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第53話 その心配はない

 一日目。街道沿いで野営。


 危険度低。道の両端には等間隔で淡い〈照明〉が灯っているし、深夜とて早馬が駆けていくこともある。それを学んだ野生動物は街道に近づいて来はしない。この場合の野生動物には、大半のモンスターも含まれてくる。


 まあ、近すぎても盗難の類の犯罪を誘発しかねないという観点もあるため、一行は徒歩で一分ほど街道から離れた。

 すると、見やれば街道はすぐそこにあるが、危険度は低の中。「この辺りまではモンスターが近寄ってくる可能性もわずかにあるエリア」となる。


 だが、犯罪者とモンスターを天秤にかけたとき、中庸としてベスト(と考えられている)ポジションである。



 日が暮れかけると、トーコはテキパキと個人用テントを設置した。お椀を伏せたような形の幕には、冒険者ギルドのシンボルが描かれている。


 設営が終わると、トーコは四人を集め、「これは説明が義務付けられているからであり、今回だけが特別というわけではないのですが」と前置きをし、語り始めた。



「冒険に随行する監査官には、必ずこれが渡されます」


 そういって、トーコは胸元から首飾りを取り出した。見るからに魔具である。


「それはなんですか?」

 とアビーが問うと、


「これは〈セーフティ・アラーム〉という魔具です。所持者の身に危険が迫ったとき、大きな音を周囲に響かせます」


「防犯グッズですね」

「ありていに言えば」

 さらに続いたアビーの言葉に、トーコはコクンと頷いた。



「なるほど。帰還したとき、もしそれが使用済みであれば……冒険中、監査官を危険にさらしたとみなされ、依頼達成が認められなくなると?」

「場合によっては。もちろん、〈セーフティ・アラーム〉発動時のログも、細かく残りますので、隠し事はききません」

「わかりました。気をつけます」

 ヒーロが真顔で誓う。


 ここで話は終わりではなかった。トーコはちょっと怖いくらい、眉間に皺を寄せて、人差し指を立てた手をずいっと突き出してきた。



「女性監査官の場合、最も多い使用状況は、道中の野営時というデータがあります」



 ……あー……なるほどね。四人は言いたいことを、よ~く理解した。


 その辺りの話については、クーを含め四人全員、コンセンサスが取れている。




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 ――よく、パーティー解散の最大の理由は『人間関係』だと言われる。

 その中でも最たるものが……『男女関係』と言われている。


 おそらく真実だろう。職場でも友達内でも……綻びを生むのは色恋沙汰だというのは通説だ。


 「3から10まではあっちゅー間」とされている冒険者業界でも、実際のところそこで躓くパーティーというのも無ではなく――


 ――そのうちのおよそ半分は、痴情のもつれが原因で解散しているのだ。(もちろん解散しても、別パーティーに加入したり、パーティーを再結成したりすることは可能だ。が、悪い噂が立ってしまうこともあるし、業界復帰はそこまで容易なことではないと言われている)



 そして――『監査官』もまた、その渦中に存在する一人というわけなのだろう。


 昨今、男だけのパーティーも別に珍しくはない。そこへ女性監査官が同行し、夜も更け、辛抱たまらなくなったアホがテントに突入してしまう事案も、まあ、想像できなくはない。というか、トーコの発言からするに、「結構あること」なのだろう。



 四人とて年頃の若い男なのだからして、そういった欲望がわからないとは言わないのだが、今現在、全員が無表情で「しらーっ……」とドン引きしているのは――



 いくつか知っているからだ。レベル2冒険者同士のそういった案件を。……そして四人とも……はっきりと言ってしまえば、そのあたりの事象に対し、心の底から引いている。



 ――「なにやっとんねん」と――

 ――「んなことするために冒険者になったんちゃうやろ」と――



 ――が。


 ……そう少ない話でもないのだ……


 「そういうことのために冒険者になったんじゃないかというようなヤツ」というのも……!




 前提として、レベル2冒険者は、レベル3以上の依頼を受けられないため、『冒険』で食っていくことは基本的に不可能である。


 では、レベル2冒険者とは100%漏れなく貧乏暮らしなのだろうか?



 ――答えは、『否』である。副業(というかもはや本業なのか)によって、かなりリッチな暮らしをしているレベル2冒険者の若者というのも、そこそこの割合存在しているのだ――!


 たとえば、女神の祝福により、『不作』とは縁がなくなったこの時代。『食材』は、掃いて捨てるほどあり余っている(文字通りの意味であり、もったいない話なのだが)。


 こういったバックボーンの上に、毎年『ヒット商品』が誕生する。記憶に新しいのは『タピー・ノッカー』というドリンクだ。一見魔物の卵のような粒々が無数に入っているのだが、実態は芋類を原料とした、モチモチ触感のウマイヤツである。


 『タピー・ノッカー』は若者を中心に大ブームとなった。


 ――そういったブームに、早目に『乗っかる』奴がいる。レベル2冒険者の中にも……!

