第68話 まさか寝て、ない!?
「まさかみなさん、昨夜『も』、一睡もしてないんじゃ?」
テントから出てきたトーコは、男たちの様子にギョッとし、思わず速攻で言い放った。
「そのもしかです」
「まさか、と言いました、私は」
あ、このテンション。二徹目だ。トーコは悟る。
昨日は相当走ったし、肉体は疲れていたはずだが……
……それよりも、成す術なく敗走した事実、歯が立たなかった悔しさが、彼らの精神を昂らせ続けてしまったに違いない。
そう彼女は理解した。そしてとりあえず、
「交代で向こうの沢に行きましょう。顔洗った方がいいです」
「トーコちゃんは?」
「私はテントの中で済ませましたから」
というわけで、本日は洗顔からのスタートとなる。
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「――っぷはーっ……! 生き返るぜー……!」
丸ごと突っ込んでいたツルツルの頭をザパっと川から上げ、気持ちよさそうにハーランが首を振る。
「やめろ、水飛ぶだろ。犬か」
アビーが嫌そうに手で顔を守ると、
「思いついたぜ」
顎から水を滴らせながら、急にイケメンな表情で、ハーランが言った。
「フォレストドラゴンを川辺に誘い込み、トーコちゃんが足を滑らせて、川を流れているうちに、魔術。どうだ?」
「名案だ」
アビーが淡々と答える。
「どうやって足を滑らせ、川に落ちたのか。そのミッシングリンクが埋まればな」
――先にヒーロとクーが顔を洗って戻ってきて、二巡目。
今度はアビーとハーランの二人が、近くの沢まで顔を洗いに来ていた。
本日も、気持ちのいい快晴。野営場所から、緑一色の草原をのんびり歩いて抜けてきて、清流。サラサラという音も爽やか。
しっとりと濡れる石には沢蟹が渡る。
なんだか久しぶりに景色を見た気がする、とアビーは思う。
「お前も考えろよ」
手拭でさっと顔をふき、堅く絞りながらハーラン。
「トーコちゃんを気絶させる方法」
――昨夜採択された、最新の四人の作戦。それは……
「監査官に気づかれないように、ハーランが一時的にポータブルライセンスをヒーロかクーに渡し、ログに記録が残らぬ状態でハーランが魔術(ゴリゴリに違法)を放ってフォレストドラゴンの動きを止め、しかるのちにアビーが、以前から言っていた方法でトドメを刺す」
……というもの。
はっきり言って……これは相当……
――「勝機が見えた」と断じてしまって、過言ではない……!
条件である『監査官の監視外し』さえクリアーすれば、その先、ハーランの行使できる魔術には、かなり多くの選択肢がある。(誰もその目で確認したことがあるわけではないのだが、ハーランはこういうことで嘘をつく奴ではない。不思議とそういう安心感がある)
よって――お膳立てさえ整ってしまえば、かなり高い確率で、目標を討伐してしまえるだろう。
だが……その『条件』も、単純とは言い難い。
「……気絶、かあ……」
川を見つめながら、ポツリとアビーが漏らす。
「やっぱ、そうなるのかあ……おれ、治療までしてもらったんだよなあ……」
そう。
この作戦の場合、トーコ一人、可哀想な目にあってもらわなくてはならない……
「……まーそのへんは、オレも色々、思うけどよー……」
まだたった数日の旅ではあるが――冒険者と監査官はまさに一蓮托生。五人目のパーティーと呼べるほどに、トーコとは絆を育みつつある。
もっと言えば、この依頼が無事成功すれば、これから先も、彼らのパーティーを担当し続けることにもなるだろう。
そんな……『仲間』を。
彼らは何かしらの方法で、現場から遠ざけ――
――その一瞬の隙に、ターゲットを始末してしまおう、と画策しているのだ。
「しゃーねーって、全部は無理だ、全部を完璧に守ったまま勝つってのは」
ポンポンとアビーの肩を叩きながら、ハーランが真剣な表情で諭す。
「オレは思ったぜ。こりゃもー、贅沢言ってられる状況じゃねーってな。残念だけど、トーコちゃんには涙を飲んでもらうしかねーよ。……初仕事の思い出を奪っちまうっつーのは、酷だけどなー……」
あ、フォレストドラゴンをやっつける瞬間が見れないことが、その記憶が残らないことが可哀想ってコト? あ、そっち??? と、アビーは思った。
だがまあ……そっちなのだろう。そっちで考えた方が、だいぶいい気がする。
「……だからこそ、危険な目には、絶対に合わせないようにしないとな……」
唇を結び、アビーは誓った。
二つの意味で。
一つは、気絶させるにせよ遠ざけるにせよ、トーコには傷一つ負わせない、ということ。
もう一つは、この違法行為を、決して悟らせないようにすることだ。
彼女が冒険者ギルドの職員、正社員であることを考えると……万一露見し、何かの間違いで『共犯者』と認められたりしてしまった場合、どんな処分が下されたとしてもおかしくはない。
初依頼で初違法。そんな真相を墓まで持っていくのは、自分たちだけでいい……!
「急に風邪引いてたりしてくれねーかなー」
帰り道、ハーランがそんなことを言うので、
「やめろよ、不謹慎だぞ」
と諫めると、
「でもそしたら、安静にしなきゃだろ? その間に討伐してきちまえば……」
「トーコさんを一人にはしておけないだろ」
「だから一回、宿場に送り届ければ」
「あ、そっか」
確かにそれなら問題はなさそうだった。(まあ監査官の業務上、たとえ風邪を引いてからと、冒険者だけに討伐をさせることはないので、もし現実そうなった場合は、全員一緒に休息することになるのだろう)
だがどんな場合においても、自分の都合で他人の体調不良を願うというのは、決して褒められたことではない……
――だから、そんなことを言ってしまったときというのは――
「私が指揮を執ります」
左手で握り拳、右手でメガネをクイと持ち上げながら、トーコが力強く宣言してしまった。
四人は全員、トーコの前に一列で並んでいる。
握り拳を振りながら、歩きながら、さらにトーコは弁を振るう。
「本来、監査官は、特定のパーティーに肩入れしてはならないと言われていますが……今回の場合、例外と判断します。討伐対象がギルドの想定よりも遥かに難敵で、それに四人というのも少なすぎます。よって、私も、直接は手を貸さないまでも、出来る限り戦闘にも貢献させていただきます……!」
一つ一つの言葉には、ちゃんと熱が込められていた。
きちんと彼女が、自分自身で考え、決めて。
言ってくれているんだということが、ヒシヒシと伝わってきた。
非常にありがたい申し出だった。……ありがたい反面……
(おい……これ……この場合、どうする……?)
手を後ろに組み、並んで聞いている四人は、コレ余計こんがらがったんじゃーか……? と、同時に思った。
――だから人の不幸など願うものではない――