第69話 再戦が迫ぁる
トーコの背負っていたテントなどの荷物は、二晩泊まった野営地に置いておくことになった。(一応、保存食は木の枝の上に隠し、ヒーロが周囲に細工を施していたので、野犬に荒らされる心配もないだろう)
そして再びクーが儀式を行い、『気配感知』状態になると――(ヒーロは『半永久的に継続する』と言ったが、普通にそうではなかったことが判明)
一行は、再び森へ突入。フォレストドラゴンの元を目指す。
前日、手も足も出ずに、ほうほうのていで逃げ帰ったというのに、舌の根も渇かぬうちに(この際舌は関係ないのだが)再チャレンジを挑もうというのは、どういうわけか?
――答えは一つ。事実上のリーダーが、トーコにすげ替わったためである。
「あのフォレストドラゴンは、この辺りのヌシとして君臨しているのでしょう。であれば、昨日程度の交戦で、住処を変えるようなことはしないはず。同じ場所を目指しましょう!」
と、意気高く、最後尾だった昨日と違い、クーのすぐ後ろをズンズンと歩いていくトーコ。
もぐらも飛び起きようかという足音を立てているのはどうかと思われるが……クーがうるさいと言わない限りは、放っておいても問題ないということなのだろう。
ともかくトーコは今、使命感と責任感に満ち満ちてしまっている……! この依頼を成功に導くのは自分なのだ、と言わんばかりに……
ありがたいことなのである。本来不干渉でいるはずの監査官がこれほど積極的に、冒険に協力してくれるというのは、非常にありがたい話では、あるのだが……
――アビー、ヒーロ、ハーランの三人は、森林の中の狭い獣道に関わらず、できるだけ身を寄せ合い、ヒソヒソと言葉を交わす。
「……どうすんだ……? このまま、またあのデカブツに突っ込むのかよ……?」
ハーランが眉間に皺を寄せる。
「昨日の二の舞になるだけだろ……」
「おそらく」
ヒーロが微かに口を開く。
「トーコさんは、采配次第で勝てると踏んでいるんだろう」
というのは、『指揮を執る』という宣言からの類推でもあった。
察するに、トーコの頭の中には……四人がこう動いて、そう動けば、フォレストドラゴンがああなるから、ドンとトドメを刺せば勝ち……のような、絵図が描かれているのだろう。
だがそれは、机上の空論もいいところ。自分の頭の中の机の上で、敵も味方も全ての駒が自分の想定通りに動くからこそ、もたらされる『超ムシがイイ展開』に過ぎない。
一手ズレただけで、戦略は破綻する。そして、現実の戦闘には、必ず予想外の事態が発生する――
バッサリ、『そんなに甘かねぇ』なのだ。
その感想は、トーコを除いた四人には当然の共通認識になっているのだが……不思議なことに、指揮官だけが、それ通りの勝利が転がってくると信じて疑ってない様子。
彼女らしくない、というほどに、付き合いが長いわけではないが……それだけ、かかって(・・・・)いるという、ことなのだろうか?
