第55話 テントの外にも展開があった
――テントの中で、トーコが終わりのない自己との対話を繰り広げていたとき――
外では、もっと逼迫した議論が行われていたのであった。
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「で、どーするよ? 明後日には着くぜ、もう」
焚火に枯れ木を投げ入れながら、ハーランが言った。
ヒーロたち四人は、トーコのテントからほんの少し離れたところで、中央に火を囲み、寝転がっていた。簡単に地面から石などを除き、多少の草などを軽く敷き詰めている。まあ、それをしなくとも、背負い袋を枕にして寝るだけでも、彼らの若さであれば、一泊二泊程度、何のこともないだろう。
今夜は星空も明るい。闇の中に浮かぶ焚火は目立つので、用が済んだらさっさと消すべきなのだが……パチパチと爆ぜる音、揺らめく火にはヒーリング効果もあり、なんとなくだらだら木をくべてしまいがちである。
「そうだな」
ベキリ、と枝を折り、ヒーロが口を開いた。
「そろそろ決めないとだな」
――そろそろ決めないとだな――
言わずもがな、如何にしてフォレストドラゴンの足止めを行うか、ということをである。
だがしかし、今の言い方は残り三人の勘に障った。『決めないと』では決まらないから、ここまで引っ張っているのではないか。
出発前夜ですら、満足な睡眠時間を確保できなかったのではないか……!
「そりゃあ重々承知だけど。多数決でもするっていうのか?」
腕枕で寝ころびながら、アビーが返事をした。
すると、クーが不機嫌な声音で、珍しく会話を遮ってきた。
「今夜、ぐっすり寝て、明日、やらない?」
提案だった。
「歩いてるとき、も、話してた、けど決まらない。頭、ぼーっとして。一回、ぐっすり寝ようよ」
思えば、このクーの意見がこの夜のピークだった。最初にして最高の建設的意見だった。
だが――往々にして。
人は、「もっといいものがこの先にあるかもしれない」などと考えたときに。
引き返すことのできない、泥沼にはまっていく。
リーダーのヒーロは、クーの提案をきっぱりと退けた。
「いや、もうちょっと話し合ってみよう。何の策もない状態じゃ、寝ようとしたって眠れないだろう?」
そんなことないのだが……と、アビーたち三人は同時に思った。
この三人には地味な共通点があり、それは、不安や悩みがあったとしても、割と眠れてしまうタイプだということだった。むしろ、眠ることによって、もやもやした気分を解消していくことすらある。
なので、一旦ぐっすり寝ることに心から賛成ではあったのだが……
なんとなく、クーの意見を後押しするタイミングを外してしまった。するとさらに不思議なことに三人は、「他のメンバーがそれでいいなら、もうちょっとがんばって起きていてみよう」と、起き続けることに前向きな姿勢に変わってしまっていたのだ。
こういった謎の心理変化などを踏まえて目が冴えてしまうことも、ナチュラルハイの一種と呼べるのかもしれない。
「……オーケー。ここはリーダーの判断に従うぜ」
ハーランが承諾すると、アビーとクーの二人もコクコクと同意した。
「よし。では全員で、もうちょっと探ってみよう。……それで、道中考えていたんだが――」
口火を切るには具体案を示すべし。ヒーロは続けて言った。
「――罠にかける、というのはどうだ?」
実に普通の意見であった。
「あれ、それって出てなかったっけ?」
状態を起こしたアビーが首を傾げると、
「『罠』単体ではな」
とヒーロが答えた。
そうなのであった。これまでの議論で、『こういう薬を利用した罠はどうか?→レベル2だとその薬の使用が認めてもらえない』などという辺りはすでに通っていたのだが。
より原始的な『ただの罠』については、うっかり検討していなかったのだ。
確かに、盲点と言えば盲点ではあった。地形のみを利用する罠であれば、作成や使用を禁じる法律は見当たらないのである。
「――落とし穴……それこそが、原初にして至高の罠かもしれない。違うか?」
ヒーロは高揚していた。この男は、「相手を罠にハメる」ことに至上の幸福感を得るという、ねじくれた欲望を持っている。
落とし穴という罠は、まさにシンプルイズベスト。落とし穴に始まり、落とし穴に終わる。この作戦がもし採用されるなら、彼にとっては本望だった。
だが――
「四本脚の動物、落とし穴、かかりづらいよ」
クーが毒気のない声で普通にそう答えた。それを聞き、ヒーロががっくりと肩を落とす。
「そうなんだよなあ……」
二本足で歩く人類は、体重を二分割しながら進んでゆく。だからこそ、突如足元が消えてしまうと、あっと思う間もなく、真っ逆さまに落下していくのだが――
四足獣ではそこが中々難しい。四分の三の足で踏ん張れてしまうのだ。全体重が乗ってから発動するような落とし穴にすればいいのかもしれない。だがそれだけ大掛かりな細工をして、野生動物は果たして気配に気づかないものだろうか?
