第36話 好きな食べ物がある
「考えてみれば、オレたち何も知らねえよな」
ヒーロが帰ってきて。探しに行った方がいいのでは? みたいな空気が一瞬流れたとき。
先手を打って、ハーランが誰にともなく呟いた。
「そんなこともないとは思うが……」
ヒーロは仮にもリーダーであり、メンバーに対しては平等を心掛けていたのだろう。
だが、その姿勢に間違いはなかったとしても、
「でも、おれたちは三年だけど、クーはまだ一年だもんな……」
アビーの口にした『時間』は事実であり、反論の余地もない。
三年前、冒険者になったたその日にアビーとハーランは出会い、パーティーを結成した。その数時間後、ヒーロも加入し、リーダーに就任する。
それから三人は、あと一人の仲間を意欲的に探していたのだが、一度、仲間候補に財布を盗まれそうになったことがトラウマとなって慎重になり、それから約二年をかけてようやくクーという仲間に巡り会った。
のだが……一応、『ウマが合って』組んだと言えなくもない三人とクーとでは、出会いのシチュエーションからして違う。
およそ一年前。クーは都に来たばかりで、(有り金全部巻き上げられつつ)冒険者ギルドに登録を済ませた直後にチンピラに絡まれていた。今思えば、ギルドを出たときからつけられていたのだろう。
偶然そこへ通りかかったアビーがクーを助け出し、無一文である事実などを知るうちに同情が湧く。しばらく面倒を見てあげようかなと思ったところで、クーが『異種族』だという事実を知り、パーティーに勧誘したという流れだ。
急に見知らぬ美少年を連れてきたアビーに、始めはよからぬ疑いを(ふざけて)抱いた二人だったが、なんだかんだ初対面から好印象ではあった様子。パーティー正式加入が決まる前から一晩泊めてあげ、ごちそうもした。翌日、クーの特殊能力を目にし、土下座をせんばかりの勢いで大歓迎した。
無論、クーも大喜びでパーティーに入ってくれたわけだが――
まだ、右も左もわからなかった時期だろう。
誘ったのが自分たちでなくても……クーは、同じように大喜びしたのではないか……?
というような疑問を、三人はそれぞれ、一、二度くらいは抱いたことがある。
それから一年、この部屋で一緒に寝起きするようになり、最年少であるクーは、末っ子のように可愛がられた。共通語もほとんどわからなかったので、三人は毎日少しずつ教えていった。
クーの飲み込みは早かった。共通語も、今ではほとんど聞き取れる。ただ、筆記についてはあまり機会がなく、また、発声については種族独特の方法がベースらしく、まだリスニングほど得意ではない。
「なあ、クーの好きな食いモンってなんだ?」
ふと、ハーランが問いかけた。
「肉」
アビーが即答すると、
「肉はみんな好きだろ」
と、ハーラン。まあ、その通りだ。
「肉以外ってなると……果物じゃないか?」
顎に手をやりヒーロが言うと、
「果物かあ」
それはありそうだ、とハーランも同じ仕草で真似る。
クーは現在、ショーダンサーのアルバイトをしている。といってもいかがわしい類の店ではなく、極限まで追究された『舞』を芸術として披露する方で、辺境の密林出身のクーでも根をあげるほどにレッスンは厳しいらしい。(ちなみにそれが故か、クーがパーティー内月給ランキング第一位を獲得している。最年少での獲得は初)
そして、何回か「差し入れでもらった」と、果物を持ち帰ってきたことがある。ヒーロたち三人は若い男性にいがちな「フルーツはそれほど」というタイプだったので、それに大喜びするほどではなかったのだが、クーは一人、ニコニコしながら美味しい美味しいと頬張っていた。
「果物っていってもたくさんあるだろ?」
軽く手を開き、掌を見せて『たくさん』をなんとなくジェスチャーした気持ちになりつつ、アビーが質問を発展させてみる。
「まあそうだが……いや、あれだ! わかった!」
すぐにポンとヒーロが手を打つと、
「ああ、あったな! アレ、なんだっけ?」
ハーランがそのヒーロをビシっと指さす。
アビーは一人、まだ思いついていなかった。こういうとき若干、「回転の速さが負けている」と痛感し、悔しい思いをしつつも二人の評価に加点をしている。
「アレって?」
アビーが尋ねると、
「「あのくっせーヤツ!」」
「ああ、ゴリアンのこと?」
「「それだ!」」
と、今度は逆にハーランが、
「覚えてねーの?」
とアビーに聞いてきた。ので、
「そんな臭かったっけ?」
とアビーが首を傾げると、異口同音に、「「えぇーーーーー!!!???」」と巨大なリアクションを取られてしまった。
「お前の鼻、どーなってんだよ!?」
信じられナーイ、という風に首を振るハーラン。
「べつに普通だけど」
「普通じゃねーよ! カメムシを鼻にぶち込まれたみたいなニオイだったじゃねーか!?」
「カメムシあんなじゃないだろ?」
「かもしれねーけど!」
「カメムシではないが、脳を直接ぶん殴られたようなニオイだったとは思うぞ」
「そこまでかあ? だって、臭い食い物なんて珍しくないだろ……育ってきた場所とかの違いで、好きな匂いとか違うっていうし……」
一方的におかしいと言われては納得いかない、と口を尖らせるアビーだったが。
――本人に自覚はないが、事実、若干味覚が鈍くはある。食えばなんでも美味い。『不味い』と感じる物がほぼない。
それはそれで実に幸せなことではあるのだが、安い店でも高い店でも同じ『美味い!』が飛び出すので、食べさせ甲斐のない奴、とは言えるかもしれない。
「……で? ゴリアンが好物だってことがわかったから、どうするんだよ?」
なおも不満収まらず、というアビーが、それでも自制して話を先に進めると、
「答えは一つだ」
と、ヒーロが重々しく発言し、ハーランが重々しく頷いた。
こいつらの息が合ってるときって、大抵トンチンカンだからなあ……
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深夜。もう、明け方といった方が近いかもしれない。
クーは、アパートのドアをゆっくりと開きながら、気づいた。
このニオイは。
部屋の中から、う~んう~んと唸り声が聞こえる。ハーランなどははっきりと「くせぇよぉ……」と口に出している。
暗闇の中でもよく見えるクーは、座卓に置いてあるゴリアンを発見した。
食べやすいように切り分けられている。そしてその横に。
「なにがあったか知らないが、これを食べて機嫌直してくれ」
と、書き置きが。
それを見て、クーは、
「ありがとう!」
思ったままに、言ってみた。すると、
「おせーよ、クー! 早くそれ食ってくれ! 眠れねーよ!」
「ダメだ、俺、しばらく飯食えないわ……」
案の定、二人はすぐ起きた。
アビーは平気で眠っていた。