第56話 豪華なディナーも味がしない
「どうぞ、みなさん。遠慮なく召し上がってください」
街道沿いの宿場、イーカフ。
南へ二、三日歩けば首都ウルトだし、東へ半日でシルワの町に出迎えられる。
よってここは、正しく宿場町だ。
近年、宿場町は密かなブームになっている。その周辺地域のグルメが集結したりして、行き交う旅人たちの足を留まらせる。
「英気を養ってもらうため、ディナーを奢ります」というトーコの申し出は、一も二もなく大歓迎された。多少構えていたトーコは拍子抜けであった。
「なんか悪いですね、ここまでしてもらうなんて……」
ヒーロが恐縮しておずおずと言った。
一同は六人掛けのテーブルに着席している。
卓の上には数種類の大皿料理が並んでいる。全て、トーコの奢りだ。
トーコは目をつぶりフルフルと首を振った。
「気にしないでください。このクエストは、私にとっても、記念すべき第一回です。記憶に残る要素はいくらあっても困りませんし。それに――」
キッと目を開き、メガネに軽く手を添え、言葉をつなぐ。
「――絶対に、成功させたいですから。できる準備は、全てやっておきたいんです」
「ちゃんと食べて、力をつけておけってことですね」
そのアビーの言葉に、トーコは力強く頷く。
「そうです」
「つまり、ギルドで用意してる保存食では、全力は出せないと?」
ハーランがジャブ的に揚げ足を取ると、
「私は好きですけどね、あの保存食も。栄養的にも問題はありませんし。ただ、温かいごはんがあれば、そっちの方がより良いですよね」
と、四角四面にトーコは答えた。
※ちなみに、監査官同伴の場合にギルドが一日三食分用意してくれる保存食は、一昔前と違い、落胆するほど味気ないものではない。口の中の水分を全部持っていく乾燥したパンが基本メインであるところは変わっていないが、ちょっとしたジャムやバターがついたり、スープがついたりと、飽きさせない工夫らしきものもちゃんと垣間見える。「保存食意外と好き」という者もたくさんいる。……だが、『意外』は『意外』だ。選択肢があるのなら、店での食事の方を選ぶ冒険者が大半だろう。
「では、いただきましょう」
そう言うとトーコは大皿から自分の小皿に取り分け始めた。四人が待っていることに気づいたからである。
――こんなことを言うのも非常にアレなのだが――この店は、若干、貧乏暮らしの若い男性にとっては、場違いな雰囲気だった。
普段立ち寄る酒場よりも、明らかにワンランク上のドリンクメニュー。エール一杯が780レンする。まあそれはいい、宿場価格というのもあるだろう。それに加えて――
――ほんのちょっと、異国情緒が強めなのだ……! カーテンやテーブルクロスが見慣れない極彩色だったり、嗅ぎ慣れないスパイスの香りが店内に漂っていたり……
テーブルに並んだ料理も、なんだかちょっと変化球なのである。サラダにナッツが添えられていたり、エビに白っぽいソースがかかっていたり、一目で肉とわかるものが逆になかったり……
そしてそれら一皿一皿が、彼ら四人が普段食べてる夕飯の倍ほどの値段がしたりする。
アビーとヒーロは、割と内心混乱している。何をどう食べたら腹が膨れるのか、イメージが湧いてこない。ハーランは実家が金持ちなので、逆にこれ以上のごちそうを何度も食べた経験があるだろうが、なぜか二人にシンクロして混乱している。南国育ちのクーは、スパイス系に関してはストライクゾーンが広いものの、クロスの敷かれたテーブルで食事をすることがほぼ初体験だ。そのキョドリは隠し通せていない。
つまり――トーコは『遠慮』と解釈したが――
――ミもフタもなく言ってしまえば、この店は、女性をターゲットとした店舗であったため、単純に、四人の手が料理に伸びづらかったのだ……!
