前へ次へ
65/77

第65話 今日からつける手記がある

 ――未だに手が震えている。……と、いうのは、些か大袈裟だけど……


 ……いや、かなり盛っているけど……


 今日のことを思い出すと、背筋がゾっとするような、ちょっと違うけれど、それの仲間に類するような、ヒュンっていう、ゥワッていう、そういう感覚に、包まれる。


 つまり……死んでもおかしくなかった。




 ――初めてのクエスト、初めてのターゲットとの戦闘は、一生に一度しかない。



 だから、今日一日の出来事を、克明に書き記しておこうと思う。

 監査官、トーコ。



 ――というわけで、我々は、言葉数も少なく、再び前日の野営地へと戻ってきたのである、と……。



 ……ふ~っ……! こんなとこかな。

 日記って、結構難しい。文字だけでちゃんと伝わるようにするには、まだまだ練習が必要そうだなあ……


 でも、やってかなくっちゃ。監査官なら、日記だけはつけておきなさいって、みんな言うもんね。自伝を出そうってときに、あるとないとでは全然違うからな……



 でもまあ……アレだな……

 最初の一歩で躓く公算、高くなってきちゃったなぁ……



 というか……! 言わせて欲しいんだけど!


 あんなの、あんなでっかいモンスターを、レベル2冒険者にやらせる!? フツー!?

 オーディションのご褒美としては超不適切なんじゃないの、この依頼!?

 ノディマスさん! おかしいでしょ! あなたがブイブイ言わせてた、何十年も前の、冒険黎明期だったらいざ知らず!


 勝てそうもない相手に挑んで、首の皮一枚で奇跡的に勝利して! 自分たちも限界突破していく! ……なんて、今のトレンドじゃないんだってば!



 ……トレンドじゃあ……ないんだけど……



 子供の頃に憧れた冒険譚の主人公は、みんなそんな感じだったなあ……なんて、ふと今この瞬間、思い出してみたりして。


 思ってみれば……完璧に準備を整えて、安全圏でミッションをクリアーして、それで少しずつ英雄になろうだなんて……

 もしかしたら、現代の冒険者の方が、どこかで何かを間違えちゃったのかなあ……



 ……なんて……


 哲学的なことは、今どうでもよくて!

 ずっとどうでもいいとは言わない! いつかきちんと考える! 冒険とその安全性、危険性と、成長、そして名声・出世・報酬との関連性・相関性、そのあたりのこと! そう遠くない未来に必ず考えるから!


 でも今はそこ考えないから! 一旦置いとくから! いいね!? 決めたよ!



 なぜなら……!


 デビュー戦……! 勝利で飾りたいよおぉ~……!




 いや人生に! 挫折なんかいらないとか、言おうってわけじゃあないんだけど!


 一発目からってのは……! 最初の一歩からってのは、さすがに……!


 できれば、避けたい……!



 現実的なことを考えてくと、もしこの依頼を失敗したら、一度監査官の任から外されることも、十分にあり得る……!

 そうなったら、またずっと希望だけを出し続ける日々に逆戻り。ただでさえ監査官志望者は多くて倍率高いんだし、まあ、そうだな……一年は、雑務をしながら待つしかなくなるんじゃないか?


 それはちょっと……! 厳しいものがある……!

 業務が辛いというよりも、一回デビューしたのに、そこで躓いてまたデビュー前と同じ状態に戻るっていうのが、精神的に超キツイ気がする……!


 「やっと叶った!」からの「はいダメでしたー」はキツイ、想像するだにしんどすぎる……! どう思って暮らせばいいの!?


 お酒に溺れればいいの? アルコールが辛さを忘れさせてくれる?


 ……………………なんかそれも……ヤダーーー!!!



 ――ダメだあ! 悪いことを考えるのストップ! やる前から失敗すること考えてる馬鹿がいるか! いいこと! 成功することを考えて! 上手くいくイメージを頭の中に!


 こういうときは前向きに! 前向きなエッセンスを足しながら冷静に一つ一つ並べて整理する! よし!


 期間。帰りの日数を引いて、まだ十九日も残ってる。

 全然余裕はある。


 メンバーの体調。アビーさんが顔に切り傷を負ったくらい。きちんと消毒もしたし、問題なし。

 ほぼほぼノーダメージ。まだまだ何回でも戦える。


 ターゲットの居場所はだいたい割れたんだし、いつでも狙いにいける。有利なのはこっち。

 そして、相手の力量も、わかった。

 あのフォレストドラゴンは、普通の個体より倍以上大きいだけでなく、動作も機敏。この一帯の、生態系の頂点にいるのは間違いない。


 警戒するべきなのは、目にも止まらぬ舌攻撃。

 それと、突進。もしかすると、こっちの方が要注意。


 とにかく図体がでっかいせいで、思った以上に「大きく」回避しなければ、かわしきれない、と見た。

 あの質量とあの速度だと、正面衝突は当然、脚の端に引っ掛けられただけでも、大事故になる……


 となれば……むしろ『舌攻撃』の方を、誘うように仕向ければいい。トカゲの本能で、速く動く小さな目標を、追ってしまう習性がヤツにはある。だから、クーさんがやっていたように、「大きく横に動く」で惹きつけ続ければ、ある程度動きをコントロールできるはずだ。



 うん、見えてきた。落ち着いてかかれば、立ち回れない相手じゃない。




 あとは、あれか。


 硬さをどうするか。



 だけど……さっきみんなに聞いたら、そもそも狙いは『目を貫いて脳』だって言ってたんだよね。

 それには賛成。たぶんあの鱗には、攻撃しようなんて思わない方がいい。


 だから狙いは、目か、まあ、次点で口の内側、とかってことになるんだろうけど……




 普通に考えて、生物がめっちゃ守るところだからなぁ……! 眼球なんて……!


 言うは易し、行うは最難関、それの典型な気がするよ、目ん玉一点狙いってのは……



 まず、的が小さいでしょ? それに、位置が高い。四足とはいえ立ち上がれば二メータルオーバーなんだし。

 あと、トカゲって、首を振る頻度が多くて、しかも速いんだってことを知った。さらに……


 瞼を閉じられたら、もうどうしようもなくなるし……




 うーん……道中が険しい作戦、ですな。まさしく。


 だけど裏を返して……どうにかして『確実に目を狙える』状況を作り上げることさえできれば、ほとんど勝ったも同然なんだから……



 ……みんなには、是が非にでも! そこに至ってもらいたい!


 私も、できるかぎりのことはするから……! ……と言っても、不正に手を貸したりはできないんだけど……!


 よっぽどじゃなければ目を瞑る構えは、一応心の底に、秘めてはおくから!



 ――つまりこの戦いは――



 私とフォレストドラゴン、どちらが先に目を瞑るかの戦いなのだ!


 なんちて!



 ――入口!!! 唐突にキっと睨んでみる!

 そこからテントの内側に、首を突っ込んでくるハーランさんも今回はいなそう!


 来るとしたらこのタイミングだと思ったけどね……! 勝ったな……!



 何にだよ!? つって……



 ……よし、そろそろ、休もう。


 みんなも、できるだけ体力回復してね……!


 一人だけテントですまん! おやすみっ!

前へ次へ目次