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第44話 想定には収まらない

 深夜のアパートに、突如として出現したクー。

(というか彼の住処はここなのだから、依頼が終われば帰ってくるのだが)


 喧々諤々、というよりも、不満をタラタラ垂れ流しながら安酒を飲み、起きていた三人は、暗い玄関で立ちすくむクーをほぼ同時に発見し、しばらく間を作った。


 そして、


「「「……おかえり……」」」


 何よりもまずは、その一言が口を突いて出るあたり、三人は人が好い――




「……で、失敗っていうのは?」

 全員の腰が落ち着いてから、改めてヒーロがそう切り出した。



 クーはコクンと頷き、

「みんな、逃げた。依頼、失敗」

「夜逃げしたのか?」

 ハーランがそう尋ねると、今度はクーは首を横に振り、

「違う。フォレストドラゴン、奇襲されて」

 ほうほう……ヒーロたち三人は同時に顎に手をやった。


「これは……アレだな」

 アビーから目線を受け取り、ヒーロも同意を示す。

「そうなだ。クー、質問して悪かった。順を追って、頭から話してもらっていいか?」


 そう頼むと、クーは「もちろん」と快諾した。



「待ち合わせ場所に、着いたとき――」



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 単身『月の牙』に同行することになったクー。

 出発の朝早く、都の北の集合場所へと赴いた。

 『メンバーの見送り禁止』のお達しに、四人は素直に従っていた。


 北門を出て、街道をしばらく進み……指定された地点には小高い丘があった。そこをぐるりと回りこむと、ちょっとした広場になっていた。


 そこでクーは、三十人ほどの一団(キャラバン)を目撃する。



「最初、わかんなかった」


 『月の牙』は四人パーティー。そう思い込んでいたのだ。

 だから、その一団の周囲をウロウロしていた男が「こっちこっちー!」と手を振ってきたとき、クーは激しく混乱したという。


 頭に『?』を乗っけたまま、クーは一団の囲む中心に建てられた小さなテントに通された。


「たかが待ち合わせにテント!?」

 アビーが思わず声を上げる。どんなブルジョワだ!?

「その中に四人がいたのか?」

 ヒーロの質問に、クーは、

「いなかった。監査官と、マネージャー? ってひとと、あと何人か、だけ」

 唖然とする三人。クーはさらに続ける。


「四人は、隣の、もっとおっきなテント」



 ――クーは『小さな方のテント』の中で、主に『マネージャー』から説明を受けた。


 目線も合わせることなく小さな声でかつ早口だったそうで、クーでなくともほとんど聞き取れはしなかっただろう。総合してクーは『邪魔だけはするな』と言われたのだと理解した。その隣にいたギルドの監査官は何度か発言したそうにしていたが、場の空気を読んでなのか結局一言も発しなかったという。彼もまた、アウェイだったのかもしれない。



 頷くだけで発言の機会を与えられることすらなかったクーは、その後テントから出され、一団は出発。テントの撤収のために何人かを残し、二十数名が先行する。

 『月の牙』の四人は、最後尾で、馬に乗っていた。



「馬ァ!?」

 いくらすると思ってんだ!? たとえレンタルだとて! アビーがまたもや叫ぶ。


「しかも、馬車ですらなく、全員単騎でってことかァ?」

 頭の後ろで手を組み、気に入らなそうにハーランが吐き捨てると、



「馬車もあったよ。荷物、運ぶ用に」


 開いた口が塞がらないとはまさにこのことである……



 クーは当然徒歩だった。まあ、急に「お前用だ」と馬を出されてもその方が困っただろうが、それにしたって待遇の差が露骨である。

 先行隊の先頭にクーは配置させられた。



「まわり、冒険者じゃない人、ばっかりだった」



 使用人に混ぜて歩かされていたようだ。これには聞いている三人の方が怒りを覚えたが、話の腰を折るわけにもいかない。



 そのまま、四日ほど。一団は黙々と進んだ。



「なんでそんなことを」

 とアビーが呟く。四日も街道から逸れて進むなら、最寄りの町は他にあったのではないか?


「お忍びだってことだろーよ」

 けっ、と舌を打ち鳴らしながら、面白くもなさそうにハーランが応じた。


「それで首都からキャラバンってか……一体いくら金かけてんだよ……」

 段々呆れてきたアビーである。




 その間、クーは一度も『月の牙』と話す機会はなかった。

 三十人の大所帯の最後尾で、彼らはいっつも欠伸をしながら不機嫌そうに馬に揺られていたそうだ。

 その周りでは、あの小声で早口だったマネージャーが、人が変わったような笑顔で、四六時中付きまとい、ご機嫌を取るのに大忙しだったという。



「どっかの王族とかなのかねー?」

 ハーランがこぼす。それもあり得るとアビーもヒーロも思った。




 日に三度、与えられる食料(当然のように使用人と同ランクだった)を黙々と食べながら行軍に着き従いながら、「自分、何やってるんだろう……」と、次第に虚しさを覚えていったとクーは語る。




