第35話 納得感はない
――魔具の大革命と、三女神の祝福(食糧・寿命・平和)により、冒険者の生還率が95%を超えるようになった時代――
一説によれば、全世界には数千万人の冒険者が溢れかえっているとかいないとか……そしてその九割九分が、レベル2から3に上がることができず、きゅうきゅうとしてアルバイト生活を余儀なくされているとかいないとか……
そんな世の中。ここ、『百万都市』ウルトに、一つのパーティーがあった。
リーダーはヒーロ。十九歳で、人間族の男性。恵まれた体躯と運動神経を棒に振りたがる男。冒険者ギルドの登録上は『魔法戦士』で、レベルは2。
メインウエポンのアビー。伝説の冒険者ギドに師事し、三年間ひたすらに剣を磨き続けた結果、レベル2には収まらない戦闘力を持っていることが判明。
第三の男、ハーラン。独特のファッションの上に剃りたてのスキンヘッドが乗っかったギャンブルジャンキー。紙一重の閃きに優れ、オーディションの筆記試験では98点という最高得点を叩き出した。
二年ほど遅れてパーティーに加入したクーは、十四歳と少し年下。人間族によく似ているが別種族で、一人前の大人である。『戦士』で登録しているが、冒険者法に縛られることのない『種族固有の特殊能力』を持つ激レアキャラ。
四人は先日、三年ぶりに開催されたギルドオーディションに応募し、なんとか最終審査まで進んでいくと、最後、試合形式の実技審査で、優勝を果たした。
文句なく。間違いなく合格であろうと、気分はもう『レベル2の壁』を突破したつもりだったのだが――
ギルドの掲示板に張り出された最終結果は――補欠。
合格と発表されたのは、実技トーナメントの決勝で、アビーが撃破したパーティー、『月の牙』だった――
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「どー考えてもおかしーじゃねーかよ!? なぁ、そうだろ!?」
張り紙を見るや、止める間もなく窓口へすっ飛んでいったハーランが、ギルドの事務員に向かって吠えた。
「え、な、なんですか?」
「オレたちが優勝したじゃねーか! どういうことなんだよ!?」
エキサイトするハーランは、今にもカウンターの中まで手を伸ばさんとする勢いだった。慌てて走ってきたヒーロとアビーがそれを止める。
三人、誰が何を言ったかわからなくなるほど揉みくちゃになりながら、
「ハーラン、落ち着け!」
「なんでだよ!?」
「大声出すな、迷惑だ!」
「おかしいじゃねえかよ! 勝ったじゃねえか、オレたちは!」
「そうだよ、そうだけども!」
「この人に言っても仕方ないだろ! この人はいなかっただろあのとき!」
「クッソぉお! 見てなかったのかよ! このオレの活躍をー!」
「お前はそもそも戦ってねーよ!」
二対一でハーランをずるずる引きずり窓口から引き離していき、クーが困ったような笑顔で何度も何度も頭を下げたことで、窓口の職員(四十代くらいの人間族の女性だ、きっとパートタイム勤務だろう)は「……今後、気をつけてくださいよ……」と、頬を赤らめつつ、この場だけで事を収めてくれた。
万が一ライセンス剥奪などの処分をくらえば、冗談ではなくおしまいなのだから、今のはクーのファインプレーだった。クーの笑顔は年上の異性に対しては、賄賂に等しい。
ハーランはメンバー一の細身である。抵抗は途中から宙で足をバタバタさせるだけとなり、ロビーの隅のソファーにボンと投げ捨てられた。
「目立つことはよせ、ハーラン。ここは敵の巣窟だぞ。どんなにこっちが正しくても、警備員でも呼ばれたらつまみ出されて終わりだ」
ソファーの前に立ち、ハーランを見下ろしながらヒーロが冷静に諭す。
『敵の巣窟』という表現を用いたところに、メンバーの性格を的確に把握しているリーダーの上手さがあった。
「……まあ、そうだな。下手に騒げば、向こうの思うツボか……」
多分何も思ってはいないだろうが、ひとまずハーランが冷静になればそれでヨシだ。
