第6話 リーダーには矜持がある
「俺はいつだって挫折してやる。それをしないのは、俺がまだ若いからだ」
口癖というには頻度の低いそれが口癖のヒーロは、一応の自負の上でリーダーを務めている。
家庭教師のアルバイトを続けているのもその証明といえる。
レベル2の冒険者は、受けられる依頼が限られている。要するに、レベル3以上のモンスターと遭遇しない依頼しか受注できない。となるとゴブリンとレイニー・ゲルの二種類のみに限られる。
ゴブリンは絶滅した。レイニー・ゲルは雨上がりにしかいない。し、倒したところで旨味はないし、だいたい子供でも駆除できる。
そこで大多数のレベル2冒険者は、副業(多くの場合はアルバイト)で生活費を稼いでいる。
ヒーロたちのように農家さんと専属契約している冒険者は運がいい方である。だがやはり定期的な収入源も、確保しておかねば心もとない。
アビーは早朝の運送バイトをしている。
対してヒーロのアルバイトはいわゆる『教え』である。
平たく言えば家庭教師だ。富裕層の家の子弟に、一般教養や冒険に関する初歩的な知識、剣術などを教えるのである。
そういった、言ってしまえば素人に、何かをコーチする仕事全般を、冒険者用語で『教え』と呼ぶ。
『教え』を副業とする冒険者はことのほか多い。というのも、たとえレベル2だったとしても、十年も続けていれば、人に教えられるくらいには剣の腕が上達していたとしても、なんらおかしくはないからだ。
……だがそれは、強敵と戦ったことのない剣、道場剣術である。子供や初心者同士ならば意義もあろうが、それ以上を望めるかとなると……
ここに、『教え』と称されてしまう悲しさがあった。皮肉と嫉妬が込められているのだ。「実戦では役に立たない」と見下されながらも、反面、『教え』は、時間に対する報酬が格段に好条件なのである。
「教えがメインになったらおしまいだ」
そんな風にも言われる。……それは、どちらの意味でも、なのだ……
さてヒーロの場合は幸運にもというか、教えがメインにはなっていないし、今のところなりようもない。アビーもそうだが、農家さんの依頼が定期的に入るので、それ以外の副業は『ある程度』で大丈夫なのだ。
だからアビーも早朝以外はバイトせずに済んでいるし、ヒーロに至っては週二回の家庭教師だけで、足りない分をまかなえている。
ヒーロの起床はアビーよりも遅い。だが、なんのかのと言って家庭教師もそこまで楽な仕事ではない。教える側にも予習が必要だし、もっと教えてとせびられたらば、無碍にするのも感じが悪い。食事に誘われれば断りにくいし、関係値が深まりすぎれば、悩みを打ち明けられることだってある。
そういった諸々が含まれるからこそ、週たった二回で月給14万レンが頂けているのである。
※ちなみにアビーより3万レン多いことは、ヒーロにとっては重要だった。一つだけとはいえ、年長者としてそこで負けては立つ瀬がないのだ。
数冊の本とメモを綴ったノートを確認し、授業内容をイメージしてから、ヒーロはアパートを出る。(ハーランとクーはまだ寝ていた)
向かう先は中央地区南部にあるパートルート家。富豪というには富豪すぎないところが、ヒーロでも気後れせずに授業を行えている所以だ。
パートルート家の十六歳の兄と、十四歳の妹の二人が、ヒーロの生徒だ。
「十四歳の女子だと!?」
ハーランが激怒したことがある。
「子供だよ」
ヒーロは本から視線も外さずにそう答えた。
「クーと同じくらいじゃねーか!」
ハーランがクーを指さす。
それはたしかにそうで、十四歳ならもう一人前に数えられる国、種族だって少なくはない。
「なんでお前だけそんなオイシイ目に!? オレにも分けろよ!」
「分けられるもんじゃないだろ」
「クソぉー! なんでヒーロばっか! オレとお前の何が違うってんだよ!?」
ヒーロはパタンと本を閉じて、言った。
「そういう対象に見ないところだ」
「お邪魔します」
使用人に案内され応接室へ通されると、待ち構えていた二人が嬉しそうな声で歓迎してくれた。
「先生! 待ってましたわ!」
妹の方が活発だった。今も勢いよく立ち上がり、ふわふわした金髪を揺らしている。
「早速稽古をつけてくださいませ!」
やる気満々でふんと鼻を鳴らす妹と対照的に、
「今日も剣術からぁ~……?」
兄は若干乗り気じゃない。授業が嫌なわけではなく、体を動かすことが好きじゃないのだ。
ヒーロもその気持ちはよくわかる。
ちょいちょいアビーに言われることがあるのだ。「もっと剣に本気になってもいいんじゃないの?」と。「筋が良いんだから」と。
それは知っている。剣に限らず、自分が他人よりも運動神経に恵まれていることを、ヒーロは自覚している。
だが得意と好きは違う。ヒーロは剣術が好きではない。
そうは言っても、冒険者なんかしているのだから、剣の腕など立てば立つだけいいのではないか?
