第38話 誰もが故郷の代表者である
「ボクの故郷、『森の奥のヤドリギの生える場所』は、とても貧しいんだ」
クーの本気だった。
全力を出せば、かなり流暢に話すことも可能なのだ。とはいえ、『前もって話す内容を準備していた場合』などに限られることではあるが。
三人が三人とも、驚きに口を半開いていた。
流暢モードのクーを見るのは、実際には三人とも初めてではない。同じ部屋で寝起きしているのだ。ふとしたタイミングで、違和感なく共通語をしゃべるクーを、一度も目にしたことがないとは言わせない。
だが――イメージで。四人の中の立ち位置で。出会ったときの印象で。
三人とも認識に蓋をしてしまっていたのだ。いつまでも、たどたどしい末っ子であって欲しかったのだろう。心の奥底に、そういう思いがあったのだろう。
だとすれば――知らず知らずのうちに、妨げてしまっていたのかもしれなかった。
一人の男の成長を。
さて――『森の奥のヤドリギの生える場所』というのは、クーの故郷をそのまま共通語に訳したものなのだろう。以前、元々の言葉で聞いたときは、ただの唸り声にしか聞こえなかったのに。
「食べる物は狩りをすれば手に入るけど、服とかは町に買いに行く。物々交換は最近本当に安くて、だから、お金が必要」
――これは実際、あるらしかった。
『三女神の祝福』、とりわけ大地の女神による豊穣の祝福は、世界の食糧事情を劇的に安定させた。現在では、ヒビ割れてカピカピの土壌でも、種を撒き、チョチョイと鍬を入れれば、翌年には一面黄金色になる。
現代において、集団で餓死者が出る国や地域などほとんどないのだという。
だが――それで富が平等に分配されるのかというと、それは違うのだった。
ありていに言ってしまうと、底上げされた食糧事情によって『貧困者でも餓死しない』ようになったはなったが、富裕層の伸びの方が遥かにとんでもなかった。
要するに――格差はより広がったのだ。
「ボクは七人兄弟の長男、それは本当。でも……仕送りをしているのは。本当は、家族だけじゃない。村のみんな、全員」
……ふっ――とクーはわずかに遠い目をした。
これは、わざわざ口にすることではないと思っているが……クーの故郷の村人たちは、クーから見て、かなり『他力本願』だ。
50人ほどの小さな集落から一人が出稼ぎに行くと、全員で一斉に群がる。
故郷を旅立つ若者たちには、多かれ少なかれ、そんな暮らしに嫌気が差して……といった要素が共通している。だが……
故郷は故郷。仕送りを無心されれば、断れないのが人情だ。
もっと言ってしまえば、その心理まで計算して、出稼ぎに行った若者に甘えまくっているのだろうと、クーは感じていたりするが……「そんな風に考えちゃいけない」という思いと、板挟みになるのが常である。
「じゃあお前は今、ショーダンサーの稼ぎだけで50人を養ってんのか……?」
上空から声が降ってきた。三段ベッドの一番上からハーランが顔を出している。
「うん」
クーが頷くと、
「金足りてんの?」
と、ハーランの追撃。クーが、『う』と言葉に詰まる。
辺境とはいえ、物価にそこまで差があるとは考えにくい。(そもそもクーは『町』で買い物をすると言ったわけだし)
月給18万レン、そのうち15万レンを仕送りしていたとしても……それで50人も養えるのだろうか?
「……足りないって、もっと送って欲しいって言われてる」
そうは答えながらも……クーは内心では思っている。「たぶん、生活できている」と。服などだって、わざわざ毎月買う必要はないのだ。
※ちなみに『仕送り』だが、密林の奥まで現金が届けられるわけではない。近くの町へとクーの名義で為替が預けられ、村人もそこまで受け取りに行くのだ。
「……だから……」
クーがその次をどう繋げようか迷っていると、アビーが助け舟を出してくれた。
「もっと稼ぎたい。そのためには、『レベル2の壁』を越えたい、ってわけか」
「え? そーゆー話なの?」
ハーランが驚いたように身を乗り出す。
ヒーロは腕を組み、一語ず噛みしめるように語った。
「『月の牙』に同行し、依頼を達成すれば、クーのレベルも3に上がる。ギルドの職員も、はっきりと認めていた」
「それはめでてーじゃねーか!」
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「……え……?」
予想外の反応にポカーンとするクーに、逆にキョトンとするハーラン。
「レベル3になれるんだろ? すごくね?」
「……ちゃんと聞いていたか? それは、『月の牙』に同行して、依頼を達成したときに、だぞ?」
ヒーロが確かめるように聞き返す。
だがそれを受けてもなおもあっけらかんと、
「わかってるよ? その依頼ってのが『フォレストドラゴンの討伐』だろ? 大丈夫だよ、楽勝だって」
「……クーが一人で、レベル3になるってことなんだぞ?」
たまらず、アビーも口を挟むと。
「オレらの中から初のレベル3誕生じゃん。超めでたくね?」
心の底から、そうとしか思っていない目だった。
「……でも……」
クーはまだ、口をモゴモゴさせている。
「ん?」
ハーランが促すと、
「……ボク、一人だけ、パーティー、外れるかも……」
クーのしゃべりに、たどたどしさが戻ってきていた。
それだけ、想定していなかった反応なのだろう、ハーランが。
んー……と、ハーランは、ようやくちょっとだけ考えたが、それでもすぐに、
「まあ、そりゃ残念だけどよ。けど、オレらに気ぃつかって、レベル3にならねーってのは本末転倒だろ? 何がしたかったんだよって話になんじゃん」
スーパー正論だった。
スーパー正論すぎて……三人の心のモヤモヤが、『ま、いっか』と見る見るうちに晴れていく。
「……それもそうだな。おめでとう、クー! レベル3になったらなんかおごってくれよ!」
アビーが笑顔で親指を立てると、
「うん!」
と、クーもようやく、いつも見慣れた太陽みたいな笑顔になった。
「――辛くなったら、いつでも戻ってこいよ――」
ただ――腕を組み、優しい目をして、締めようとしたヒーロのその発言に対してだけは。
「ちょっとズレてるな」「そういうことじゃなくないか?」「ここはもう戻ってくるなと背中を強く押した方が……」と、残りの三人は思っていたが、口に出すだけ野暮だった――