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第52話 時間は解決してくれない

 遮る物など何もなく、陽光が燦燦と降り注ぐ。


 小高い丘の上でトーコと合流し五人組となった彼らは、そこから街道まで引き返し、テクテクと道を行く。

 結局、近くまでは整備された街道を使った方が早く着く。(『月の牙』はその大所帯が故、目立ちたくなくて街道を避けていたのだ)



 ちなみに二日ほど行ったところに宿場があり、そこで一泊する予定である。


 ――が、野宿だ。腐ってもレベル2のパーティーに、わざわざ宿泊費を出すほどギルドも御大尽ではない。……もっとも、宿場の近くならモンスターも寄っては来ないので、節約主義の冒険者は野宿を選択する場合も多い。

 ちょっと気晴らしに、宿場でディナーでも食べられるだけで、相当リッチである(その場合の費用は自腹だ)。




 右手に草原、左手に草原を見ながら、街道を進む五人。

 この辺りの道幅は、人間なら二十人、馬車なら四台は並べるほどの広さがある。当然、頻繁に誰かとすれ違う。その多くは、北から都への運送か、あるいはその逆、都から北へ向けての輸送馬車が、五人を追い抜いていったりする。



 言わずもがなだが、モンスターとの遭遇率はゼロに等しい。落雷の方が普通に危ない。




「……じゃあ、明日の夜までに用意すれば、事前申請扱いで大丈夫なんですね」

 先頭を歩くのはリーダーのヒーロ。彼は、隣を歩くトーコと、ずっと事務的なすり合わせを続けている。

「ええ。特に今回は、はっきりと、それで問題ないと承認を得ています。ですので、宿場を発つまでに、提出して頂ければ大丈夫です」

 足の運びまで几帳面なトーコのその返事には、実は若干の隠蔽があるのだった。


 今回、出発を急がせたのは、完全にギルドの都合である。一度『月の牙』がしくじってしまったため、『依頼』の有効期限に、ほとんど余裕がなくなってしまった。オーディションだのなんだのというのは、依頼者であるシルワの町とは関係がないことなのだ。(無論、先方に話は通してあり、それによって通常よりも長い期間を確保しているわけなのだが、だとしても限度がある)



 そして……規則上は。

 拘束期間四週間の規模の『冒険』であれば、相応の準備日数を要求する権利が、冒険者側にもあったりする。


 つまり、ヒーロたちには「出発まであと三日をくれ」と正当な主張をすることも可能だったわけである。(現実として、『権利』ばかりを口にする冒険者も少なくはない。……そういう者がギルドに好かれるかどうかは、お察しなわけだが……)



