第65話 今日からつける手記がある
――未だに手が震えている。……と、いうのは、些か大袈裟だけど……
……いや、かなり盛っているけど……
今日のことを思い出すと、背筋がゾっとするような、ちょっと違うけれど、それの仲間に類するような、ヒュンっていう、ゥワッていう、そういう感覚に、包まれる。
つまり……死んでもおかしくなかった。
――初めてのクエスト、初めてのターゲットとの戦闘は、一生に一度しかない。
だから、今日一日の出来事を、克明に書き記しておこうと思う。
監査官、トーコ。
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――というわけで、我々は、言葉数も少なく、再び前日の野営地へと戻ってきたのである、と……。
……ふ~っ……! こんなとこかな。
日記って、結構難しい。文字だけでちゃんと伝わるようにするには、まだまだ練習が必要そうだなあ……
でも、やってかなくっちゃ。監査官なら、日記だけはつけておきなさいって、みんな言うもんね。自伝を出そうってときに、あるとないとでは全然違うからな……
でもまあ……アレだな……
最初の一歩で躓く公算、高くなってきちゃったなぁ……
というか……! 言わせて欲しいんだけど!
あんなの、あんなでっかいモンスターを、レベル2冒険者にやらせる!? フツー!?
オーディションのご褒美としては超不適切なんじゃないの、この依頼!?
ノディマスさん! おかしいでしょ! あなたがブイブイ言わせてた、何十年も前の、冒険黎明期だったらいざ知らず!
勝てそうもない相手に挑んで、首の皮一枚で奇跡的に勝利して! 自分たちも限界突破していく! ……なんて、今のトレンドじゃないんだってば!
……トレンドじゃあ……ないんだけど……
子供の頃に憧れた冒険譚の主人公は、みんなそんな感じだったなあ……なんて、ふと今この瞬間、思い出してみたりして。
思ってみれば……完璧に準備を整えて、安全圏でミッションをクリアーして、それで少しずつ英雄になろうだなんて……
もしかしたら、現代の冒険者の方が、どこかで何かを間違えちゃったのかなあ……
……なんて……
哲学的なことは、今どうでもよくて!
ずっとどうでもいいとは言わない! いつかきちんと考える! 冒険とその安全性、危険性と、成長、そして名声・出世・報酬との関連性・相関性、そのあたりのこと! そう遠くない未来に必ず考えるから!
でも今はそこ考えないから! 一旦置いとくから! いいね!? 決めたよ!
なぜなら……!
デビュー戦……! 勝利で飾りたいよおぉ~……!
いや人生に! 挫折なんかいらないとか、言おうってわけじゃあないんだけど!
一発目からってのは……! 最初の一歩からってのは、さすがに……!
できれば、避けたい……!
現実的なことを考えてくと、もしこの依頼を失敗したら、一度監査官の任から外されることも、十分にあり得る……!
そうなったら、またずっと希望だけを出し続ける日々に逆戻り。ただでさえ監査官志望者は多くて倍率高いんだし、まあ、そうだな……一年は、雑務をしながら待つしかなくなるんじゃないか?
それはちょっと……! 厳しいものがある……!
業務が辛いというよりも、一回デビューしたのに、そこで躓いてまたデビュー前と同じ状態に戻るっていうのが、精神的に超キツイ気がする……!
「やっと叶った!」からの「はいダメでしたー」はキツイ、想像するだにしんどすぎる……! どう思って暮らせばいいの!?
お酒に溺れればいいの? アルコールが辛さを忘れさせてくれる?
……………………なんかそれも……ヤダーーー!!!
――ダメだあ! 悪いことを考えるのストップ! やる前から失敗すること考えてる馬鹿がいるか! いいこと! 成功することを考えて! 上手くいくイメージを頭の中に!
こういうときは前向きに! 前向きなエッセンスを足しながら冷静に一つ一つ並べて整理する! よし!
期間。帰りの日数を引いて、まだ十九日も残ってる。
全然余裕はある。
メンバーの体調。アビーさんが顔に切り傷を負ったくらい。きちんと消毒もしたし、問題なし。
ほぼほぼノーダメージ。まだまだ何回でも戦える。
ターゲットの居場所はだいたい割れたんだし、いつでも狙いにいける。有利なのはこっち。
そして、相手の力量も、わかった。
あのフォレストドラゴンは、普通の個体より倍以上大きいだけでなく、動作も機敏。この一帯の、生態系の頂点にいるのは間違いない。
警戒するべきなのは、目にも止まらぬ舌攻撃。
それと、突進。もしかすると、こっちの方が要注意。
とにかく図体がでっかいせいで、思った以上に「大きく」回避しなければ、かわしきれない、と見た。
あの質量とあの速度だと、正面衝突は当然、脚の端に引っ掛けられただけでも、大事故になる……
となれば……むしろ『舌攻撃』の方を、誘うように仕向ければいい。トカゲの本能で、速く動く小さな目標を、追ってしまう習性がヤツにはある。だから、クーさんがやっていたように、「大きく横に動く」で惹きつけ続ければ、ある程度動きをコントロールできるはずだ。
うん、見えてきた。落ち着いてかかれば、立ち回れない相手じゃない。
あとは、あれか。
硬さをどうするか。
だけど……さっきみんなに聞いたら、そもそも狙いは『目を貫いて脳』だって言ってたんだよね。
それには賛成。たぶんあの鱗には、攻撃しようなんて思わない方がいい。
だから狙いは、目か、まあ、次点で口の内側、とかってことになるんだろうけど……
普通に考えて、生物がめっちゃ守るところだからなぁ……! 眼球なんて……!
言うは易し、行うは最難関、それの典型な気がするよ、目ん玉一点狙いってのは……
まず、的が小さいでしょ? それに、位置が高い。四足とはいえ立ち上がれば二メータルオーバーなんだし。
あと、トカゲって、首を振る頻度が多くて、しかも速いんだってことを知った。さらに……
瞼を閉じられたら、もうどうしようもなくなるし……
うーん……道中が険しい作戦、ですな。まさしく。
だけど裏を返して……どうにかして『確実に目を狙える』状況を作り上げることさえできれば、ほとんど勝ったも同然なんだから……
……みんなには、是が非にでも! そこに至ってもらいたい!
私も、できるかぎりのことはするから……! ……と言っても、不正に手を貸したりはできないんだけど……!
よっぽどじゃなければ目を瞑る構えは、一応心の底に、秘めてはおくから!
――つまりこの戦いは――
私とフォレストドラゴン、どちらが先に目を瞑るかの戦いなのだ!
なんちて!
――入口!!! 唐突にキっと睨んでみる!
そこからテントの内側に、首を突っ込んでくるハーランさんも今回はいなそう!
来るとしたらこのタイミングだと思ったけどね……! 勝ったな……!
何にだよ!? つって……
……よし、そろそろ、休もう。
みんなも、できるだけ体力回復してね……!
一人だけテントですまん! おやすみっ!