そしてそして――フォレストドラゴンは、『トカゲ』なのである。
万一落下せしめたとしても……側面を這って、登ってきちゃいそうじゃない……?
「落とし穴じゃなくて、別の罠だと?」
アビーがそう聞くと、ヒーロはパっと顔を輝かせた。
「検討してみようじゃないか!」
生き生きとするヒーロ。
誰も生き生きとしないよりはよっぽどいいのかもしれない。現に三人は、そのリーダーの明るいエナジーにあてられ、寝不足の不機嫌さもかなり解消しつつあった。
ホイ、とハーランが手を挙げた。
「現地、森林だろ? そこら中に木が生えてるわけじゃん?」
「そうだな」
「こう、木に切り込みを入れといて、通りかかったところを両サイドから切り倒すってのはどーだ?」
「それだ!」
罠大好きヒーロは大喜びで飛びついてしまったが、アビーとクーは揃って腕を組んで唸った。
「……木、そんな一瞬で、倒れないよ?」
と、本日やや口数多めのクーは、
「『倒れるぞー!』、ギリギリ………ずずずず、ずしーーーん! くらい」
擬音で尺感まで説明してくれた。
密林暮らしだったのだから、伐採経験も豊富だろう。クーの発言には説得力があり、残り三人も、十分その所要時間は想像がついた。
「それに、八メータルオーバーの巨体だろ? 一本や二本の木をのしかからせたところで、効果は薄いような……」
アビーもそう付け加えると、ヒーロは、
「なら、三本、四本だ」
と、力強く拳を握る。
「こっち、物理的に四人しかいないぞ? 一人囮がいるとして、最大で三本じゃないか?」
アビーが言うと、
「俺たちは人間だ。三人で十本の木を同時に倒すことだって、不可能じゃない。知恵と道具を使えばな!」
さらに目がメラメラと燃えるヒーロ。
それはそうなのかもしれないが……
「まあ、じゃあそれはいいとして。クーが言ったことはどうする? 直撃させるまでの間は?」
とアビーが尋ねると、ヒーロは自信満々に。
「がんばって足止めすればいい」
「だからそれを話し合ってたんだろ!?」
これにはさしものハーランもツッコんだ。
足止めするために足止めが必要となっては無限ループの完成である。
「それくらいならなんとかなるさ。作戦、『防御』だ」
ヒーロのその宣言は、眠っていた天才を引き起こした。
「――ダメだ! ヒーロテメー! やる気あんのか!?」
ハーランは片膝立ちになり、ビシリとリーダーに指を突きつけて吠えた。
「作戦会議自体が楽しくなっちまっても、意味ねーんだよ!」
ド正論を叩きつけるハーラン。ちょっと珍しかった。あるいはハーランは寝不足の方が真面目になるタイプなのかもしれない。であれば常に寝かせない方がパーティーのためであるが、彼はその怠惰な本質が故、普段は泥のように眠りこける。
だがこの瞬間には頼もしかった。普段ふざけが過ぎるハーランだからこそ、リーダーのふざけに対しての叱責は真に迫るものがある。
「実現できねー作戦のことなんか話したって意味ねーんだよ、夢だ夢! 採用されたら実行できる、その前提で話さなきゃしゃーねーだろがよ!」
「そこまで言うならハーラン、具体案があるんだろうな?」
些かムっとして(そこまで怒らないところを見ると、本人としても罠作戦はダメ元だったのだろう)ヒーロが尋ね返すと、
