第40話 徐々に高まる不満もある
『月の牙』と共に出発するクーを見送ることは許されなかった。
目的地が判明すれば、横取りされる可能性があるから……とでも言う気だろうか? それとも、逆恨みした誰かが、『月の牙』のメンバーを刺すとでも?
……可能性として、ない話ではない。対応としては間違いではないだろう。
「今日、新台打ってたらよー……」
深夜。アパートの一室。
クーがいなくなり、三人になった部屋はガランと……
――ほぼ変わっていない。四人が三人になったくらいでは。
元々、クーは一番小柄だったし、荷物の量も一番少なかったし。
「……おー……」
一番下の段で横になっていたアビーが気のない相槌を返す。
あのダメージから、アビーはまだ回復しきってはいない。徐々に上向いてきているのではあるだろうが、なんせ、『月の牙』のリーダーを撃破した、最大の功労者だ。相当引きずることは想像に難くない。(とはいえ人はいつまでもそうであってはいけない。し、イラついた同居人に「いい加減立ち直れよ!」と叱られるまでのチキンレースであるだろう)
「急に、話しかけられたんだよ」
ハーランの声が空から降ってくる。
二段目を間に挟んで三段ベッドの上と下。互いに顔も見えてはいない。
「誰に?」
ヒーロも会話に参入。声の響き方からして、同じく床に横になり、天井に向かって話しかけている様子。
「見たこともねーヤツ」
ハーランの声は一度天井にぶつかり、ぼわっと広がり部屋に拡散する。
「なんて?」
アビーがベッドの天井に言うと、
「『なんでここにいるんですか?』って」
と、ハーラン。
「『哲学的な話ですか?』って聞き返したら」
と、さらにハーラン。
「なんて?」
と、アビー。
「『そうじゃないです』って」
と、ハーラン。
「それで?」
と、ヒーロ。
――実に、ダラダラしている。極限までダラけきった会話である。
だが――こんなものだ。一緒に暮らしているのだから。会話など、何百回、何千回、何万回とするのだから、こういう、消費気力0のやりとりのときだって、あって何もおかしくはないのだ……!
「『オーディションにいましたよね?』って」
と、ハーラン。
……おおでぃしょん???
気力消費0状態のアビーとヒーロは当然、その一言でピンとは来ない。
「一瞬、何言ってっかわかんなかったんだけどよー」
と、ハーラン。
「『一次面接、同じ控室にいたんです』って」
と、ハーラン。
「「ほほー」」
と、アビーとヒーロ同時に。
「『てっきりあなたたちが合格すると思ってました』って。『一番目立ってましたから』って」
と、ハーラン。
ああ……そういえば、スキンヘッドの初お披露目の日だったな……と思いながら、
「それで、なんて返したの?」
と、アビー。
「オレたちじゃなくて、『月の牙』ってのが合格したんですよ、って」
と、ハーラン。
「知らなかったってことは、一次で落ちた人かな」
と、ヒーロ。
「そしたらさ」
と、ハーラン。
「『……え? あの人たち、一次面接にいましたっけ……?』……って」
・
・
・
・
・
んんん???
「……どゆこと?」
と、アビー。
「その人の記憶では、一次のときの控室に、『月の牙』の四人はいなかったって、言うんだよ」
と、ハーラン。
「……だからそれって、どゆこと?」
と、アビー。
その質問に、ハーランはすぐには答えなかった。代わりにヒーロが、
「……シード? ……とか? ……そんな制度あったか……?」
呟き、考え込む。
「……で。その場では、オレも、あーそーなんですねー、いやー悔しいですねーハハハー、みたいなかんじで、テキトーに会話も流れて……で、また打ってたんだけどよ。……よくよく考えてみたらさ……」
と、ハーラン。
そして天井近くで「ゴン!」の音。
「ぁイテ! ……おかしくねーか……?」
勢い良く上体を起こして頭を天井にぶつけたのだろうハーランは。
そんなことはいい。
……なんだそれは……?
「『月の牙』は一次面接無しで最終審査に行った。それってなんでだ? ……考えられることって、一つしかなくね?」
と、ハーラン。
「……なんだ?」
と、ヒーロ。
「デキレだったってことだよ。あのオーディションが」
――デキレ――
……デキレース……
最初から、結果の決まっていた戦い。
――もしそうだったとしたら――
「なんか、そう考えると……段々ムカついてきてよ……」
クー一人だけでも、レベル3になれると心から喜んだ、一番純真だったハーランが。
ふつふつと、怒りを沸かせてきたのなら、当然、残りの二人も――
「……いやマジで……!」
ぐらぐらと煮えたぎってきた声でアビーが言う。
「……ぜってー許せねーだろソレ……! 全員を馬鹿にしてるじゃねえか……!」
最終審査の10組を。一次面接の40組を。筆記試験の500組を。リーダー会にいた800組を。
そして平均の4を掛け、おおよそ3200人を。
期待させるだけさせておいて――これは、裏切りだ。
「……証拠は……?」
と、ヒーロ。別に責める声音ではない。むしろ、怒りの臨界点を越えきって、逆に冷え切った絶対零度の抑揚で。
「探ってみるか? まずは、筆記試験結果とかなら。張り紙見に行けばすぐだろ」
と、ハーランに提案され、
「そうだな。明日朝一で見に行こう」
とヒーロ。
このダラけきった夜に――三人は、『ピリッ』っと、こめかみあたりに何かスイッチが入るのを感じた。
何かある。何かがおかしい。
――何かが始まった――