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第49話 発覚すれば逃げ道はない

 ――オレ魔法使えるけど――



 それは、ハイ! 私は犯罪者です! と高らかに叫んでいることとほぼ同義である。少なくとも一般的な認識では。なので、もし街中で耳にしたとしても、それは九分九厘ジョークである。


 だが、まれに冗談では済まされなさそうな男がいるとした場合――



 ――目の前のハーランが、それに該当してしまうだろう。




「……ハーラン。もしそれが悪趣味な冗談だったら、即引っ込めていいぞ。怒らないから」

 アビーが感情と声量を抑えて告げる。


 すると、スキンヘッドをツルリと撫でて、ハーランは答える。


「さすがに、今この場でそんな冗談は言わねえよ、オレだって」



 ……それが一番冗談になってないのだ……!




 ヒーロがクーに目配せをした。クーも神妙な表情で頷きを返す。『誰かが近くで聞いているような気配はない』という意味だろう。見ているアビーにもそれはわかった。



 ヒーロがぐっと座卓に身を乗り出した。残りの三人もそれに倣い、顔面同士の距離を詰める。


「……言葉に気をつけろよ、ハーラン。それが本当だったら、誰かに聞かれでもしたら、全てが終わる」



 魔術師転職禁止法。その効力は絶大である。風評被害も容易に呼んでしまう。



 『あいつ魔術が使えるらしいよ』の噂は、冒険者間では最上位に位置する危険なレッテルなのだ。(当然、登録職業が魔術師系ではない場合だ)

 ※だがこれは、やや過剰な反応とも言えるだろう。確かに魔術師転職禁止法は冒険者法の垣根を越え、一般人にも広く共通認識となっているが、『罰する側』が常にスパイ狩りのような監視活動を行っているわけではない。


 とはいえ――念には念を。それが常識だ。さしものハーランもそれを知ってか、ややトーンを落とし、言った。



「わかってる。けど、心配すんな。……習ってたのは、前の戸籍だ」



 あっ、と三人とも口を丸くする。


 そうだった。この、北の大地主の一人息子ハーランは、金の力で新たな戸籍をゲットし、別人として第二の人生を歩んでいるのだった。


 ……と、いうか……


「……つまり、それが原因か……?」


 アビーが突き刺してくる人差し指をじっと見つめ、ハーランはコクリと頷いた。



 ――つながった。アビーは脳内で、AとBが結ばれたと思った。



A:戸籍まで別人となり、誰も知らない街で人生を一からやり直す。

 ↓

 なぜ?

 ↓

 B:魔術師の道を志したが、辞めたくなった。が、魔術師転職禁止がそれを阻む。


 ――だから。



 ハーランは静かに口を開いた。


「オレさ。黒魔術学校に通ってたんだけど、なんか途中で、ヤんなっちまったんだ」



「……理由はそれだけか?」

 ヒーロの問いに、ハーランは真正面から、


「そうだよ」

 と答えた。



 一度『入学してしまう』だけで、その後の人生を大部分制限してしまう魔術師転職禁止法の重圧は、当事者にしかわからないものなのだろう。



 だが――魔術学校に入学するのにだって、相応の学費がかかる。金持ちしか入学できないとは言わないが、貧乏な家に生まれてしまうと、相当苦労するというのが現実なのである。


「もったいないな」

 なのでアビーがそう言ってみると。


「まーそーだよな。けどよ、当時のオレには、どーにも耐えられなくなっちまったんだよ。残りの人生、もうほぼほぼ決まっちまった気がして。毎日本当に嫌になりながら、学校通ってたんだよ……」



 贅沢な話であることと――本人の苦悩は別問題だ。

 生まれは選べない。

 勿論、大多数の人間は、より資産家の家に生まれたいと願うものなのだろうが、だからといって、ハーランとて、望んでそこに生誕したわけではない。ハーランの少年時代には、ハーランにしかわからない苦しみや葛藤があって当然なのだ。


 なんとなくだが、ハーランの真顔には、そういったことなどを想像させる力があった。普段ヘラヘラしているが故のギャップなのかもしれない。だとすれば得な性分である。



「で、まあ、家から出ないようになっちまって、それを見てオヤジが……って、このヘンはいっか。前に言った通り、戸籍を買ってもらって、このウルトまでやってきたわけなんだけどよ」



 そしてブーメランのように、大きな弧を描いて、話は戻ってきた。



「嫌だったんだけど、通ってる間は一応、真面目に勉強しててさ。だから、ある程度使えるんだよね、魔術。てか、むしろ結構得意な方だったりしたぜ」

 ハーランはトン、と自分の胸を叩いた。



 ――実際、魔法/魔術とは、行使自体はさほど難しいものではないと言われている。


 ざっくりと言えば――『不思議な力を秘めた公式』を成立させることにより、『無限界』からエネルギーを引き出し、物質界になんらかの現象を起こす。それがいわゆる、魔法/魔術と呼ばれるものだとされている。

 (※ちなみに、この現象を全て『幻』だという説もある。その説によれば、魔術的な事象は、全人類が同時に認識する『幻』にすぎない……というだけでなく、『無機物』すらも騙してしまう幻覚なのだという。それを信じ込んだ無機物が、自ら発火したり、弾け飛んだりしているのだという。そこそこに異端の説であるのだが、結論として、じゃあ別に、言ってること自体は同じで、『幻』って単語に置き換えてるだけじゃない……? というところにたどり着いてしまうので、あまり本気で議論されたりすることもないのだという)


 また、なぜその『式』が『不思議な力』を持つのか? 神々の遺産なのかはたまた共同幻想なのか……?