 早期に参入さえできれば……大抵の場合、利を得ることが可能なのだ……!



 ――かくして。レベル2冒険者にありながらも、一財産築くチャンスは、案外ゴロゴロ転がっているのだ。

 その点はさすが首都、さすが『百万都市』ウルトといったところだろう。(住所不定を含めれば、優に二百万人を超すとされているが)



 一例は以上として……実際、何がしかの方法によって、金銭的に余裕のあるレベル2冒険者の若者というものも、実は思った以上に大勢存在している。



 となるとどういうことになるかというと――金に困ることがないが故に、『色恋沙汰』がメインになってしまっている冒険者も、結構いるのだという話に戻ってくるのだ……!


 やれ毎晩酒場で「いつか英雄になってやるぜ」だとか、「親にだけは迷惑かけたくねえんだ」だとか、「絶対故郷に錦を飾ってやるぜ」などとのたまい、お目当ての女性の気を引くことがメインクエストになっている冒険者も――



 ――四人が知っているだけでも、十人は下らない!


 まあその姿は、実際刹那的ではあるものの、楽しそうではあったりするため、四人にも、憧れる気持ちが皆無とは言えない。血の涙を流して言いたいが……言えない。



 まだ『夢』が勝っているから。『レベル2の壁』を越え、英雄になることが、四人の望みなのだから。

 だから、『現状の生活』の中から、逃避的に楽しみを見出してしまうわけにはいかない。それは彼らににとっては、完全に夢を諦めることとほとんど同義であるのだから……!



 ――などの議題を何度か話し合ったことがあり、ヒーロたち四人のパーティーには、ひどくシンプルなルールがある。それは、



 『職場恋愛禁止』だ。



 これは鉄の掟でもあるし、四人に言わせれば『当たり前』のことである。


 というのも、ある意味において、彼ら四人は、自分たちのパーティーを『レベル2』と同等に見てはいない。

 志だけは高いのだ。

 彼らが尊敬する英雄パーティーは、すべからくそのあたりがしっかりしている。

 きっちりしているのだ。売れるパーティーというのは。基本、『不和』を極力排除している。冷静なのだ。クールなのだ。人付き合いというものに対して。なぜなら――



 ――仕事だから――



 ……冒険者業界には、減ったとはいえ、いまだに夢が溢れている。世界にはまだ未踏の地があり、踏み入る許可を得るのに並大抵ではない努力が必要ではあるが、胸躍る冒険というのも、世界はまだまだ十分に用意する構えがある。


 だからこそ、老若男女問わず、一攫千金を狙って飛び込んでくるのが冒険者業界なのだが――


 忘れてはいけない。『冒険者』も、『職業』なのだ。

 『冒険』は『仕事』なのだ。



 ――英雄と呼ばれるレベル20以上のパーティーは、無論、広告塔として、冒険者人口を増加させる役割もあるので、人前に立つときにはキラキラと煌めいているのだが――


 ――内情はとてもクールだったりもする。

 彼らは『英雄』という仕事を効率良く全うするため、努力を惜しまない。

 その中の一つとして、当然のルールが『恋愛禁止』なのだ。

 ※いや確かに、英雄同士で恋仲の例、伝説的な剣士と絶世の美人魔術師カップルというのも存在する。だがそれこそが究極の客引きなのだ! そんなもの、万分の一、十万分の一、億分の一の事例である! 憧れるのは自由だが、『自分もそうなれるかも』などとは、決して思ってはいけない……!




 ――などといったことを、彼ら四人は教えてもらっていたのだった。


 実は、四人のことにちょっと目をかけてくれる英雄パーティーがいたりする。かなり年上で、いつも忙しい方々なのだが、ウルトに立ち寄ったときには、食事に呼んで下さったりする。そういった機会のときに教えを受けていたのだ。



 人間関係には、色恋沙汰には重々気をつけろと。そのあたりをないがしろにする冒険者は、決して英雄にはなれない。レベル2の壁を越えたとしても、いつか必ず、身を滅ぼすと――




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「……どうして黙っているんですか……?」


 トーコにとって、意を決して放った言葉だったのだろう。事実とはいえ、義務とはいえ、ある意味では「私を狙わないで下さい」という宣言とも取れるわけなのだから。


 重大な決心によって告げた言葉は、四人にストップモーションをもたらしてしまった。一呼吸や二呼吸くらいの間ならともかく、余りにも無言が長すぎたため、不審に思ってトーコは恐る恐る促したのだ。



 すると、四人はしらーっとした無表情のまま――リーダーであるヒーロが代表して返答をした。



「あ、そういうのは大丈夫です……」

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