第54話 胸の内には混乱もある
――『あ、そういうのは大丈夫です』――
……あれって……どういうこと? どういう意味???
あれで伝わるよね? 普通は? こっちの意図が伝わった上での、大丈夫です?
そういうのは? って???
……私なんかに興味を抱くことはないってこと?
そういう対象に見ることはないから、大丈夫ですってこと?
私の自意識過剰???
それとも……そういうことにはちゃんと気をつけますから大丈夫ってこと?
でも……だったら、あの言い方はなに???
『そういうのは』、って? 『そういうのは』、、……っって……???
なんか……釈然としないっ……!
……釈然とはしないけど……ま、いいのか……
あの「大丈夫です」は、なんか大丈夫っぽかったし。
意味とか具体的にはわかんないけど、とにかく大丈夫なことは大丈夫なんだろう。
だってあんなに……引いてたし。
……なんかやっぱり、私、自意識過剰だった……!?
だってあの言い方って、私に手を出さないでくださいっていうのと同じ意味だもんね……いや、だって! 研修で! ギルドから、ああ言えって、義務づけられてるわけだし! だから言ったわけだし!
私だって本当は言いたくなかったし! ていうか、言わなくても大丈夫そうなときくらい、わかるし! あの四人だったら、言わなくても全然問題ないって、最初から思ってたけど! なんかそういうの興味なさそうだっていうか、万が一、一対一になっても、私の方が普通に勝ちそうだし! ていうか、そんな状況になんかならないだろうけど!
とにかく、私だって、言いたくって言ったわけじゃない! 義務! 責務なの!
だから言っただけであって! 自分が魅力的だと思ってるとかってわけじゃあ、全然ないし! ていうか、仕事だし! そういうこと、考えたこともないし!
まあ……いいや、やめよう! 別に、引かれたとかそういうアレじゃなくて、あの場は、ただ、お互い、あれ以上しゃべる必要がなかったから、しゃべらなかっただけ!
うん! そうそう! だってああいうことって、言い訳をずらずら並べてった方が、わざとらしくなったり、嘘くさくなったり、下品になったりするし!
ああいう話題って、ナイーブだから! だから、しゃべる必要がなければ、しゃべらない方がむしろいいわけで!
だから何も間違ってないし、私は引かれてないし! ていうか、仕事だし、業務連絡をしただけなんだから、それに関して引くとか引かないとかないわけで! お互い!
あーもう、やめやめ! 切り替えよ!
……そう、これから、今後は監査官としてやっていくわけだし。〈セーフティ・アラーム〉の説明だって、これから何百回としていくわけなんだから。
そうそう、そうだよ。最初の一回目だったから、なんか、変に意識したみたいなカンジの言い方になっちゃったけど。これから何回も同じ説明をしていくわけだし、すぐに何も気にならなくなるに決まってる。
お医者さんと一緒。私が、お医者さん側。最初は緊張するのはそれは、人として仕方ないことだけど。
すぐに慣れる。慣れていく。仕事なんだから。
よし! おしまい!
……というか、ハーランさん、なんで手ぶらなの? 武器持ってないよね、アレ?
登録上は魔法剣士だったけど……アビーさんとヒーロさんもだけど……手ぶらで、どうやって戦うんだろ?
あれかな? 背負い袋にスリングショットが入ってるのかな? 弓矢は入らなそうだけど、スリングなら入りそうだもんね。そのパターンかな?
そうだとしたら、狩人で登録した方がのちのち、使える弾薬とか増えたりするんだけど、いいのかな……? あれかな、『レベル2の壁』を突破することができたら、改めて変更し直すのかな。そういうこと、多いって聞いたし。
ていうか、魔法剣士で登録したって、ほぼ意味ないんだよね……どうせ、使える魔法なんてほとんどないんだから……なんで流行ってんだろ……迷信だよ、魔法剣士が登録上有利だなんて、都市伝説だよ……
でもまあ、ヒーロさんならもしかして、レベル1、2の魔法くらいなら使えたりするのかな? 使えたとしても、〈風起こし〉とかくらいじゃ、戦闘には役に立たないけど……
だからまあ、そのあたりを申請してくることはたぶんなさそうだよね。
……あ! そうだ、クーさんが異種族だ! 特殊能力があるんだ! そうか、それが武器なんだ、このパーティーは。
あとは、アビーさんが強いって話だったから、きっとその二人がメインで戦うんだ。ヒーロさんとハーランさんは後衛ってことかな。うん、イメージ湧く。
でも、フォレストドラゴンに勝てるのかなあ? 合格した『月の牙』が負けて帰ってきたのに、補欠合格組が……
……まあ、あれなのかな。コネ合格だったのかな、『月の牙』。……てか、そういうことだよね。実力無かったのに合格させちゃって、で、依頼本番で、失敗しちゃったっていう……
たまにあったりするって聞いたことあるけど……やっぱり、言わんこっちゃないじゃん。だから、コネとかやめたらいいのに……結局失敗して、色んな人に迷惑がかかるんだから……
でも、そうもいかないんだろうなあ……ギルドもあるからね、色々、立場とか、付き合いとか……そういうところも上手くやってきたからこそ、業界最大手でやってられるわけだから、感謝だし、感謝っていうか、ギルドの職員としては何も言えやしませんけどねって話なわけだけど。
それに、困る人もいるけど、チャンスも回ってくるから、いいのか。
――私とか! これで晴れて監査官デビューだもんね!
