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第42話 確たる証拠はない……が

 誰にも言うな――


 それは前にカッコがついて「仲間以外には」であると解釈し、ヒーロはアビーとハーランの二人に、『アルベルトのデスク』のことについて語った。


 念のため、深夜のアパートとはいえ、顔を寄せ合い、声をひそめて。



「――実際には存在しないだァ!?」



 初めに念を押してあったのだ。「ここだけの話だが」と。「大きな声で言えないが」と。

 なのにそれでも大声を出しやがったハーランは、もはや命を賭けてふざけをやろうということなのかもしれないし、正真正銘のアホなのかもしれない。


 ともかく――その発言だけであれば、別段問題はないだろう。空を飛ぶ馬車も大陸と大陸を繋ぐ扉も、実際には存在しないのだ。(まだ見つけてない・発明していない・あるいは存在しているのに公表されていないだけかもしれないが)


 と思い、一旦はスルーの判断をした二人だったが、


「どーゆーことなんだよォ!? だったらあの筆記しけ――」

「「トウ!」」

 さらに危ない単語を叫ぼうとしたものだから、アビーは喉に突きを、ヒーロは口に裏拳を見舞ったので、ハーランは黙った。


 げふげふ、と咳き込む上から、


「大きな声を出すな。これは、誰かに聞かれたら本当にヤバイらしい」

 とヒーロが釘を差すと、ヒーロは指でわっかを作った。

 痛みを覚えているうちは静かにするだろう。




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 ――『叩き場』の主、再利用の生き字引、オールマイティークラフトマンのおやっさんは、周囲を見回し誰もいないことを確認すると、尚も用心してボソボソと小声で教えてくれた。



 アルベルトのデスク――それは、雑然とした机の上から、いつの間にか物が無くなってしまっていたり、あるいは「あ! コレこんなところにあったのか!」と失せ物が急に机の上で見つかることなどを表現した文句であるらしい。大昔のマイナーなサーガに出てくるそうだ。



 転じてなのかママなのか――シンヤークギルドにおいては、『どこからか急に出現した答案』のことを暗示する。


 それはつまり――筆記試験一位通過のパーティーなど、架空の存在であるということをほのめかす――



「……どうしてそんなことが……?」

 全容が見えないうちからでもそれが真実であれば相当なヤバさがある、と感じたヒーロは、おやっさんから目線も逸らし、聞こえるか聞こえないかの最低限の囁きで質問した。



「……それはな……」



 こちらも同じく囁き声で、「あくまで噂だが――」と前置きし、おやっさんが語ることには――




 ――数十年前に開催されたオーディションでのこと。


 超実力派のパーティーがあったらしい。武に長け文に長け、二位以下のパーティーを突き放し、他の参加者たちも、彼らが合格するのであれば、悔しいが今回は仕方ない……と、全員が納得してしまうほどの実力差を、筆記、一次、最終試験と全ての段階で見せつけたらしい。