「……おいしいですよ?」
一人、進捗がモグモグまで行っているのに、まだ誰も手を出さないので、トーコは再び促した。ちょっと妙だなと、さすがに彼女も思い始めている。
「あ、いただきます」
ヒーロのその返答を合図に、四人は一斉に手を伸ばした。
もんだから、アビーとクーは一旦待ってから、二便で料理をよそった。
(要するに男四人はまず『二皿』に狙いを定めたのだ。無論、無意識的にであろうが……)
「このあたり、エビが有名なんですかね? 内陸なのに」
ふとアビーがそんなことを呟くと、
「それは、森のエビと言われている、クナティの幼虫です。おいしいですよ」
トーコの説明で、四人、一瞬フリーズする。
「……おいしいですってば。カブトムシと違って、土ではなく、植物の根しか食べずに育つのだそうです。このあたりでは隠れた名物なんですよ」
モグムグと食べながらトーコ。
四人はフリーズを解くと、皿の物を口へと運んだ。
※ちなみに、現代は『雑食の時代』と呼ばれるほどに、人々はあらゆる物を食材として調理する。ゴブリンだとて例外ではないのだからして、幼虫程度何のことでもない。勿論、味による好き嫌いはあるだろうが。四人が一瞬止まったのは、ただ単にエビだと思っていたものが違ったので、それに対してのリアクションである。その証拠に、ハーランもアビーも普通にそれを食べている。
「お味はどうですか?」
トーコにそう聞かれては、全員、
「「「「おいしいです」」」」
と、返す。よりほか、ない。
「トーコちゃんって、このあたりよく来るの?」
フォークをプラプラと振りながら、ハーランがそう尋ねた。
トーコは口先から飛び出ていた麺の一部をチュルっと吸い込むと、しっかり二十回租借し、ごっくんと飲み下してから、
「よく、というほどではないですが、何度か」
「地元?」
「ギルドの研修施設へ行くときの通り道なんです、この宿場」
なるほど、それで店を知っていたのか。と、一同納得した。
「研修施設というのは?」
今度はヒーロがその単語を拾って広げる。
「まあ、ただの学校です」
「へえ」
「監査官を目指す人が、そこで学ぶんですか?」
アビーも質問に混ざってきた。
「はい。座学だけなら首都でもできるのですが、監査官には実習もありますから。広い敷地が必要だということで」
「それで、わざわざその施設まで行くんですね」
「まあ税金対策で建てた施設を、無為に遊ばせておくのももったいないから、というのが真実な気もしますが」
お。『初毒』だ。それもギルドに対しての。
ヒーロとアビーは思った。一見真面目で堅物そうなトーコだが、内面では結構斜に構えて世の中を見ているのかもしれない……
――と。一同、ふと目をやると。
トーコのグラスが空いていた。早々に一杯飲み干したのだ。
それで、若干、言葉の制御が緩んでいるのだろう。
要するに……壁を感じたがため、少しでも打ち解けようとしてくれているのだな、と、ヒーロとアビーは理解した。
トーコちゃん酒好きなんだな。とハーランは理解した。
クーは特に、事実に味つけはしなかった。頼んだエールをトーコが飲んだ。そして少しの皮肉を言った。それだけのことである。
「すいません、おかわりをください」
通りかかった店員さんに、トーコが次の一杯を頼んだ。
「飲みますね」
ヒーロが言うと、トーコはハッと気がつき、
「いえ、その。喉が渇いていたので。渇きやすいんです。なので一杯目はほら、ゴクゴクと。二杯目からは、ゆっくり飲みますので」
と、慌てて弁明した。
――四人は別に、いくら飲もうと「一応仕事中なのに」などと思うタイプではないのだが、思わず言い訳を並べてしまうところを見ると、彼女自身の心の奥底には若干の背徳感があるらしかった。
「私のことはいいですから、みなさんもどんどん食べてください」
一同、はーいと、再びフォークを皿へと伸ばす。
ここで本気を出して飲み食いをし、ギョッとするようなお勘定を築き上げても良かったのだが――
――四人は結局、食も、飲も、普段の半分ほども進まなかった。
理由は二つ。前述したように、女性向けのこの店のメニューが口に合わなかったことと――
――気が気でならなかったからだ――
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「――ごちそうさまでした、トーコさん」
「「「ごちそうさまでした」」」
同時に頭を下げられ、頬に朱の差しているトーコは、
「いえいえ。これで、少しでもみなさんが、元気になってくれれば」
と、激励で締めた。
※彼女はなんだかんだで一人でドリンクを四杯飲んだ。
ふー、食った食った……という雰囲気で、五人は宿場の外れまで歩いて行き――予定通り、野営した。
一人、テントの中で、トーコはきっとぐっすり眠れたことだろう。
「……あれ、お前も来たの?」
夜更け。腹を空かせたアビーは、こっそりと宿場の屋台へ行き、そこでヒーロと出会った。
そして二人は、何の変哲もないパニーニを買って食べた。
お土産を持って戻ると、案の定ハーランとクーも空腹で目覚めていたので、分け与えた。
四人はようやく満足し、寝た。……連日の睡眠不足に、食欲が勝ったという、話である。