして――
――結論から言えば、三人はその例外を引いた!
それこそが四人目の仲間、種族『その他』のクーであるのだ。
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「すいません、お金、ない、です」
路地裏から聞こえてきたたどたどしい声に、アビーは心を痛めた。
タカりだ。
嘆かわしいことに、冒険者が冒険者を食い物にすることも、さして珍しいことではない。
レベル2連中は、誰も彼もが倦んでいるのだ。アルバイトに励める者だけではない。
新入りを狙い、ストレス発散がてら小金をせしめようとするクズもいる。
「なんだコイツ、どっから来たんだ? どこの訛りだよ!?」
嫌な声だった。しかも、本人に返していない。周囲にいる仲間に向けて言っている。
アビーの足は本能的にそちらへ向いた。
「クー、こきょう、△〇×◇!、です」
小柄な少年がチンピラ四人に囲まれているのが見えた。
典型的だった。アビーはギリっという奥歯の音を聞いた。
「聞いてねーよ」
「とりあえず全部脱げや」
「ぬぐ?」
「そうだよさっさとしろよ!」
「そんで土下ざ――ッ!?」
速足で近づいた勢いのまま一人を殴り飛ばした。
「なンだてめ――がはっ……!」
もう一人の鳩尾を突き『く』の字にさせる。
「ンだコラァ!?」
「あぁ!?」
だが不意打ちはそこまでだった。残りの二人には身構えられてしまった。
時間をかければ倒した二人も復活する。
案外やべえどうするか……?
と、
「どぅほぁっ!?」
バネの利いた良いハイキックだった。
絡まれていた少年が放ったのだ。残った二人のうちの一人に。
「てめっ――ぐぁっ!」
そちらに目が向いた一瞬の隙に、最後の一人の横っ面を張り飛ばすと、
「こっちだ!」
アビーは走り出した。
「はい!」
こんな状況は万国共通なのであろう。少年もすぐにアビーの背を追ってきた。
※ちなみにだが、このとき既にアビーはギドに師事している。しかし、『絶命させる』方法ばかりを鍛えているので、徒手空拳での対人戦闘はこんな感じになるのであった。「自分、そんなに強くないなぁ……」とこの後彼は悩むが、パンチ一発で人を再起不能にする方法など、そもそも師は教えていない。
右折し左折ししながら数ブロック路地を駆け、この辺りまでくれば平気だろうと、後ろを振り返ると、
「ありがとう!」
真っ白い歯を見せて少年は笑った。
アビーはちょっと驚いた。足には自信があったのだが、楽々着いてきていた上に、息一つ切らせていない。自分より二つ三つは年下のように見えるが……?
「……冒険者?」
「さっき、戦士、登録、しました」
戦士……やっぱりなとアビーは思った。辺境からやってきて、まだ何も知らないのだろう、ただただ不利なだけの職業で登録をしてしまっている。
「書類、書けたんだ」
かと言ってそれを初対面でそれを伝えるのもとも思い、間を埋めるために出してみた質問に少年は、
「親切、人、助けて、くれました」
なるほど。誰かが代わりに共通語を書いてくれたのか。
「おかげで、登録、終わり。お礼、お金、あげました」
「…………」
不憫なことに、この人懐っこそうな褐色の少年は、既に全財産を巻き上げられた後らしかった。大方、人の良さそうな顔で近づいてこられ、疑いもせずに代筆してもらったのだろう。
アビーがなんとも言えず視線を留めていると、少年はニコニコしながら誇らしげにポータブルライセンスを取り出した。と、
「その色……間違ってるぞ」
「え? なにか、違う、ですか?」
「ほら」
アビーは自分のライセンスを見せてやった。
片手に収まるカードサイズの魔具は、銀色に縁取りされている。
「色、違う」
少年は紫色に縁どられた自分の物とアビーの物を見比べて、首をひねった。
「人間はこっちだ」
人間は銀、エルフは緑、ドワーフは赤……というように、ポータブルライセンスの縁は、ある程度見分けがつきやすいように色で区別されているのだ。
結局、書類もいい加減に書かれていたのか……アビーは少年のことが、より一層可哀そうになり、この時点で今夜くらい泊めてやろうと思い始めていた。
「まあ、今日登録したんなら、訂正もすぐだろ。行ったのはどこのギルド?」
すると少年はぶんぶんと首を頭を振った。
「人間、違う」
「え?」
「クー、種族、△◆◆〇?×▼▼▲◇!、です」
嘘をついているとは思えなかった。
たっぷりと時間をかけて、その意味がアビーに染み込んでいく。
これは、まさか、もしかすると?
――いやいや待て待て。種族だけでは意味がない。重要なのは、『どんな』種族かだし、それに、誤解してくれるな、自分は知らなかった。下心で助けたわけじゃない。下心と言えば、この子はかなりの美少年だが、そっちの趣味も全くない。そもそも最初は声だけで助けたじゃないか。そうだ、だからこれは、『だから』じゃない。それに、会話しながら、既に決めていたじゃないか。可哀そうだし、飯を奢るくらい、宿がなければ今夜一晩泊めてやるくらい、してあげようって、さっきもう決めてたじゃないか。だから、これはその延長で、打算ではない、たまたま、たまたまなんだ……!
二年間待っていたチャンスに飛びつくだけなんだ!
「……よかったら、うちのパーティーに来ない?」