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第37話 多数決は平等ではない

 クーにゴリアンを平らげてもらい、換気だなんだとバタバタしているうちにアビーも目を覚ました。


「ん……おはよう」

「おはよー」

 良くはわからないが、一番悪い方向には転がらずに済んだ。クーの表情を見て、アビーはなんとなくそんな直感を得た。


「そろそろ行かないとだわ……」

 早朝バイトの旦那さんからは、「決まるまではお願い」と頼まれている。

 我、補欠、也。即ち、行かねばならぬ。


「これから話をしようと思ったりもしたんだが……」

 どうしてクーがこんなに遅くまで、というところ、差し支えなければ一応聞いておきたかったわけなのだが……

 ヒーロは、クーとアビーの表情を交互に確認し、

「今夜また、全員そろって落ち着いて、にするか」

 と決断した。


「ほんじゃーオレ寝るわー」

 ふわーと欠伸をしながら、ハーランが三段ベッドの一番上へと消えて行く。


「俺も、もうちょっと寝ておきたい」

 よく見ればヒーロも目に隈を作っていた。一番ゴリアンとも近かったしで、ほぼ眠れていないのだろう。


「寝とけ寝とけ。じゃ、行ってきまーす……」

 アビーは部屋を出た。

「行ってらっしゃーい」

 そう言ってくれたのはクーだけで、残り二人は既に夢の中だった。


 『冒険者たるもの、休めるときにすぐに眠れなければならない』


 みたいな格言を、この二人は真に受けている。

 ……なら、ゴリアンの匂いの中にあっても、平然と睡眠を取ったアビーの方が、より正しい冒険者であるのだが。




 日中、ちょっとした動きがあった。


 起床し、ポータブルライセンスを確認したヒーロが、出掛け、しばらくして戻り、そしてクーに声をかけて起こし、またちょっと出掛けた。

 しばらくして、アビーの帰宅ちょっと前に二人は帰ってきた。


 ハーランは一日中寝ていた。

 曰く、「昨日走ったから」………………冒険者とは……




「伝えておくことがある」

 アパートの一室。半分近くを三段ベッドに占拠され、四人で話すときには誰か一人がベッドに乗っていることも珍しくない。今回はハーランが、最上段から上半身だけで会議に参加している。


 宣言したヒーロは、割と見たことないくらい、神妙な表情だった。この男、責任感があるわりには抜けているし、ハーランと同属性(隙があるとふざけようとする)があるため、滅多に本気の真面目な顔をしない。真面目な顔をフリに使うことの方が多い。


「今日、ギルドから連絡があった」

 『一日遅れ』で。

 その事実にアビーは気づいていた。というよりも、何だか、その辺りにも何かがありそうな気がしていたのだ。

 ※一方ハーランは何も気にしていない。そもそも掲示板への発表と、本人への通達が本来同日中であること自体、覚えてもいないだろう。


「クーが『月の牙』に同行することになった」


 一瞬止まり、直後に『あっ』――これがアビーのリアクションだった。

 意味不明に片目だけゴーグルをズラしたポーズでキメているのがハーラン。

 ヒーロは真剣。

 クーは申し訳なさそうだった。



「オイオイ……わかるように言ってくれよ?」

 フッと軽く鼻を鳴らし、大袈裟に肩をすくめるハーラン。


「俺たちは補欠合格だったろ?」

 ゆっくりと、ヒーロが順を追う。表情にふざけは見えない。


「ああ……極めて不本意だがな……」

 わざと堅苦しい言葉を使うハーランは、それでも場の空気に抵抗を続けている。


 いっそ優しさなのだろうか? とアビーなんかは思い始めている。


「そして、その下に、何て書かれていたか覚えているか?」

 ヒーロが丁寧に一手一手進めている。

 覚えていない。そう答えるに決まっている。刹那、アビーが先を読むと、


「フッ……何の話だ……?」


 どうやら認識してもいなかったらしい。

 だがこの場合どちらでも解答は同じだった。



「こんな注釈が書かれていたんだよ。『尚、補欠合格者から一名、合格者に同行するものとする』……ってな」



 この時点で、アビーは八割方悟っていた。

 つまり、そういうこと(・・・・・・)だ。だから、この空気(・・・・)なのだ。



 わかっているのかいないのか、ハーランは沈黙した。アビーもそれに倣い、リーダーの言葉を待つ。



「その、合格者に同行する一名というのが、クーに決まったんだよ」


 一語一語、ヒーロは重めに発した。

 それを受けたハーランは、腕を組み――すぐ眼前に迫る天井を見上げた。

 そしてやや間を取り――


「……なんで?」

 と質問した。


「なにがだ?」

 ヒーロが聞き返すと、

「誰がどうやって、クーに決めたんだ?」

 とさらに疑問のラリー。



「ギルドと、『月の牙』のメンバーと、このパーティーのリーダーである俺とで話し合い、最終的に多数決で決まった」

「お前は何票持ってたの?」

「一票だ」

「それ多数決?」

 ハーランの声に若干棘が生えた。


 ヒーロがふっと、苦笑いをしながら首を振る。

「俺も同意するしかなかったよ。反対しても、何も得しないと思ったからな。それに――」


 クーはずっと、視線をやや斜め下にして、軽く唇を噛んで聞いていた。

 ヒーロはそのクーに、目線を投げつつ、言葉を繋げる。


「俺より先に、クーがやられてたんだ。まずクーが呼び出されて、『合意した』ことにされてたんだよ」


 あっと思い、アビーが、

「もしかして、昨日遅かったのは……?」

 と尋ねると、

「そう。先に呼び出されてたんだよ、クー一人で」

 苦々しい表情でヒーロが頷く。


「あァ……!?」


 ハーランの声音に、わかりやすい怒気がこもった。

 ウチのクーに何してくれやがったんだ? という、ギルドと『月の牙』に向けられた敵意だ。



 それを察したのか――ずっと黙っていたクーが、ついに口を開いた。


「ボクが決めた」



 ――申し訳なさもわずかにありつつも――


 堅い決心の伺えるクーのその表情に、三人は、いつまでも弟扱いしていた自分たちを省みた――

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