 そして、五日目――事件は起きた。




「フォレストドラゴン、住む森、大きかった。巨人が千人、暮らせる」

 クーならではの表現だった。首都ウルトから徒歩で四日ほどの距離というと……北西のシルワスの大森林あたりだろうか。

 だとすれば、そこはざっと首都二つ分ほどの面積を誇る森林地帯である。未開の地というほどではないが、わざわざ開拓もされていない。

 ※ちなみにシルワス森林への侵入は、冒険者だと許可が必要である。多くの場合、受注した依頼と通行申請はセットになっているものだが、『腕試しのため』などで勝手に踏み入ることは許されていない。……冒険者は。



 さて、本題はようやくここからだった。広大な森の入口で、全軍一旦足を止めた。

 そして森林のすぐそばにベースキャンプを設営し始めたらしい。



「……すぐそばで?」

 アビーの質問に、

「ウン」

 と、真顔で答えるクー。



 そして、この段になってようやく、下馬した『月の牙』の四人が先頭の方へとやってきた。

 クーはちらりと一瞥されただけだった。控室で会ったときのような気さくさは皆無だった。全ては仮面だったのだ。


 道中も不機嫌だったが、ここに来てピークを迎えたという。



 こんな森に入れるか、どうやってフォレストドラゴンを探せっていうんだ、何日かかるんだ、その間の食事は、入浴は、着替えは、都に待たせている恋人がどうのこうの……

 彼らは数人のマネージャーに向かって(その頃になるとクーは、最初に会ったのはチーフマネージャーであり、他にも何人もいるという組織図をなんとなく理解していた)、止めどなく不満を吐き出し始めたという。


 大森林の入口で、ギャーギャーと。



「……それ、大丈夫か?」

 他人事とはいえさすがに真剣な表情で、アビーが心配すると、


「ダメだった。それで襲われた」

 きっぱりと、クーは言った。




 悲鳴が響いた。

 『月の牙』の一人が、一瞬で姿を消したのだ。


 だが見えなかったまでも、風圧、気配、それらを感じ、素早く視線を走らせたマネージャーの一人が、あるものを発見する。


 足だけが宙に浮いている……!


 目を凝らせば、ジワっとそこに浮かんでくる輪郭。


 それは巨大なトカゲ――フォレストドラゴンだ!


 いつの間にこんな近くに! 木立の陰から舌を伸ばし、まず一名を捕獲したのだ!




 ――即座に撃退の判断を下した者がいた。


 『月の牙』リーダー、スヴェンだ。


 彼はまず標的を確認した。

 フォレストドラゴン。依頼の討伐対象である。全長4メータルと聞いていたが……ざっとその倍はあるように思える。


 だが――どれほどの巨体でも、我が前では無力なり! ……と言わんばかりに、スヴェンはすかさず両目を赤く光らせた。


 ……が……




「〈魅了〉がトカゲに効くわけないだろ」

 アビーの言う通りだった。人類以外に、ピレート族の魅力が理解されるわけがない。百歩譲ってそれが『魔』の力を持つ異能だとしても、フォレストドラゴンの生態も知らない者が、その本能をコントロールできるはずもない。



 スヴェンのとってきおきはまたも不発に終わった。が、フォレストドラゴンは、その『敵意』を敏感に察知。


 すると、口に含んでいた獲物をスヴェンに向けて勢いよく吐き出した。捕まったときとほぼ同等のスピード。回避する間もなく、二人絡みあって後方へと吹っ飛ばされていった。



 そして、ますます興奮したフォレストドラゴンは、地面を揺らしながら森から飛び出し、丸太のように太い四肢で、組み始めたばかりのベースキャンプをバラバラに粉砕した。


 居合わせた三十人は、まさに蜘蛛の子を散らすように、我先に逃げ出した。


 フォレストドラゴンは、目に留まった者から舌での捕獲を試みていたが、多少手練れの用心棒が一人いたらしく、その男がなんとか引きつけているようだった。


 スヴェンたちも誰かによって救出されていた。クーはしばらく遠巻きに観察していたが、ある程度時間を稼いだ用心棒が下がり始め、フォレストドラゴンも徐々に攻撃頻度を減らしているようだったため、クーもその場を後にした。


 馬があれば拝借しようかとも思ったが、とっくにいなかったという。誰かが乗ったか、それとも逃げたか。いずれにしても、教育がなっていない――



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 聞いていた三人は、ほーっ……と息を吐き出した。

 それは、まあ、なんという……



 だが、まずはその前にと、ハーランがクーの体を気遣った。



「で、また四日歩いて帰ってきたのか?」


 ううん、とクーは事も無げに、


「走って来たから、一日くらい」

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