第47話 職員側にも高揚がある
トーコと名乗った少女の身長はクーより少し低く、大きめの眼鏡をかけていた。(魔具により加工が容易になった視力矯正器である)
ギルド職員らしくこざっぱりとした衣服に身を包み、背筋は奇麗に伸びている。きっかり45度だったお辞儀といい、ザ・優等生な雰囲気だ。
「リーダーのヒーロです」
「アビーです」
「ハーラン」
「クー」
立ち上がり、四人が挨拶すると、
「え、え? くう? ってなんです?」
聞き返された。
「こいつの名前が、クーっていうんです」
と、ヒーロが助け舟を出す。
「ああ、そうですよね、資料は見ていたはずなのですが……失礼しました。……あまりにも流れるように早すぎて、一瞬何のことかわかりませんでした」
その言い分は無理もなかった。自分たちでも思い当たる節がある。
「ノディマスさんに影響されたかな」
アビーがぽりぽりと頭を掻くと、
「わかります……早いんですよね、ノディマスさん……」
「話したことあるんですか?」
ヒーロが尋ねると、
「昨日、この件で一度だけ。あとは……ギルドに入りたての頃、講義を聞いたことがあるんですが、早すぎてついていくのに必死でした」
『ついていくのに』と、このトーコと名乗る少女は言ったが、きっとついていけなかったに違いない……と、一同はなんとなく思った。
「お若いのに、もう監査官なんですね。宜しくお願いします」
本当に若いのだろうか? ヒーロの発言は外す可能性も実際結構あったのだが、
「はい、監査官としては、これが初仕事なんです」
と、頷いたので、ハーランが調子に乗って、
「トーコちゃんって人間族だよね? トシいくつなの?」
おまっ……! と驚く二人。トーコはピシリと、
「それは必要な情報ですか?」
と、シャットアウト。するかと思いきや、
「私は人間族、十七歳です。あなたたちは?」
律儀に答え、今度はこちらに問うてきた。
ので、
「十九」
「十八」
「十八」
「十四」
「いやだから早いって……!」
中々ノリと、反射がいい。四人は同時にそう思った。
――年齢を明かしたのは、こちらの年齢を知りたかったからだろう。
「歳が近くて安心しました」
ふーっ、と息を吐きながらトーコは言葉を続ける。
「私は監査官として、冒険に『制限をかける』役目です。そんなとき、年齢が上だというだけで、無理を通そうとしてくる冒険者も多いと聞きますからね」
確かに、それはありそうな話だった。……とはいえ、違法行為は結局ログに残り、そしてまた、監査官が帯同する以上、その確認が依頼達成の必須項目にもなるのだから、監査官と敵対する意味など全くないのだが……
とはいえ、感情の話だ。レベル2を三十年もやってるベテランからしたら、十七歳の少女からあれやこれや言われるのは面白くもないだろう。
「そんなら安心してくれ。オレらは、トーコちゃんを軽んじるよーなことはしねえよ!」
監査官が女子だった、ということもあり。
上着を翻し、指先までビキビキっと力の入ったキメポーズで、そう誓ったハーランは。
それがもう失礼だということをわかっていない。
「トーコちゃん?」
ギロリ、とトーコがハーランを睨んだ。
「なぜ、ちゃんづけで?」
「オレが一個上だから」
「確かに。ですが、『さん』づけでもよかったのでは?」
「だって、そこはさ――」
再び別のキメポーズを取りながら、ハーランがのたまう。
「これから一緒に冒険するんだし、咄嗟に声をかけることもあるかもしれねーだろ? 『危ねえ、逃げろ!』とか。そういうとき、口調とか気にしてると、一瞬余計な思考が挟まって、隙が生まれるじゃん。だから、自然な呼び方が一番いいんだと思うワケよ。安全面から言っても」
よくもまあペラペラと……そんなの、口調を矯正すればいいだけだろ……と、アビーとヒーロは思いながら聞いていたが、
「……なるほど。一理ありますね。それに資料では、クーさんは亜人種のため、共通語が苦手であるとか……」
顎に手をやり、ふむ、と考え込んだトーコは、なぜだか好意的な解釈をしてくれたようで、
「承知しました。一番スッと呼びやすい呼称で構いません。私からは、ヒーロさん、アビーさん、ハーランさん、クーさんと、さんづけで呼びます」
「了解です、トーコさん」
「わかりましたトーコさん」
「そうこなくっちゃトーコちゃん!」
「わかった、トーコ!」
トーコは四人の返答に満足げに頷くと、手にしていたバインダーになにやらメモを残した。
トン、とペンで一度叩き、
「では本題に入りましょう。今回、既に一度、依頼を失敗しているため、できるだけ早く出発したいとギルド側では考えています。急かしてしまって申し訳ないのですが、明後日の早朝はいかがでしょうか?」
と、提案してきた。
一同、頷き、ヒーロが代表して答える。
「問題ありません。面接時点から一ヶ月の拘束であることは聞いておりまして、それぞれ仕事先などに前もって伝えてあります。ですので、明日一日あれば、余裕を持って調整可能です。大丈夫だよな? アビー、クー?」
「問題ない」
「だいじょぶ!」
「ハーランさんは?」
「オレはバイトしてないから。いつでも旅立てるぜ!」
「……そうですか。では、明後日早朝六時集合でお願いします。場所は、クーさん。前回と同じ場所で」
「ハイ!」
クーの返事に満足げに頷き、カカっとペンを走らせてから、トーコはバインダーを閉じた。
「目的地までたっぷり時間があるので、詳しい話は道中しようと思っているのですが、大事なことだけ、いまこの場でお伝えします。この依頼は本来、レベル5以上の冒険者が受注できる難易度です」
トーコはしゃべりながら数歩、歩いてみた。なんとなくそれっぽかった。
「オーディションを通過したということは、みなさんには相応の実力があると、ギルド側が判断した、ということになります。……ですが、絶対ではありません。事実、『月の牙』は奇襲により失敗しました」
そういえば、ノディマスは『失敗』という言葉は使わず、『依頼未達成』で通していたな……と、ふとアビーは思った。そういう点でも、このトーコという職員はまだまだ未熟なのだろう。
「監査官の役割は、依頼の達成・未達成の確認だけではありません。監査官にとって一番重要なのは、同行しているパーティーのことを、常時正確に把握すること。戦力、体調、全てにおいて。……つまり……」
トーコはピタリと足を止め、四人に正対し、毅然として告げた。
「私が『続行不可能』と判断したら、みなさんには必ずそれに従っていただきます。人命が第一ですから。ご了承いただけますね?」
全員、異論はなかった。
と、ハーランが、
「むしろトーコちゃんが心配だ。うちのメンバー、全員結構やるぜ? ちゃんとついてこれる?」
お前が言うな……! という気持ちもあったが、あえて誰も口を挟まずにいると、
「ご心配なく。そんじょそこらの冒険者に劣るようでは、監査官は務まりませんので」
フフン、と眼鏡を上げながら、若干のけぞってトーコは言った。
「そのセリフが嘘じゃないことを祈ってるぜ」
「焦らなくとも、当日になればわかりますよ」
なぜだか無駄に、ハーランとトーコの間に、バチバチと火花が見えるような気がした。
それにしても――ああ、これで、ついに――!
『冒険』に行ける……!!
四人、いやトーコも含めて五人が、普段よりもテンション高く、軽妙なやりとりをしたりしていたのは――
当然、その高揚があったからである――