うむ、と頷いたヒーロは隣に立つアビーに言った。
「アビー、二人を連れて先帰っててくれるか?」
「いいけど、お前はどうするんだ?」
「俺は正攻法を試してみる。窓口からきちんと正規の手続きで、担当者に詳細を聞けないかどうか」
確かに、それが打てる最善の手であるような気がした。
ヒーロを残し、三人はギルド支部を後にした。
ハーランは両手をポケットに入れ、不機嫌に舌を鳴らしながら歩いていたし、外に出るとペッと唾を吐いた。
普段は嫌いなチンピラムーブも、アビーは別に咎めなかった。ハーランがやらなければ、自分がしていたかもしれないから。
「……イヤ……おかしいだろ……! 納得いかねーだろ、どー考えてもよォ!?」
まだギルドに近いから、関係者も通るかもしれないし、まだもうちょっと、まだもっと離れてからと、なだめること四、五回。
『お役所通り』から一本逸れたところで、もういいやとアビーは諦めた。
通りは今日も混雑し、冒険者や一般市民が所狭しと闊歩する。そして市民の中に、冒険者ギルドと関わりのある仕事をしている者は決して少なくはない。なぜなら、冒険者ギルドは今なお業績をうなぎのように上らせている巨大な組織であるからだ。
だから冷静に考えて、誰かがどこかで聞いているかもしれず、ギルドに対して暴言を吐くのは、未だある一定以上の危険性があるのだが……
限界だったのだ。人の不満の感情は、そこまで完璧に制御できるものではない。ましてまだ十代の若者、社会の理不尽さにまだ慣れてはいない(し、慣れてもいけない)彼らなのである。
「勝ったじゃん!? 圧勝だったじゃねーか誰がどう見ても!? それを、おかしくねーか!? なァ!?」
「滅茶苦茶おかしいよ」
早歩きで通行人とすれ違いつつ、アビーが返答した。努めて声には感情を乗せていない。
つもりでは、あったのだが。
「いくら最初に『結果が全てではない』っつってたとしても……さすがに! 納得!! いかねえよ!!!」
一度開いてしまった口には不満が宿り怒気がこもり、抑えきれずにアビーも後半にいくにつれ声量をクレシェンドさせていった。
なんだ? と振り返る数人。やばいまてまて、二人して吠えてどうする、抑えろ。
「なァ!? 百歩譲って、うちらが苦戦してたってんならまだ、わかんなくもねえけどよ! 完勝だったじゃねえか! 終わってみりゃあ、一回戦から、一発ももらってないんだぞ!?」
「それどころか、一合も打ち合ってないしな」
「そうだ! そんなことあるか? とんでもねえ実力差だったってことだろ!? どうかんがえても、うちらが一番強かったんだよ! それも圧倒的大差で! それがなんで補欠で、負けた奴らが合格なんだよ!!!???」
「いやマジでぜんっぜん意味わかんねえよっ!!!!!」
ダメだ……! 抑えきれない……!
というか、ハーランの煽りがなんか上手い!
と、アビーは思い出した! ハーランは、相手を愚痴や悪口に道連れにするのが上手なタイプだった!
「そうだよなァ!? あいつ、お前に手も足も出ずに――」
歯止めが効かなくなる! これは、さすがに、何かが危険だ!
「一旦、ストップ! 走るぞ!」
一方的に会話を打ち切り、アビーは走り出した。
「なんでだよ!? まあそうだな!!」
一瞬面食らった様子のハーランだったが、本心では歩き愚痴を良いとは思ってなかったようで、即座に同意し、アビーの背を追い駆け出した。
一番後ろにくっついてきていたクーは、途中であっさりハーランを追い抜かす。
……はずだったのだが。
「……あれ? お前が二着?」
アパートでとっくにリラックスしていたアビーは、肩で息をしながらハーランがドアを開けたので、首を傾げた――
そして――
「――駄目だった。焦らなくても向こうから連絡が来るから、それまで待ってろって」
情報開示を請求するため窓口に寄っていたヒーロが帰ってくるなり、開口一番の言葉がそれだったわけだが、
「……ん? クーはどうした?」
二言目はそれだった。