 ――それについても日々研究されてはいるものの、それは『なぜ時は流れるのか?』を解き明かそうとしているのと同じことであり、少なくともあと百年は答えが出ないだろうと考えられている。



 ともかく――課程を修了させなかったハーランが使えるのだから、アビーやヒーロにしても、ハーランから学べば魔法を使えてしまうのではないかとも思いがちだが――その超ド級の大犯罪に手をつける者は有史以来発生していない。(歴史の裏にはいたかもわからないが)


 それに、未熟な魔術は己に害を及ぼす。

 『悪いことをすると、悪魔に魔界に連れていかれちゃうわよ』

 と、子供に諭す言葉は、その全てが創作なわけでは決してない。




「――ハーラン。俺はお前が嘘をついているとは思わない。お前が、魔術が得意だと言うのなら、本当に得意なんだろう」

 お得意の『腕組み顎乗せ』状態を構築したヒーロが、会話を結論へと向かわせるべく語り始めた。



「わかってくれると思ったぜ、お前なら、ヒーロ。つーことで、フォレストドラゴンの足止めの役目、オレに任せてくれよ。必殺の〈閃光〉の魔術で目をくらませてやる。そっから先は頼むぜ、アビー」


「……………………」


「……や、待て。それだと、全員喰らっちまう可能性もあるか。かなり強烈だからな、〈閃光〉は。そんなら、〈朦朧〉はどうだ? トカゲ野郎にどんだけ効くかわからねーが、全く無効ってこともねーだろ。これも結構自信あるぜ。オレのは尾を引くのさ。朦朧から回復しても、半日は風邪引いたときみてーにフラフラで、戦えなくなるぜ」


「「……………………」」


「他には……そうだなー……これはマジでとっておきなんだけどよ、〈幻惑の霧〉って魔術があるんだよ。これな、強引に術式の一部を変換することができるっつーのを発見してよ。まあ、同期でそれに成功したのはオレくらいで、オレでも百発百中ってことはなかったけどよ、要するに、霧を構成する成分を――」

「もういい」

 次々と言葉を並べていくハーラン。三人はその姿に、どんどん悲しくなっていった。


 これこそが灯台下暗しというヤツなのだろうか? ハーランが良かれと思い、心からパーティーのために、フォレストドラゴンの足止めを確実に行い、そしてアビーにとどめを刺してもらうために、様々な提案をしてくれている。それは勿論わかっているし、普段の不真面目でちゃらぽらんな振る舞いからは想像もできないような前向きな取り組みで、それも本当に嬉しい。


 でも、だからこそ。悲しくなる。どんどん悲しくなっていく。



「もういいって……どーゆーことだよ?」

「「「……………………」」」

「この依頼、絶対失敗できないんだぞ!? 全力を尽くさなきゃだろーが!? なあ、そうだろ!?」

「「「……………………」」」

「何黙ってんだよ!? なんとか言えよ! なあ!?」



「……たぶんだけどな、ハーラン」


 アビーが口を開いた。


「お前が言ってた、今の作戦通りに、やるとだな」

「なんだよ!?




「懲役五十年くらい、ぶち込まれるんだわ」



 え。


 ハーランはフリーズした。


 そして、フリーズの内部で、ようやく思い出し始めるのだった。


「戸籍を替えたからって、いいわけじゃないぞ」

 というよりも、考えてみれば余計に悪い。アビーは言いながらそう思った。


 ハーランは尚も固まっている。


 そこへ畳みかけるように、ヒーロが指折り説明する。

 君は袋小路にいるのだ、ということを……


「冒険中の魔術の行使には、申請が不可欠だ。ハーラン、お前が今挙げた魔術はどれも、レベル2魔法剣士が扱っていいものじゃない。もしも使えば、ログに残る。そうなれば、めでたくフォレストドラゴンを討伐して帰ってきても、審査の時に魔術の不正使用が引っかかって――依頼は当然『未達成』になる。どころか、永久に冒険者資格を剥奪されるだろうな」



 ――ひゅう~……と、固まるハーランの横を、風が吹き抜けたようだった。屋内なのに。




「監査官いるし、そもそも無理だよ」


 最後にクーが、ボソリと毒づいた。

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