 ヒーロは、それをわかっていて、中一日での出発を了承した。つまり、ギルド側の事情を鑑み、そこは『譲った』のだ。


 それがわかっているからこそ、今度はギルド側も『歩み寄って』来ているわけである。



 なので、本当は。

もっと無茶なことを言われても、飲み込む用意がトーコにはある。例えば、事後申請を、事前に申請『していた』と細工するぐらいのことは、目をつぶる構えである。


 だが――それを全部明かしては、図に乗られてしまうリスクもある。

 なので、馬鹿正直に「いつまででも大丈夫ですよ」ではなく、「宿場を発つまでに」と、トーコは締め切りを設けたわけであった。




 ヒーロとトーコが仕事の会話をしながら歩いているやや後方で――アビー、ハーラン、クーの三人は、つかず離れずでついてきていた。


 歩行は体を目覚めさせる。ハーランもクーも、出発時のぬぼっとした顔はもうしていない。


 だが――表情は、依然として明るくはなかった。



「……ヒーロのヤツ、なんか、生き生きとしてんなー……」

 ハーランが口を尖らせて呟いた。そこには何かしらの不満が含まれているように思えた。


「仕事の話、だからだろ」

 と、アビーが淡々と合いの手を入れる。


「その辺りについては、すり合わせといてもらわないと」

 基本、事務手続きはリーダーのヒーロに一任されている。一切の申請系なども勿論だ。


「不明点が無いようにしといてくれないと」

 アゴの上がっただらしない歩き方をしながらアビーが言うと、


「そりゃ重要だ。オレらの不明点も、明らかにしてもらいたいぜ……」

 ハーランの皮肉に、クーも顔の上半分に暗い影を落としながらコクコクと頷く。




「結局、どーすりゃ倒せるんだよ……」




 ――旅立ち前、最後の猶予日であった、昨日。

 アビー、ヒーロ、クーの三人は、各々の職場へ赴き、長期休暇の断りを入れた。


 空いた時間は情報収集に努めた。ハーランでさえも、昨日はプチ屋を一時間で切り上げ、それ以外の時間は魔術について調べたりなんだりしたのだという。

 そして、夜。アパートの一室に集合した彼らは、改めて、如何にしてフォレストドラゴンを足止めせしめるかについて、議論し合った。


 結果から述べると――遂に名案が浮かぶことはなかった。百出したアイディアのどれも、採用に足る成功率とは思えなかったためだ。


 メンバーは全員、根気強く模索を続けたが、朝日が昇るかどうかというところで解散となり、わずかな仮眠だけ取ると、待ち合わせ場所へとやってきたのだった。


 決定的な策を、持たぬまま――




「……こうなったらもう、足止めとか考えずに、全員で突っ込むか?」

 睡眠不足で不機嫌、かつ投げやりなハーランがそんなことを言う。

 すると、クーがぶんぶんと頭を振った。


「野生動物、甘く見る、ダメ」

 クーも珍しく不機嫌だった。成人してはいるが、クーは思わず子供かと言いたくなるほどよく眠る。睡眠時間だけなら、ハーランよりも多く必要とする。(だいたいにして、ハーランは眠いから寝てるというより、怠惰な本質が入眠させているという方が近い気もする)



「甘くなんか見ねーよ。全力でかかるっつーの」

「こっちの全力、関係ない。動物の全力、の方がすごい」

 これもまた珍しく、クーがハーランの意見をちょっと強めに否定する。

 日が高くなり、眠気のピークは越えた様子のクーだが、機嫌はそのままレッドゾーンに留まっているようだった。


 さらにクーが続ける。


「油断させて、一発で、殺す。それが、基本。基本で、鉄則」


 中々難しい言葉を使うじゃないか……などと、アビーはのんきに聞いていたが、ハーランは多少なりともイラついたらしく、口を尖らせた。


「油断させらんなかったら? どーすんだよ?」

 その質問を受けると、クーは「ム」と一瞬黙り、それから答えた。



「待つ。油断するまで」

 何をそんな当たり前なことを……と、ハーランは一瞬毒づきかけたが……ふ、と表情を緩めると、


「……ソレ、悪くないんじゃねーか?」

 突然の採用。

 思わぬ支持にクーもパッと顔を上げたのだが……


 ――その代わりに、今度はアビーがピシャリと、


「何日くらい待てばいい? それにおれたち、クー以外は狩猟初めてだぞ。そんなおれらに見張られて、野生動物は油断するのか?」



 ――すると、二人はピタっと足を止めた。


「……わかってんだよ。無理だってことは」

「ああ?」

「いーじゃねーかよ。油断したら、やっつけるで。油断しなかったら、しなかったときの話じゃねーか」


 ……こいつは何を言ってるんだ? 瞬間、アビーの脳が回転を止めた隙に、



「油断、するときはするよ、動物。逆に、何日見張れば絶対油断するとか、ないよ」

 クーも反発してきた。



 そして、さすがにアビーもカチンときた。



「おいおい、お前ら。ここで口喧嘩して、何になるってんだ? ちょっと落ち着け」

「否定すりゃー冷静ってわけじゃねーだろが? あァ?」

「アビー、ダメな想像、ばっかり。それじゃ、成功しない」

「お、なんだなんだ? 悪いのはおれか? だったら言わせてもらうがな――足止めが上手くいったからって、おれがひと突きで殺せる保証はねえんだからな!」

「お前、どんなモンスターでも瞬殺できるって言ってたじゃねーか!?」

「アビー! それ言い出したら、作戦、決まんないよ!!」




 ――唐突に、後方で始まった口論に、先を歩いていたヒーロとトーコが振り返った。



「……元気ですね、みなさん」

「ああ、それだけが取り柄でして」

「褒めてませんよ、皮肉です。恥ずかしいので静かにさせてもらえますか?」




 とばっちりで怒られた。ヒーロはぐっと拳を握った。




 ――集団で歩いていくときって、うしろの組の方がいいよなあ――


 なんとなくヒーロはそう思った。なんなら自分も口喧嘩に混ざりたいのだが、そうはさせてくれないらしい……


 リーダーだから。

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