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第71話 売り言葉には買い言葉がある

「見てトーコさん! デカい蜘蛛だー!」

「そりゃいるでしょう」


「うわぁーっ!? ツタが腕に絡まったぁー!?」

「一歩戻ってほどいてください」


「あれ? もしかして、家に忘れ物してきたかも?」

「なんなんですか!!!」




 それは何度目かの雑な時間稼ぎが失敗したときのことだった。



「一体なんなんですか!? 何が言いたいんですか!? 言いたいとしたら何ですか!? 直接言えないことなんですか!?」


 すわ今度こそは討伐せしめんと、意気高く一行を率い、実質的なリーダーを自負していたトーコは。


 目的の判然としないモチャつきに苛立ち、ついに怒声を発した。



「なんのアレかもわかりませんが! 仕事中なんです! 依頼達成を狙う、大事な行軍なんです! そういうふざけはやめてください! もう、金輪際!」



 その後。

 空気だけを悪化させた一行は、また黙々と歩き続けていた。




 さて結構マズイ状況だ。と、クーを筆頭に、男四人は思っている。

 本当は作戦会議がしたい。打ち合わせがしたいのだ、四人は。


 だがその議題が「いかにしてトーコを気絶させるか」であるというのだから、時間をくれとは言いづらい。というか不可能だ。


 そしてまた、正攻法で、采配だけで勝利を掴み取れると信じているトーコのこともまた、止めづらい。


 実際おそらく――ちゃんと戦えば負けはすまい。まず、大敗するとは思い難い。

 その自信はある。

 しかし決定打がない。彼ら四人は、それについて何日も何日も悩み続けてきた。

 ただだらだらと押し合い引き合い戦い、タナボタのラッキーを待ち続けたところで、勝率はほぼゼロだという結論に至っている。

 その結論まで達している分、男四人の想像の方が、トーコよりも先を行っている。

 当然だ。自分たちの力が中途半端であることは、自分たちが一番わかっている……




 しかしながら……!

 トップだけが成功を信じて疑わないプロジェクトというのは、いかんともストップをかけ難く……!

 そしてまた作業者にとっても、絶望の歩みはでありながらも、「もしかしたら、運が良ければ、イケることもあるかも?」という一縷の望みもないわけではなく……!


 また、当事者が自分一人ならともかく、他に数名もいると、他人の出方も伺ってしまい……!

 「一回立ち止まって考えようよ!」とは中々言い出しづらい雰囲気……!



 ――誰が言ったか。

 なまじ希望モドキが見えてしまっている方が、事態はよっぽど絶望的なのである――




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「これじゃダメだぁああああっ!!!」


 突如、アビーが叫んだ。

 これにはトーコのみならず、ヒーロ、ハーラン、クーの全員が同時にビクっとした。


 それくらい唐突であった。



 唐突であり、アビーは真剣だった。心の底から、骨の髄まで。


 彼は思う。


 惜しかった(・・・・・・)ねと言うために。

 また次があるよ(・・・・・・・)と言うために。


 ここまでやって来たわけじゃない……!



 是が非でも! モノにしなければならないのだ!

 このチャンスを! 掴んで、レベル3冒険者に上がることが、できなければ(・・・・・・)!



 暮らしはまた、砂を噛むような……! 出口のわからぬトンネルの中、か細い光を信じて、いつか訪れる我慢の限界に怯えながら、挫折の日が今日にならないことを、祈りながらアルバイトをする生活に逆戻り……!



 あの日々を思い出せば!

 いまこの状況を――難しい、仕方がない、詰んでいる……などと言って!

 諦めてしまうことが、一番わけがわからない!!!



「……ふーっ……! ……ふーっ……!」


 という、思いの丈を、アビーは一つも口にしたわけではない。

 ただ怒気のようなオーラのような、目には見えない何かに混ぜて、全身から噴き出したような気持ちになっただけである。



 ……厳しい言い方だが……! それはあくまで『察してくれ』のアトモスフィアであったわけだからして……!




「……これじゃダメ、というのは?」


 ピシッ! とメガネに雷を走らせながら、トーコが振り向いた。

 その声は地獄の魔王を氷漬けにするほど冷たい。なぜなら、そう――


 度重なる進行妨害により、苛立っていたところに加え――


 アビーの発した「これじゃダメだ」の『これ』というのが……今の「トーコを指揮官としたフォーメーション」のことを指しているのだと理解したため――



 怒りがトサカにきたのである! トーコは!


 これも無理からぬことであった! もしもアビーが、言ったなら!

 これまでの三年間を、この依頼、オーディションにかける想いを、これまでの経過を、何日も繰り返してきた作戦会議を、全てトーコに理路整然と打ち明け、その上で、これじゃダメだと思うのだけどと、そういう言い方をしたならば!