ヒーロの頭の中の常識人はそう囁く。それにヒーロ本体はこう反論する。
嫌なことを我慢してやるくらいなら、冒険者になった意味がない。それを言い出すなら、そもそも冒険者なんかにはならず、剣術道場の師範でもやって稼げばよかったのだから、と。
つまり――冒険者になったからには、自分の好きな生き方をしたい。というのが、ヒーロの考えである。
だが……
この先を突き詰めていくと、さらなる矛盾にぶつかることも、ヒーロは知っている。
「――はぁ、はぁ……先生、ありがとうございました! ほらお兄様も、座ったままなんて、だらしないですわよ!」
「もう、限界、だよ……」
「人には向き不向きがあるのですから、無理を言ってはいけませんよ。さあ、少し休んだら次は座学です。この間の続き、菌類について学んでいきましょう」
「やった、楽しみにしてたんだ!」
「……またキノコの話なんですのね……」
テラスからご両親が見守る広い庭で、木剣での稽古を終えると、先生と生徒たちは屋敷へと戻る。
(先に運動をするのは最近のトレンド。その方が学習効率が上がるとされている)
――仮に戦闘や冒険の好みでタイプを分けていくとする。
するとヒーロは、『待ち』が好きなタイプにでもあてはまるだろう。
剣や魔法で派手に活躍したい! でもなければ、魔法でサポートしたい! でもないし、鍵の解除は任せておけ! でもない。
たとえば罠などを設置し、そこへ対象が引っかかる様などを見て、最大の達成感と満足感を覚える。
ヒーロにはそういう陰湿な部分があった。もちろん、わざわざこんな好みを人に言う必要もないので、その真実を知る者はいない。アビーにしてもヒーロへの理解は、「薬学などの知識で冒険の役に立ちたい、学者タイプ」という程度に留まっていた。
「……このように、このネザーキノコは、夜間に発光して昆虫をおびき寄せ、胞子を運ばせているのです」
黒板に(子供部屋に専用の黒板があるところはさすがに富豪であった)簡略化した図を描き、それを示しながらヒーロが説明すると、
「すごいな……! 生命って、頭いいなぁ~……!」
兄はキラキラを瞳を輝かせ、興味津々。一方妹は、
「そうですの……それは……ご苦労なことですわね……」
欠伸をかみ殺すのに必死、という風だった。
夕方少し前。準備してきたカリキュラムが全て終了すると、別室で雇い主のご夫婦と茶飲み話。
単なるご苦労様ではなく、雇用主として授業内容へのフィードバックや要望出しなども行うし、また、
「あの子には将来、賢者の学院の教授あたりと結婚してもらいたいんですよ。ですが本人は冒険者になりたいと言っており……どうすれば現実を見させてやれるでしょうか?」
などの相談も受ける。
自分は一家庭教師ですので、お子さんの才能を伸ばすことしかできませんので、とヒーロは、否定はしないがはぐらかし、それにしても剣が上手ですね、うちの剣士よりもよっぽど強いですよとゴマをすり、はははっと笑いながらやりすごす。
疲れるというほど大変でもない。家庭教師仲間の話を聞くに、ひどいところはもっとらしい。
では、そろそろお暇を……無理に引き留められることもなく、生徒たちに「またねー」と手を振られ、ヒーロは屋敷を後にする。
影の伸び出す雑踏を帰りしな、安価が売りの食料品店により、肴と安酒を購入する。
『チーピー』と呼ばれる酒は今、冒険者(主にレベル2)に大流行している。6瓶で990レンで、疲れた体に一気に流し込めば、のど越し爽快、本格派である。(ただし風味は皆無に近い)
肴は炒った豆である。なんだかんだで結局、という安心感がある。
「ただいまー」
帰宅すると、先に帰っていたアビーと、ずっと寝ていたハーランが「おかえりー」と反応する。
「ほら、おみやげ」
そして先ほど購入した安酒で、ささやかな酒宴を開く。
これもまた、リーダーの役目。
普段は気づかないようにしているし、また、酒に酔ったとしても、口癖が安全装置になる。
「俺はいつだって挫折してやる。それをしないのは、俺がまだ若いからだ」
この言葉はポーズだった。これが言えるうちは、まだ全然前向きなのだ。
ヒーロは自分の夢を叶えるために、冒険者になった。冒険者になったからには、自分のやりたいことだけをやって成功したいと思っている。
自分の望みは『罠』だ。罠で冒険者業界の覇王になりたい。
だから、剣に浮気はしない。剣術なんかやりたくもない。断固としてやらない。
だが、冒険では食えない。
なので、農家の手伝いや、家庭教師のアルバイトもやっている。
やりたくもない、副業を。
やりたくないことはしたくない? やりたいことだけをやる?
「……何を言ってるんだか……」
この呟きが出かかると危ない。ヒーロははっと手で口を覆った。
「どうかした?」
アビーに問いかけられ、出てきてしまいそうな答えを、
「いや、なんでもない」
チーピーと一緒に流し込む。
自分はパーティーのリーダーだ。だが、リーダーではない可能性も十分あった。
自分がリーダーなのは小さなことの積み重ねからだ。年齢が一つ上であるとか。収入が少し多いであるとか。知識がわずかに豊富であるとか。
見栄を張り続けられる、だとか。