 だが――彼らは合格しなかった。誰が見ても突出していたそのパーティーを差し置いて、合格したのは美男美女で構成された、二番手のパーティーだったらしい。


 ――ヒーロは、「どこかで聞いた話だ」と思おうとして、思い直した。

 ヒーロたち四人は、筆記試験一位でもない。


 また、実技審査で優勝したとはいえ、あれだけで『圧倒的実力差』と評するのは自画自賛が過ぎるだろう。


 要するに、自分たちよりも、もっとはっきりと完全勝利していたパーティーが、美男美女に合格をかっさらわれた、ということだ。



 おやっさんの説明は続く。


 当時から、ギルドの決定は絶対で、どんなに不満の残る結果だったとしても、黙って受け入れるしかない……それがオーディションの不文律だったらしい。




 だが――その実力派パーティーは、不合格の結果にどうしても納得せず、ついには行動に移したのだという。



「……行動、というのは……?」

 ごくりと喉を鳴らし、ヒーロが続きを促した。



「暴力に訴えたわけじゃない。むしろ、その逆。彼らは、『動かぬ証拠』をかき集めて、大勢の冒険者仲間たちを証人とし、真正面からギルドに撤回を求めたんだと」



 筆記試験で一位だった証拠。そして、その後の試験も圧倒的にトップだったと証言してくれるライバルたち。あるいは面接官。それを後押ししてくれる、何百人もの署名……



 そういったものを提出され、正論でオーディション結果の撤回を求められ――


 ギルドは冒険者たちの声を看過することができなくなり、異例のオーディション結果変更を余儀なくさせられたのだという。


「……すごいですね……まあ、そんな人たちなら、無視し続けることもできないでしょうね……」

 それだけの手腕があれば、裁判所に訴えることだって造作もないだろう。ギルドだってそう考えればこそ、対応せざるを得なかったのだろう。ヒーロは感心した。



「まあ……真偽のほどはわからんがな」


 どの道昔の話だ。と、おやっさんは少し寂しそうに呟いた。


 その横顔を見て――もしかすると、当時、おやっさんも、一枚噛んでいたのかもしれない……と、なんとなくヒーロはそんなことを思った。



 かくして、改めてオーディションに合格した彼らだったが、彼らのその後は特に語り継がれていない。そこがクライマックスの噂話だからだろう。



 だが――



「問題は、だ。それ以降、ギルド側が、オーディションの要所要所に『安全装置』を設けるようになったってことだ」



 たとえば、これは冒険者法ではなく、冒険者ギルド利用者に遵守を求めている規約だが――


 ――現在、集団で建物や敷地を占拠し、ギルドに対して大人数で要求する行為は、堅く禁ずると明記されている。そういった集会に参加したものには、即刻冒険者資格を剥奪するものとし、永久に返還することはない、ともある。



 おそらくほとんどの冒険者は覚えてすらいないだろうが、確かに登録する際にサインさせられる契約書にはそういったことが書いてあり、よって、出るところへ出れば負ける。


 などといった規約の改定以外にも――いくつか仕込まれた『安全装置』――


 そのうちの一つが、筆記試験における『アルベルトのデスク』であるという。



 虚空より突如現れる答案……それは、平凡な名前の四人パーティーのもので、全員が非常に高い学力を有し、必ず僅差で二位を上回り、第一位に輝く。


 だが……どこを探しても、その答案の持ち主は存在しないのだという。(まあ厳密に言えばその用紙をねつ造した職員が持ち主ということになるのかもしれないが)



「……贔屓のパーティーを不自然に一位にするよりも、『存在しない冒険者』を一番上に置くことで、圧倒的な一位が出ないようにしたんだろうな」


 それに、このやり方であれば、万が一のときにも、その気にさえなれば、本当にパーティーを用意してしまうことだって、ギルド側には不可能ではない。



「……バレないもんなんですかね……」

 ヒーロが言ってみると、おやっさんはフっと煙を吐き出しながら、

「毎回じゃないんだろうな」

 と答えた。


 ううん、確かに。単純だけども、その対応だけでかなり尻尾が掴みづらくなる気がするなあ、とヒーロは思った。



「それに加えて……『アルベルトのデスク』は、今では『アンチパーティー発見機』の役割も果たしてるって話だ」



 あんちぱーてぃーはっけんき……???



 少し遅れてその言葉の意味を理解したヒーロは、ゾッと背筋が冷えるのを感じた。


「ギルドにとって、そのへんを嗅ぎまわるパーティーなんか邪魔でしかないからな……もしも、調べていることがギルドに知れれば、出世の道を永久に絶たれるってよ……」



 淡々と補足するおやっさんの言葉を聞きながら、ヒーロは心から胸を撫でおろしていた。


 良かった……! すぐに窓口に聞きにいかなくて……! まさか、この一手がドボンだったなんて……!

 危うく、自分で自分たちの未来に蓋をしてしまうところだった……!




「……ありがとうございます……! 本当に感謝します……!」



 謝辞を述べ、ヒーロは立ち上がった。



「役に立てたなら何よりだ」

 おやっさんはぷかりと煙を吐き出し、煙草を揉み消した。




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「……筆記試験一位の架空のパーティー、通称『アルベルトのデスク』は、調べに来たヤツを抹殺する『罠』でもあるってわけだ……」

 ヒーロは小声で、そう締めくくった。


 ハーランはちゃんと黙ったまま、大人しく聞いていた。彼にしては偉い。



「それ……告発したらいいんじゃないか?」

 アビーがそう言ってみると、ヒーロは静かに首を振った。



「そしたら、別の手を打たれるだけだ。『バレてない』と思わせておいた方がいい」


 おお……!


 アビーとハーランの二人は、その判断には素直に感心した。

 リーダーの今日イチが出たぜ……!

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