まあ、多少バタバタしたし、え、急に? ってカンジは否めなくもないけど……
それでも、待ちに待った、念願の、監査官としての初冒険。がんばらないとね。
……なんか若干、尻拭いを押しつけられたってこともわかってるけど……ね。
でも、全然マシだよね。『月の牙』に随行したフランツさん、当分の間、事務方に回されるって話だもんな……完全にとばっちりだよね……失敗したのは、『月の牙』なのに……
――そうだ。だから、絶対に失敗はできない。あの四人には、なんとしてでも、フォレストドラゴンを倒してもらわなくっちゃ。
私のキャリアにも関わってくるんだから。
そのためにも、私は、私にできるサポートを、精一杯やらなくっちゃ。……って言っても、何があるかな……?
不正……とか、そもそもできないからなあ……よくできてんだよね、ポータブルライセンスって……持ってるだけで、ログを全部残してくれるから、どんな人にも正々堂々を強要するっていう……
……正々堂々を強要する……! なんか、言葉として、ヘンなカンジするけど……!
となるとなんだろーなー……? 三食分の保存食、全部私が背負ってあげてるけど、こんなの当たり前だし……それに、魔具リュックだから見た目よりも全然軽いんだよね。
あ、明日、宿場でディナー、ごちそうしてみるとか? 決起会的な。別におかしくはないよね? 保存食よりは、いいもの食べた方がリキもつくし。
……でも、あれだなー……もしまた、「そういうのは大丈夫です」って言われたりなんかしたら、もう立ち直れないかも……
……いやでも、さすがにそれはないよね? だって全然別のことだし。お夕飯をタダで食べさせてくれるっていうのに、遠慮する理由なんかないよね? 普通は?
あーでも……なんか、警戒心強そうだからなー……理由なんかなくても、なんとなくあやしいってだけで、あの四人、引いたりしそうなんだよなー……タダより高いモノはない、とかなんとか、そういう言葉を信じてそう。タダはタダだよ! のときもあるよ!
やめとこっかな……私だって、お給料、そんないいわけじゃないんだよね……
――ウソですごめんなさい。冒険者ギルド、正社員の私は、結構もらってます……! なんせ、業界最大手、しかも首都の支部に務めておりますゆえ……!
だいぶ、恵まれてる職場だということは、本当は自覚しております……! すっとぼけてしまい、ごめんなさい……!
……っていう気持ちが芽生えるってことは……
誘うだけ、誘ってみるかな。……うん。引かれても、私がちょっと傷つくだけだし。それよりも、お誘いが成功すれば、四人には精力がついて、討伐成功率がほんの少しでも、上がるだろうから。
……精力がつく……?
――いやいやいやいや! その議論はもう終わったでしょ!? その話は無し! そういうのは大丈夫、頭から考えを彼方へと飛ばせー!
「なあトーコちゃん!」
「うひゃぁあああっ!?」
ビックリしたぁあ!? ハーランさん!?
「ごめんごめん、寝てた? 返事なかったから」
「え、そ、すいません、気づきませんでした、ちょっと仕事をしていて」
咄嗟に、嘘をつく。テントの隙間から首だけニュっとしているハーランさんはコクコク頷くと、
「邪魔しちゃって悪ィ。ちょっと聞きたいことがあって」
「な、なんですか……?」
まだ心臓がドクドクしてる……!
「討伐したら、死体って持って帰るの?」
……んんんん??? フォレストドラゴンのことかな?
「……いいえ。私が、討伐証明のための絵写を残しますので、その必要はありません」
ちょっと先回りした解答を返す私。おそらく、質問の意図はこう。
「フォレストドラゴンを討伐したという証拠は必要か」ということ。
確かに、監査官が随行していない場合、討伐したモンスターの一部をはぎ取って持ち帰り、証拠とする場合もある。
だけど、今回は私がいるから。その心配はない。
「なるほどな。あ、それと――」
納得したようなハーランさんの首は、スポっと外に引っこ抜かれた。
「……おまえっ……!」
外から何やら揉める声が聞こえ、それから、
「……すいません、トーコさん。大変失礼いたしました」
ヒーロさんが、声だけをテントに投げ入れてきた。
「いいえ、大丈夫ですよ」
私がそう答えると、
「……悲鳴を上げられたようですが、〈セーフティ・アラーム〉は……?」
……あ。
ま・ず・い――
――――――――くないっ! セーフ!
さっき煩悶して自己完結したときに、首から下げてた〈セーフティ・アラーム〉を、一旦外して地面に転がしていたから! あっぶねーーーー!
思わず、自分で自分を安心させるため、己への説明ゼリフで状況を整理してしまうくらいヒヤっとしたよーーーー!
いや、マジで、九死に一生を得たんだけど……! まあ、今くらいの悲鳴で作動するかどうかはわかんないんだけど、もし身につけてて、作動してたら、終わってた……!
だって、どんなに弁明してみても、この時間での作動は、相当アヤシイから……!
「……もしかして……」
ヒーロさんの声に多少のビブラートがかかる。だよねー、ごめんね、すまんかった……!
私はゴホン! と大きく咳払いをし、
「〈セーフティ・アラーム〉は作動していません。音も鳴っていなかったでしょう?」
「よかった……!」
「ですが、今のハーランさんの行動は、些か軽率だったと言わざるを得ないでしょう。今後、お気をつけください」
「はい!」
ごめん、ハーランさん。多少、怒られて。
私も反省するから……! いやーマジで、危なかったんだけど……!
でも、一つ学んだや。外しておけばいいんだ。
本末転倒だけど。