 おそらく通じただろう! そう言われて、慮らないトーコではない! 彼女は冷淡な人間でも傲慢な人間でもない! 頭に『昨今稀な』とついておかしくないほど、真面目で実直な子なのだ!


 だが言わなかった! アビーは全てをすっ飛ばして、「これじゃダメだ」と言ったわけなのだから!


 同じ過去を共有しておらず、事情も知らないトーコからしたら、謂われなく自分が非難されたように感じてしまって当然だった!

 しかも絶叫だ!

 さすがにもう黙っていられない、といった風情だったのが――さらに良くなかった!


 「え? 私、そんなに我慢させてましたか? 何勝手に我慢してたんですか?」……と。

 「だったら早く言って欲しかったんですけど。言えばよかったじゃないですか」……と。



 逆鱗が逆鱗を呼び(そんな言葉無いが)、瞬間瞬間ごとに、怒りが倍々ゲーム……!



 ――そんな心理になってしまったが故に、トーコもトーコで、アビーに対して配慮しようという心の余裕がいっぺんに吹き飛んでしまったのである……!




「一体、何が『ダメ』なんですか? 何をすれば良くなるんですか? 教えてもらえませんか、アビーさん?」


 吹雪も真っ青になるような冷たい声だった。。

 クーが一早く耳と目を閉ざして心をガードした。パーティー一賢くとも、最年少は最年少で、身近な相手同士のブチギレバトルには耐性が無かったのだ。


 ヒーロとハーランも、突然の展開に、はらはらしながら二人を交互に見つめている。



「……このまま戦っても、トーコさん。昨日と同じです。倒せませんよ、フォレストドラゴンは」

 トーコの怒りを真正面から受け止め――アビーは語順がとっ散らかった。

 想像以上に怒っていたため、多少怖気づいたというのが真実だ……!


「倒せますよ」

「どうやって?」

「昨日の敗北は作戦ミスです。私が外から全体を見ながら指揮をすれば、必ず勝てます」

「必ずって、保証は?」

「自信がないんですか? 戦うのはみなさんですよ?」

「負けない自信ならありますよ、ただ、どうやって倒すんです?」

「トドメ役のあなたがそんな弱気じゃ困りますね、アビーさん」

「おれの責任ってことですか」

「責任ではなく、役割です。自信ないんですか?」

「なくはないですけど、それには、相手が止まってないと」

「手間がかかるアタッカーですね」

「現実的に!」

「わかってます! 隙は、戦闘中に見つけます! あるでしょ絶対、止まる瞬間くらい!」

「それが運頼みだって言ってるんです!」

「はぁ!? 何も言ってませんでしたよね!?」

「勝てません、そんな作戦じゃ!」

「やってみなきゃわからないでしょう!」

「だいたい想像つくでしょう!」

「想像は所詮想像でしょう!」


 口論開始時は、どちらかと言えば、アビーの方が冷静だったかもしれない。

 だがトーコは、知ってか知らずか……彼の地雷を踏みまくった……!


 アビーは過信はしないが謙遜もしない。なので『自信』という単語を嫌う。それのあるなしで結果は変わらないと考えている。

 また、『イメージ』の力を信じてもいる。そうやってこれまで鍛錬してきたからだ。その二つを踏みにじられ――



「ぃゃだ・か・ら!!! だからダメなんでしょーが!!!」


 頭に血が上り、発言が子供レベルに戻ってしまった!


 こうなればザ・泥沼だ!



「何が『だから』よ!?」

「負けるって!」

「理由は!?」

「言ったでしょ!?」

「はぁ!? もっかい言え!」

「運悪かったらどうするんだよ!?」

「運も実力でしょ!?」

「こっちは命賭けるんだぞ!?」

「あたしだって命懸けよ!」

「指揮するだけだろ!」

「狙われることもあるでしょ、敵には関係ないんだから!」


 ついにトーコからも敬語が失われ――掴みかからんばかりの距離、恋人同士だったらさぞ仲が良いのだろうなと言われる距離まで顔を近づけ、罵声を浴びせ合う二人。


 こうなったら反射だった。互いに主張などなくなっていった。

 ただただ直前の相手の言葉尻を捉え、一瞬でも詰まることのないよう、即座に言い返す。



 互いにただそれだけのマシーンになっていた。




 ――なので――




 ……メキ……!



 その音に全員が同時に気づき、そちらを向いたときには、既に――



「「「「「!!!!!」」」」」



 動く家――八メータルオーバーの巨大トカゲ、フォレストドラゴンが。


 あまりの騒音に怒り狂い、突撃してきている真っ最中だった。




 ――やべぇ! 刹那、クーによぎる二つの思考!

 そうだ、あのトカゲ、『月の牙』のときも、騒いでたら襲ってきたんだった!

 二人の口喧嘩を聞きたくなさすぎて、『気配感知』切っちゃってた――!




 最悪の状況から第二戦のゴングが鳴った――

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