「おーとも。つーか、いーか? みんなよ、頭が固ぇんだよ。足止め足止めっつってっけど、それが最終目的じゃねえだろ? 要は、フォレストドラゴンを倒せりゃいいわけじゃねーか」
それはその通りではある。だが、
「それはそうだが、アビーの剣以外に仕留める方法があるのか?」
と、ヒーロ。
彼らのパーティーの中で最大の瞬間火力を誇るのがアビーの一突きだ。だからこそ、それを決定打に想定するのが、一番条件としては緩いわけである。クーやヒーロでとどめを刺そうとした場合の方が、作戦はより複雑になる。
そのため、とどめの部分はアビーに固定させて検討していたわけなのだが、ここに来て、目の覚めるような別案が発見されたとでも言うのだろうか?
「ある」
ハーランは自信満々に、己の胸をドンと叩いた。
「オレの必殺の魔術、〈幻惑の霧〉を改造した〈毒の霧〉で一発だ」
「「オイ!」」
ヒーロとアビーが同時にツッコんだ。
無許可での魔術の使用は大罪である。それも、魔術師ではない者が行使しては、二桁の数の法律に抵触することは間違いないであろう。
「まあ聞け! 発想がよ! 転換されてねーんだよ!」
バッ! と開いた右手で二人を制止し、ハーランが早口でまくし立てる。
「要は見つかんなきゃいーわけだろーが!」
「あのなあハーラン!」
「真理じゃねーか!? 全て法は! 事実が明るみになる前提で定められてる! 闇から闇へと消えるものを、裁くことはできねーだろが!!」
「お前それ、犯罪だぞ!」
「……いや、一理ある、か……?」
「はぁ!? こんなの考えんなよヒーロよ!?」
「『見つからない』が確率100パーならいいだろ、アビーよ!?」
「まあそうだけど、あり得ない!」
「あり得ないかどうかを検証する努力をまだしてねーだろが!」
そこまで発言をぶつけ合うと、突如ハーランは立ち上がり駆け出した。
トーコのテントの方へ向かって。
三人とも、虚をつかれ、反応が遅れた。
ハーランがテントに首を突っ込んだ。
中からトーコの悲鳴が聞こえた。
「あのバカ!!!」
そこでようやくヒーロは事態の重大さを肌で感じてハッとした。
〈セーフティ・アラーム〉の説明を聞いてなかったのか!? あれが作動した痕跡が残れば最後、フォレストドラゴンを倒したところで依頼達成は認められない! そうすればレベルも3には上がらず、再び日々は過去へと遡る!
そういうことをあいつは考えないのか!?
現在考え得る限りの最大のNG行為を平然と踏んだハーラン。その思考回路が全く想像できず、立ち上がろうとする足すらもつれるヒーロ。
まるで夢の中のように、やたらと重い足で駆けつけると、ヒーロはハーランの肩に手をかけ、テントから引っこ抜いた。そしてそのまま、追いかけてきたアビーの方へハーランを押しやり、大きく深呼吸すると、外からトーコへ話しかける――
一方、ハーランは言った。
「死体、持って帰らないってよ。毒殺したってバレやしねえよ」
「ログが残んなきゃな」
アビーはポカリとハーランを叩いた。
――結果。
〈セーフティ・アラーム〉は作動しておらず、彼らは九死に一生を得た。
獲得した情報はわずか。議論はほとんど進んでいない。
そしてもうしばらく揉めたのち、彼らは眠りにつく。
……だから最初から寝てればよかったのに……!