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第41話 すぐに見つかるボロはない

 『月の牙』はたしかに筆記試験を通過していた。(この張り紙に『パーティネーム』は記載されていなかったのだ)

 四人の平均得点は95点。チーム総合第――


 ――二位である。二位……?


 ならば彼らは、『二位』で一次面接を免除されたということに?

 であれば『一位』のパーティーは……?


 ヒーロはすぐに、張り紙に記載されている、筆記試験一位のパーティーにコンタクトを取ろうとした。が――



 ――どうやって? それはこの『百万都市』において、中々の雲を掴むような話……

 レベル3以上であるならともかく。レベル2冒険者であれば、基本的に依頼ではなく副業で食っている。当然ながら、副業のログなどどこにも残らない。

 なので、窓口で該当冒険者の実績を尋ねてみたところで、(個人情報であるのだからそもそもおいそれと教えてくれないなどもあるが、それは一旦置いておいたとしても)データが無ならば足跡の追いようもない。

 と、考え、ヒーロは窓口に相談するのを後回しにした。



 ――結果的に、これが彼らを救うことになる。




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 一人、ギルドで張り紙を確認したヒーロ。

 ふとした「後回しにしとくか」程度での気持ちで窓口に背を向け。



 ――叩き場にでも行ってみるか。


 なんとなくそんなことを思いつき、ヒーロはギルドの大玄関から外に出て、ぐるりと外側を裏手へ回る。



 本館と別館との間に、通称『叩き場』と呼ばれる、開けたスペースがある。

 大人数のトレーニングができるほどの広さではないが、ちょっとした目的のために有効活用されている。


 それは、材の再利用である。


 そこには、用済みになった大小さまざまな道具が積み上げられている。そして、ちょっとした道具が要り用になった貧乏パーティーなどがやってきては、欲しいものがあったら拾い、あるいは作り直したり、解体して別の物と別の物とつなぎ合わせたりして、必要な道具を拵えるのだ。



 要は『粗大ごみ置き場』&『その改造場所』である。

(※無論、再利用などせずに『新品の材』を持ち込んで作業してもいい。その金があればだが……)



 ――冒険者の依頼において、「ある物をどこそこまで運んで欲しい(あるいは運んできて欲しい)」という、いわゆる『おつかい』系の仕事はいまでも根強い。そういう仕事のとき、手持ちで運べる物(希少なマジックアイテムや書簡など)であれば、通常の装備のままアドオンで問題ないであろうが――


 ――悲しいかな、レベル2にまわってくる『おつかい』は、質より量であることが多い。


 デカくて重い荷物を運ばされるのである。レベル2以下の冒険者などというものは。



 さてそんな『おつかい』仕事のときに、一番重要なのはなんだろうか? 現実には間違っても『ふくろ(無限に入る)』などというものはない。物には重量がある。そしてかさばる。たとえ軽い物だったとしても、雑に背負い袋に放り込めば、全然入らないしガチャガチャ揺れて破損する。


 かように『おつかい』とは案外難易度が高い。ぼーっと引き受けると思わぬ『依頼未達成』のログが残り、しょぼくれるハメにもなりかねない。




 そんなときに――冒険者を救ってくれるのが――台車なのである。




 台車。

 車輪のついた、大きな箱。



 現在、都市や街道の大部分は整備されている。車輪で基本どこまでも行ける。



 だが――台車は大きい。当然だ。

 そして、必要なとき以外は邪魔になる。

 それに、運搬する物によって、適切な大きさも異なる。

 そしてそして、車輪ばかりはゼロから製作するのは難しい。



 だから――この『叩き場』が生まれたのだ。



 ここを訪れた貧乏冒険者は、粗大ゴミの山からまずなるべく奇麗な車輪を発掘し、それから大量に積まれている廃材で、理想の大きさの台車を作るのだ。


 そうすれば――かかる費用は『クギ代』だけだ。(上級者はそれすら再利用するという……!)




