第34話 振り返れば足跡がある
「いつもどーもー。……あれー? 今朝は何か、いいことありましたー?」
「あーらアビーちゃん、なんだかいつもより動きがキレてるわね。飲みにおいで?」
「あれ、キミ……徹夜明け? ……じゃないの? テンション高いね、どうしたの?」
いつもの朝。いつもの早朝アルバイト。
だけど、いつもとは違う。
お世話になったし、トレーニングも兼ねられたし、愛着もあるし……
このアルバイトが嫌だと思ったことは一度もない。でも、それでも――
正直言うと――一日も早く卒業したかったんです……!
申し訳ない気持ちもあるが、だが、現実的に。
もうすぐだ、あと少しで、この仕事をやらなくて済むんだと、思えば思うほど。
アビーの足取りは軽くなり、自然と顔もほころぶ。
「先生、お待ちしておりましたわ! 本日も、ご指導よろしくお願いいたします!」
「ねえ……剣の稽古さあ、もうよくない? 使う機会もないんだし……」
生徒たち二人の反応は、いつもと特に変わらずだった。ヒーロがあまり顔に出さなかったということもあったのだろうが、教わる側という立場、それと、他人のほんの些細な変化に気づくには、まだ人生経験が不足しているということなのかもしれない。
クーは郊外へ行き、いつもの森の一番高い木の上まで登ってみた。
太陽がさんさんと降り注ぐ。いい天気だ。
遠くに、ここよりもっと広大な森林が見える。そこには、今登っているものとは比べ物にならないような、巨大な樹木がたくさん生えていた。
ハーランは最終審査帰りのプチ屋でまさかの大勝ちをした。座って即、1000レンで搾取モードに突入し、一度も玉座から降ろされることはなかった。だが、そもそも閉店まであまり時間もなかったため、収益自体はそこまででもない。
それが消化不良を生み、翌日も突撃した。そして、前日と同じ台に座ればよかったものを、新台に浮気してしまい、そこから飲まれに飲まれまくる。
聖暦一三五〇年。
世界は平和だった。
魔具革命による文明の発展。三女神の祝福による、社会の安定。
冒険者人口は激増の一途をたどり、一説には全世界数千万人とも言われている。
その九割九分が、レベル2で止まっている。
『レベル2の壁』を越えると、そこから先は突然世界が広がる。
余程間違えなければそのまま10まで一直線。レベル20、英雄になるのも夢ではないと言われている。
むしろ『壁を越える』ことの方が、よっぽど夢だと言われている。
現在、レベル2からレベル3に上がるための、最有力手段――ギルドオーディション。
それに合格することが、レベル3とニアリーイコールとなり、レベル10とニアリーイコールとなり、英雄とニアリーリコールとなる。
アビー、ヒーロ、ハーラン、クーの四人は、大枚叩いて発見した裏技によって、筆記試験を辛くもビリで通過して、一次面接では、他の組がペースを乱していったことにも助けられ、そこでもビリで通過して、そして最終審査へ望み――
――最後に行われた実技審査、総勢8パーティーによるトーナメントで、見事、優勝を果たした――
ついに、念願が叶うのだ。
アビー、ヒーロ、ハーランがパーティーを結成してから二年、クーが加入してからさらに一年、合計三年間の下積みの日々が、ついに終わりを告げようとしているのだ――
「……さて、そろそろ見に行くとするか」
リーダーがポンと膝を叩くと、全員同時にスックと立ち上がった。ここは狭いアパートの一室。……そうか、英雄になるということは、長者番付に名前を連ねるということ……この部屋とも、いずれお別れになるのだ……そう思えば感慨深いものがある。何度ここで寝起きしただろう。何度ここで酒盛りをしただろう……
四人はどこからどう見ても同じパーティーの距離感で並んで歩きながら、冒険者ギルドシンヤーク支部を目指す。
※オーディション最終結果は、まず先にギルドの掲示板に貼り出され、それから遅れること数時間後に、ポータブルライセンスに通達されるということだった。諸々の手続きの関係でそういう順序になるのだろう。四人は一刻も早く結果を知りたいがため、ギルドへ見に行くことに決めていたのだ。
ウルトの路地は今日も狭く、大通りはいつものようにごった返している。
お役所通りの最奥に鎮座ましますシンヤーク支部。大玄関から中へ入り、右手に窓口を眺めながら直進していくと、そこに大掲示板がある。
普段は依頼の張り紙などで地肌が覗くことのない掲示板。その中央にスペースが確保され、そこに、此度のオーディションの最終結果が貼りだされていた――
■ギルドオーディション最終結果
以下のパーティー四名を合格とする
チーム名:『月の牙』
スヴェン
シュウ
レオン
アラン
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「「「……はぁああああああああああああああああ!!!???」」」
また、以下のパーティー四名を補欠合格とする
チーム名:なし
ヒーロ
アビー
ハーラン
クー
※尚、補欠合格者から一名、合格者に同行するものとする――
つづく