「……プランAは、消えたな……」
意気揚々と歩くトーコの背中を見ながら、ヒーロが呟いた。
――ものだから、トーコは不意にくるりと振り向き、
「少し遅れていますよ」
と言われたときには、アビーヒーロハーランの三人は同時にビビった。
「「「はい」」」
と口を揃えて返事をすると、トーコは満足そうに頷き、また前方へ向き直る。
「迂闊に凝視すんじゃねーよ……!」
「トーコさん、鋭いな……!」
「……すまん……!」
二人に小声で注意され、ヒーロもまた囁き声で陳謝した。
――さて『プランA』というのは、昨夜出た案の中で、最もシンプルな作戦だ。
「全力で走ってトーコを置き去りにし、追いついてくる前にターゲットを倒す」というものである。
超がつくほどシンプルであるが――これなら、誰かを傷つけるようなことも、おそらくはない。(なんで急に走り出したんですか、と問い詰められることは必至だが、そこは一旦置いといて……)
だがそのためには、トーコが後方に位置することが条件となる。。
今の隊列のように、先頭近くに陣取られてしまうと、ほぼほぼ不可能になってくるのだ。
※プラスして、トーコは決して足が遅いわけでもない。なんならハーランよりも速いかもしれない。
「まあ……プランAはいいだろ。あれはメインで狙うような作戦ってよりも、常に頭に置いといて、もしも隙があったら実行、ってタイプのヤツだ」
ヒソヒソとアビーがそう言うと、ハーランとヒーロもコクコクと頷いた。
「となると、B以降のプランになるわけだが……」
プランB以降は、白紙だ。
というか……元々、彼らの予定としては。
もっと行軍にじっくり時間をかけて、周囲の地形などを把握しながら、道々案を出していく――
――それがプランBだったのである。プランBはプランの卵であったのだ。
(よって当然、C以降が『卵以上』の粒度である可能性なども、あり得るはずがない)
「……なんにせよ、このままガンガン進まれるのはまずい……」
ヒーロが両手で己の顔をパタパタと扇ぐようなムーブ。
するとその意味はきっちりと伝わった。要は「カモン」であると察し、アビーとハーランの二人は、より一層顔を近づけてきた。
(そこら中に大小様々な木々が生え、ツタやヤブに阻まれた、そこそこ険しい道だというのに、歩きながら三人横一列になるのだから、まったく器用なものである)
「休憩を提案するってのは?」
アビーが囁くと、
「まだ出発していくらも経ってねーぞ」
ハーランが密やかに問題点を指摘。
「お腹痛い、というのはどうだ?」
真面目な顔してヒーロ。
「なんだそりゃ?」
さしものハーランも呆れ返る。
がしかし、なぜか尚も確信を抱いたような表情で、このリーダーは、
「他にいい方法があるか?」
超ありそうなのだが……
「迷っている暇はない。三人同時にいくぞ」
……はぁ???
「――あぁああああああっ! は、腹がぁあああっ!」
ヒーロは大声を上げると、いきなりその場にうずくまった。
何事かと、前方のクーとトーコが振り返り、ぽかーんとこちらを見ている。
「……なに見てんだ、お前らもやれ……!」
アビーとハーランまで呆然としていることに何やらイラついたのか、舌打ち混じりにヒーロが小声で命令してきた。
瞬間、判断を迫られる。
「オ、オイ……?」と、引きながらツッコムか?
あるいはそれとも乗っかるか?
――アビーが選んだのは、後者だった。
ダメ元という言葉が、嫌いではない男なのだ!
「うぐぅうううううっ! い、痛ぇえええええっ!」
アビーも同じように、叫びーの&うずくまりーの。
「「……ハーラン……!」」
珍しくハーランが出遅れていた。
急にシャウトはちょっと芸風と合わないので、戸惑いがあったのかもしれない。
だがさすがに二人に上目遣いで睨まれると、
「ぎゃぁあああああーーーす! 腹痛だーーーーーー!」
そんなわけあるか! という雄叫びとともに、腹を抱えてしゃがみ込んだ。
「腹痛ぇえーーー!」
「無理だこれーー!」
「うわーーーーー!」
遠く、バタバタバタ……と、鳥が飛び立っていく……
ひとしきり、三人は叫んだ。
おなかが痛いのだと。
今日は無理なのだと。
歩きたくないのだと、いうことを――
――そして、ややしばらくしたのち。
「……やったか……?」と、三人は顔を上げた。
すると、
「これ、飲んでください」
不機嫌そうな無表情(というのもヘンな表現だが)のトーコが、丸薬を差し出してきた。
「三人同時ということは、食中毒かもしれません。私とクーさんは平気ですが。ともかく、飲んでください。一発で治ります」
その申し出を断る理由は――なかった……
「まったく……! 睡眠不足なんてしてるから、抵抗力が落ちるんですよ……! というか、一人痛くなったら自分もって、子供じゃないんだから……!」
ぷんすかと頭から湯気を噴出しながら、背を向けて引き返していくトーコは、それを飲む瞬間を見届けようともしていない。
――ジャブ的な時間稼ぎは失敗に終わってしまった。
アビー、ヒーロ、ハーランの三人は、改めて顔を見合わせた。
この状況、どうするか……?
前方からは、クーも不安そうな表情で、三人を見ている……