 まあ……とはいえ、台車だけしか作ってはいけないということはもちろんなく、それ以外にも様々な目的で、貧乏冒険者が訪れるところである。研ぎ師に出すほど余裕はないので、安価な研ぎ石を買ってきて、ここで自分で剣を研いだり、あるいは自分の好きな塗料で色をつけたり、そういったこともやって良い。



 やって『良い』とわざわざ言われているのは――当然、無許可でそのへんでやっては『いけない』からである。


 突然空き地でトンカンやってはいけないのだ。ここは人で芋を洗える百万都市である。誰かが見ている、聞いている。冒険者が市井のみなさまの迷惑になれば、ギルドに苦情が入れられて、冒険者業界全体に不利益をもたらすこともある。


 だがまあ、どうしても『冒険者』と呼ばれる半ならず者たちを完全にコントロールするのは不可能で、ギルドが何度注意喚起をしようと、そんな『張り紙』を『そもそも見もしない』連中も一定数存在する。そういった奴らは、粗大ゴミ置き場があることすら知らず、路地裏に大八車を放置して問題になったりもするのだが、まあ、それは別の話として……



 ともかく――この『叩き場』の存在を、知っているか知っていないかで結構変わる。知っている方が圧倒的に有利だ。『おつかい』のときに、一々ロバを買おうか台車を買おうかで悩むこともないし……



 『ここの存在を知っている者』同士で知り合いもできる。これは案外というか、思った以上にメリットが大きい。


 と、いうのも……こういう『細かい節約ができる者』は、日常的にアンテナを張って暮らしており、端的に言えば賢い。


 賢い相手というのはやはり、相談するに甲斐があるのだ。




 さて、ヒーロは度々この『叩き場』に顔を出していた。


 きっかけは、農家さんとの最初の仕事のとき、「農作物の収穫を手伝って……って、そういや台車が必要になるかもな……?」という思考から辿り着いたためだった。結果、農家さんの倉庫にしっかりとした造りの台車が何台も揃っていたので(考えてみればそれはそうだ)、自作の必要はなくなったのだが、それ以来も何度もここを訪れている。


 というのも、理想とする冒険スタイルが『罠』のヒーロは、この場所にかなり惹かれるのだ。というか実際に、ここで『罠』らしき物を作っている人を幾度か見かけ、我慢しきれずに話しかけてしまった例もある。

 ※また、超ちなみにだが……稀に、冒険者ではなく『旅芸人』がここで作業しているときがある(無許可だが、そんなことに目くじらを立てる者は一人もいない。仮にギルドに何か言われようと、『元冒険者なんです』で十分だ。それで職員も目をつぶる)。そんなときは『舞台セット』などを作っており、それに遭遇するとヒーロは瞳をキラキラさせる。舞台装置は決して『罠』ではないのだが……まあつまるところ、ヒーロはそういった分野が大好物なのであろう。



 そうして何度も足を運ぶうちに、何人か知り合いが生まれた。ベタベタした友人関係というわけではもちろんないが、みんな互いになんとなく信頼値が高い。。


 だから、頻繁でなければ、相談したときの成果はかなり大きい。グラスよりもなぐり(トンカチ)を握っているときの方が、絆は構築されやすいのかもしれない……




「……あ、お疲れ様です。今ちょっと大丈夫ですか?」

 一番、『あの人がいれば』と思っていた人物を見つけ、逸る気持ちを抑えながら、恐る恐るヒーロは挨拶をした。



「おお。お疲れ」

 頭部にタオルを巻きヒゲを生やし、顔中を塗料や煤で汚したガッシリとした中年の人間族の男性。

 一部で『ヌシ』や『おやっさん』と呼ばれる、この叩き場の顔のような人物だった。(彼自身はそう呼ばれるのを嫌うのだが、かといって本名を知らなかったりする。噂では、年齢は六十代で、若い頃はドワーフの工房に弟子入りしていた経歴があるという)


 積んだ木材に腰を下ろしているおやっさんは、割と機嫌が良さそうだった。(作業中に声を掛けても当然無視されるだけだ。それがわからないヒーロではない)



「どした?」

 と、おやっさんから聞いてくれたので、これ幸いにと、一気に本題へ切り込む。


 おやっさんは、格安であらゆる道具の作成を引き受けている。腕は確かで、仕事を選べる立場でもあると思うのだが、貧乏冒険者からのお願いを(それが真摯と判断すれば)ほとんど無償で請け負ってくれたりもするので、常に時間に追われている。よって無駄話は迷惑なのだ。


「このあいだ、オーディションがあったんです」

「ああ、そうだってな」

「『月の牙』というパーティーが、合格したんです」

「それで?」

「彼らは筆記試験、第二位でした。で、ふと、筆記試験第一位で通過したパーティーはどうなったのかなと思いまして」


 するとおやっさんはピクリ、と煙草を運ぶ手を止めた。(吸いながら聞いていた)



「お前それ、ギルドの関係者に言ったか?」

「いえ、まだですが……?」


「命拾いしたな。誰にも言うな。いや、聞かれるなよ」


 え……?

 あまりに予想外の忠告。呆然としているヒーロに、おやっさんが煙を吐きかけた。




「それは『アルベルトのデスク』ってヤツだ」

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